216話、監視ついでのお勉強
「私、メリーさん。今、あなたの上にいるの」
「珍しいじゃん。私が料理を作ってる時に、台所に居るなんてさ。夏祭りもついに終わっちゃったし、いつものように落ち込んでると思ってたけど、今日は元気そうだね」
「そうね。いつもの私だったら、溶ける勢いでテーブルに突っ伏してたわ」
海鮮祭り、夏祭りと二大祭りが、とうとう終わってしまったんだもの。必ず叶えたい夢を持たなければ、きっと今頃、燃え尽きてテーブルと同化していたでしょう。
けど、今は違う。冷蔵庫の奥に隠した、ポテトサラダが見つからないよう、監視をしなければならい。それとついでに、ハルの腕前を見学しておこっと。
ハルが用意したのは、厚切りの豚肉。キャベツを半玉。トレイに敷いた薄力粉、溶き卵、パン粉。これらの物から出来る料理を推測するに、今日はとんかつって所かしら。
そしてやはり、用意するまでの手際が早かった。全部用意するまでに、一分ぐらいしか掛かっていなかったかもしれない。
「メリーさん。千切りのキャベツは、いっぱい欲しい?」
「そうね。あればあるだけ嬉しいわ」
「おっけー。んじゃ、半玉全部使っちゃおうかな」
なるほど。料理を作っている最中に、台所に居れば、細かなリクエストにも答えられるんだ。ならば、ちょくちょく見学しに来てしまおう。
もっと近くから、ハルが料理を作っている姿を見たいので、ハルのほぼ真上に付き、両肩に私の手を添えた。
豚肉に切れ込みを入れているようだけど、あれも重要な工程になるのかしら?
「ねぇ、ハル。今、何やってるの?」
「豚ロースの筋切りをやってるよ。こうすると、お肉が反り返らないで、真っすぐ綺麗に仕上がるんだー」
「筋切り。へぇ~、そうなのね」
つまり、筋切りってやつをやらないと、真っすぐなとんかつにならないのね。監視ついでに見学しているけれども、ものすごく勉強になるわ。
豚ロースの白い部分に、何ヶ所も切れ込みを入れ終わり。見えている面のみに塩コショウを振りかけ、薄力粉、溶き卵、パン粉の順で満遍なく纏わせていく。
「メリーさん。何を作ってるか、もう分かった?」
「当たり前じゃない。とんかつでしょ?」
「おっ、正解! 衣をカリッカリにしてあげるから、もうちょい待っててねー」
「ええ、楽しみにしてるわ」
鼻歌交じりになったハルが、鍋底から約五、六cmほど油を注いだフライパンに、二枚の豚ロースを優しく入れた瞬間。泡が一気に沸き上がり、『シュワー』という景気の良い音も鳴り出した。
「いいわね、この音。聞いててお腹がすいてくるわ」
「だねー。ここから、もう十分ぐらいで出来上がるから、千切りキャベツを用意してくよー」
「あら、意外と早いのね。……ちょっと、ハル? 揚げ物をしてる時は、鍋から離れない方がいいんじゃない?」
「とんかつの場合は、大丈夫だよ。衣を剥がしたくないから極力触りたくないし、待ってる時間が勿体ないからね」
「あ、そうなのね。ふーん……」
ハルが唐揚げを作っている時。私が背後に立って『振り向いてちょうだい』って言っても、『油を使ってるから無理』って断られたのに。とんかつは、離れてもいいんだ。
よかった。ハルがとんかつを作っている時に、背後に立たなくて。下手したら、そこでハルを殺っちゃっていたかもしれないわ。……本当によかった。
「わっ、早っ!」
念の為、放置されたとんかつを見守ろうとした矢先。隣から『ザッザッザッザッ』という、等間隔かつ心地良さのある音が聞こえてきたので、視線をハルが居る方へ持っていけば。
半玉分あったキャベツを、既に半分以上千切りしており。もう十秒も経てば、全部切り終わり、平皿にこんもり盛り付けていった。
……とんでもない早さだったわね、今の。キャベツの千切りを始めてから、二十秒も経っていないんじゃないかしら? 改めて、ハルの凄さを垣間見た気がするわ。
「……すっごーい。あの、ハル? どうすれば、そんなに早く切れるようになれるの?」
「これに関しては、数を重ねて慣れてくしかないかなー」
「ああ、やっぱ慣れるしかないのね。私もその内、そんな早く切れるようになれるかしら?」
「メリーさんも、料理の腕は良いからね。要領を掴めば、すぐ出来るようになれるさ」
私を励ましながらニカッと笑みを浮かべたハルが、両手を軽く水で洗い。置いていた菜箸を持ち、こちら側に歩いてきて、鍋を覗いた。
「う~ん。あと、二分ぐらいって所かなー。二度揚げの時間も考えると~……、よし!」
とんかつの揚げ具合を確認したハルが、私の方へ顔を向けてきた。
「ねぇ、メリーさん。頼み事をしてもいい?」
「ええ、いいわよ」
「ありがとう! んじゃ、ご飯と味噌汁の用意でしょ? あと、とんかつにかける調味料も出しておいて欲しいな」
「ご飯とお味噌汁ね。調味料は、ソースとからしでいいかしら?」
「うん! それでいいよ」
「分かったわ」
ほんの些細なことだけど、ハルに頼られると嬉しくなっちゃうのよね。それに、ちょうどよかった。ソースとからしは、冷蔵庫の中にある。
ハルの目を盗みつつ、ポテトサラダも冷蔵庫から出して、テーブルの下に隠しておこう。ふふっ。柄にもなく緊張してきちゃったわ。




