186話、心に直接届く想い
「ああ~っ、全身に隈なく沁みていくぅ~……」
「へぁぁぁ~っ……」
私とハルが、二人同時に湯舟へ浸かるや否や。お風呂から大量の水が溢れ出し、私達の腑抜けた奇声と共に排水溝へ流れていく。
二人でお風呂に入ると、とんでもない量のお湯が溢れるわね。なんだかもったいなく感じるから、毎日一緒に入るのはやめておこう。
「メリーしゃん? なんで今日は、一緒に入ろうって言ってきたのぉ?」
「あんた、日中気絶するほどの恐怖に襲われてたじゃない? だから、お風呂に入ってる時に思い出して、また気絶しないよう見張ってあげてるのよ」
「あっははは……。お気遣い、誠に感謝致します」
浴室内の湿気を、ものともしないから笑いを発したハルが、浴槽の縁に組んだ両腕を置き、そこに緩み切った顔を添えた。
いいわね、あの格好。流石に二人で入っていると、足が前に伸ばせないから、私もハルの恰好を真似しちゃおっと。
「で、ハル? あんた、会長さんが点てた抹茶を一口飲んだだけで、よくあそこまで分かったわね」
「んっ、まあね。私の為を想って作ってくれたんだって、すぐ分かったよ。凄かったなぁ、あの抹茶」
飲んだ抹茶の味を思い出したのか。しんみりした眼差しになったハルが、視線を床に向けていく。
「なんか、暖かいって言ってたわよね」
「そう、暖かった。口の中に風味が広がるよりも早く、抹茶に込められた想いに気付いて、その暖かい想いが心に届いたっていう感じかな? 理屈じゃないから、説明がすんごい難しいんだよね。これ」
「う~ん……。そうね、いまいちピンと……」
いや、待てよ? 私も似たような経験をしているような気がする。それも一回だけではなく、日常的に何度も。
……ああ、そうだ。毎日飲んでいるから、それが当たり前になっちゃっていたんだ。私が愛してやまない、世界一好きな料理を飲んでいる時、必ず感じていたっけ。
「あんたの言ってること、なんとなく分かったわ」
「ええ~、本当?」
一度同調しかけた言葉を、違う形で肯定し、排水溝を眺めていた視線をハルへと移す。
「ええ、本当よ。あんたが作ったお味噌汁を飲んでる時、必ず暖かい物を感じてたからね」
「んっ……」
理屈じゃ説明出来ない言葉を、あやふやに理解した内容を告げると、ハルの目が緩く見開いた。
「ほんと、ポカポカに暖まるのよ。お風呂のお湯や、温かい料理を食べても届かない部分まで、しっかりとね。あの感覚、私は大好きよ」
「ふ~ん、なるほど? ……そっかぁ。やるじゃん、私も」
自分を静かに褒めたハルが、なんとも女々しい笑みを浮かべた。たぶん、あの笑みって、本当に嬉しがっている時の笑みよね。ハルが唯一見せる、女性らしい一面だわ。
「私もいつか、そんな料理をあんたに振る舞ってみたいわ」
「うわっ、メリーさんの手料理! 超食べてみたい! ねえ、いつ作ってくれるの? 早く、ガチ味噌汁も飲んでみたいんだけど~」
「もう少し修業したらね。今年中には極めてやるから、楽しみに待ってなさい」
「今年中かぁ~、なっげぇ~」
一応、約束の時を定めるも、猶予が長いと文句を垂れたハルの体が項垂れていく。そう、中途半端な物は作りたくない。
あんたが作ったお味噌汁と、同等かそれ以上の物を振る舞ってあげたいからね。
「あっ、そうだ! 私もう、メリーさんが作った物を口にしてたや」
「あれ? そうだったっけ?」
「うん。つい最近、抹茶を作ってくれたじゃん。あれ、マジで美味しかったなぁ」
「ああ、そういえばそうだったわね」
ハルに言われるまで、すっかり忘れていた。初めて点てた抹茶を、大好きだって言ってくれていたっけ。あの時は、すごく嬉しかったなぁ。
「その抹茶に、暖かい物は感じた?」
「……ごめん、メリーさん。あの時は衝撃が勝ってたから、抹茶の味を存分に堪能しちゃってたや」
「あ、あら、そうなの? もう、仕方ないわね。次は、しっかり全部確かめてちょうだいよ?」
「オッケー! だから、早く手料理を作って下さいまし」
「ふふっ、その内ね」
衝撃が勝っていた、か。ハルを驚かせたくて、こっそり隠れながら作っていたし、仕方ないと諦めるしかないけれども。ほんのちょっと、残念に思うわね。
まあ、いいわ。今度、ハルに料理やお味噌汁を振る舞う日が来たら、暖かい想いとやらも、たっぷり込めてやるんだから。




