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26話、好きな物を、一つだけ

「私、メリーさん。今、ホットミルクを飲んでいるの」


「美味しいでしょ? おかわりが欲しくなったら言ってね」


「ええ、分かったわ」


 ハルが差し出してくれた、柔らかな湯気が昇るホットミルクよ。温められた事で、奥深いコクが加わり。口当たりのいい甘さは、まろやかで優しい甘さに変わっている。

 それに、とにかく心が安らぐのよね。上に張っている薄い膜もおいしいし、まさに一石二鳥な飲み物だわ。おかわりもあるから、味わいながらスマホ操作の練習をしていこう。

 通話を切ると、ハルは何も言わずに、私の前にスマホを置いてくれた。さてと、今日はインターネットとやらで、唐揚げを詮索してみようかしら───。


「え?」


 インターネットのアイコンを押そうとした矢先。ハルがおもむろに大きな板をテーブルに立てて、その板から伸びている黒い線みたいな物を、耳に入れた。

 耳に入れた物は、たぶんイヤホンという物だ。テレビで観た事があるから間違いない。それに、ハルが指でなぞっている、スマホよりも遥かに大きな板も、そう。私の予想が正しければ、あの板は……!


「ハル? もしかして、それ……。タブレット?」


「ん? ああ、そうだよ」


「やっぱり! あんた、タブレットも持ってたの?」


「まあね。寝っ転がりながら映画を観たい時とか、料理を作りながらレシピを確認したい時とかに重宝してるんだ」


 そう説明してくれて、鼻歌交じりでタブレットを操作しつつ、ホットミルクを口にするハル。……いいなぁ、タブレット。画面が大きいし、あっちの方が絶対見やすいじゃない。

 一向に操作をやめないけど、ハルは何を調べているんだろう? ちょっと気になるわね。こっそりと見にいっちゃおっと。

 ホットミルクを飲み干した私は、気配を消しながら立ち上がり、テーブルを迂回してハルに近づいていく。

 すぐ隣まで来るも、ハルは私の気配に気付いていないようで、夢中になってタブレットを操作し続けている。


 ずいぶんと不用心なハルを認めてから、私もタブレットに視線を移してみた。

 スマホの何倍もある大きな画面には、様々な食材の絵が均等に並んでいて、その右下には関連性がありそうな数字の羅列があった。


「これは、スーパーのチラシ?」


「そうそう。今日は多めに買い物をしたいから、このスーパーに行く予定なんだ。さってと、夕食は何を作ろうかな~」


 どこかわざとらしく呟いたハルが、私にチラリと横目を流してきて、緩くほくそ笑んだ。


「メリーさん、何か食べたい物はある?」


「食べたい物? 唐揚げ」


「やっぱり、それなんだ。来週のどこかで一回作る予定だから、今日は別の料理がいいな」


「来週の夕食は、ずっと唐揚げでも私は構わないわよ?」


「ここぞとばかりに、めっちゃ推してくるじゃん……」


 ほくそ笑ました口角をヒクつかせたハルが、テーブルに肘を突き、手の平に顎を置きながら視線をタブレットに戻した。


「そこまで推してくれるのは、私も嬉しいんだけどさ。メリーさんには、もっと色んな料理を食べてほしいんだよね」


「色んな料理、ねえ」


 ハルの口から出てきた言葉は、たぶん本音だ。しかもその言葉は、私にとってもすごく嬉しい。なんせハルが、私を想って言ってくれているんだろうからね。

 もちろん、私だって色んな料理を食べてみたい。けど、沢山の料理を知ってしまったから、どれを食べてみたいのか選べないでいる。

 知り過ぎるっていうのも、あまりよろしくないのかもしれない。選択肢の幅が増えていく度に、だんだん優柔不断になっていく。

 まるで、頭の中に料理のメニュー表が出来たような状態だわ。いっそここは、ハルに判断を任せるのもアリね。


「私は、ハルが作った料理なら何でもいいわよ」


「それが一番困るんスよ……。もし私が作った料理の中に、メリーさんが気に食わない物があって『マズイ』って言われたら、そこで私は殺されちゃうじゃん? だからさ、せめて嫌いな物ぐらいは教えてほしいんだよね」


「あ、なるほど?」


 それは、私にとってもまずい状況だわ。料理自体は沢山知っているけども、肝心の味については、ほとんど知らない。

 しかも、今まで食べてきた料理や食材は、全てがおいしかった。なので、嫌いな料理や食材は、自分でさえ分かっていないのが現状だ。

 なるべくなら、ハルを有利にさせてあげたい。しかし、今はそれも叶わないのよね。知識が偏り過ぎているっていうのも、問題があるわ。


「仕方ないから、ここは正直に言ってあげる。私も、自分が何が嫌いなのか分かってないわ」


「げっ、そうなんだ。言ってくれるのは、すごくありがたいんけど、マジかぁ~……」


 この情報は、ハルにとっても絶望的だったようね。けど、一瞬だけ落胆したような表情を見せるも、タブレットを眺めていた眼差しが真剣なものへ変わり、ぶつぶつと何かを言い始めた。

 普段からおちゃらけていて、どこか掴めない奴だったけども。ハルって、こんな顔をする時もあるんだ。初めて見たから、少しだけ驚いちゃった。


「よし、分からんっ!」


 どうやら、早々に集中力が切れたようで。疲れたようなため息を吐いたハルが、床に両手を付けた。

 そのまま数秒だけ黙り込み、更に数秒後。ハルが私に向けてきた顔は、いつものように緩い笑みを浮かべていた。


「メリーさん。今日さ、一緒にスーパーへ行かない?」


「え? わ、私も行くの?」


「そう。お菓子とかお惣菜とか、好きな物を一つだけ買ってあげるからさ。ねえ、いいでしょう? お願いっ」


 ハルらしくもあり、子供のように腑抜けた駄々をこねたハルが、両手を前に合わせて頭を軽く下げた。好きな物を、一つだけ……?

 つまりそれって、私が欲しいと思った物を、ハルが買ってくれるって意味でしょう? どうしよう。魅力が強すぎて、私の心が瞬時に揺らいでしまった。

 私が食べたいと思った物を、ノーリスクで手に入れられるのよ? ハルは、絶対に何か企んでいるはずだけれども。ここで私が断る理由なんて、何一つだって無いわ!


「本当に、何でも買ってくれるの?」


「もちろん! 二言はないよ。あと、道中で目に入った料理屋で食べたい物を見つけたら、それでもいいよ」


「へえっ、そう。なら行ってあげるわ」


「よーし、決まり! さてさて、それじゃあ観たかった映画でも……、っと。メリーさん、ホットミルクのおかわりいる?」


「ええ、お願い」


「オッケー。温めてくるから、ちょっと待っててね」


 完全に気が緩んだハルが、二つのマグカップを持ち、台所に向かっていった。さて、私も未だに食べたい物が決まっていないし、ハルのスマホを使って料理を検索しておかないと。

 ……でも、タブレットも触ってみたいわね。ハルはホットミルクを作っているし、居ない間だけ触っちゃおうかしら?

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