181話、想いを伝える抹茶
「……ハッ!? え、あれ?」
「あら、やっと意識が戻ったのね」
会長さんが、抹茶作りの準備に取り掛かり、そろそろ出来上がりそうな頃。気絶していたハルが、タイミングよく復活し、丸くさせた目を私に合わせてきた。
「もしかして私、気絶してた?」
「ええ、真っ白になりながらね」
「春茜さん」
安らかに気絶していて、動揺状態から抜け出したも束の間。視界外から会長さんに呼ばれた瞬間、ハルの体に大波が立った。
「は、はいっ!」
「先ほどは、貴方が抱いていた恐怖を、更に煽る形になってしまいましたね。心中お察しします。誠に申し訳ございませんでした」
どこかしおらしくもあり、懺悔にも聞こえなくない謝罪を入れた会長さんが、頭を軽く下げ。
数秒の間を置いて頭を上げると、ハルが返答を始める前に、点てたばかりの抹茶が入った茶碗を、ハルの前まで移動させた。
「まず一旦、休憩を挟みましょう。こちらをお飲みになって、心を落ち着かせて下さい」
「は、はぁ……。ありがとうございます」
言われるがまま茶碗を持つも、ハルは中身をじーっと見つめ。その視線が上目遣いになり、再び茶碗の方へ戻った。
「あの、すみません。普通に飲んじゃって、よろしいんですよね?」
「ええ、どうぞ。作法なぞ気にせず、ごゆっくりお飲み下さい」
「分かりました。では、頂きます」
会長さんから念を押した許可を得られたハルが、茶碗をゆっくり口に近づけて、音を一つも立てずに飲んでいく。
抹茶を飲んでいる場所が、茶室ともあってか。なんだか、ハルの姿が様になっている。
「……ほぉ、すごいや。とても“暖”かくて、優しい味がする」
なんともリラックスした雰囲気でいて、息の抜けるようなか細い声で感想を述べたハルが、胸を撫で下ろした。
「そう想いを込めつつ、点てましたからね。お口に合ってくれたようで、何よりです」
「はい。本当に、ほんっとうに美味しいです。はぁ~っ」
ため息混じりなハルの表情は、とてもほっこりとしている。風呂上がりとかでもよく見る、幸せに満ちた顔をしているわ。
想いの込めた抹茶って、ここまで心を安らげてしまうものなのね。恐怖の許容量を超え、さっきまで気絶していたのが嘘みたいだわ。
「どう? ハル。落ち着けた?」
「うん、すごくね。それに、この抹茶を通して、会長さんはとても良い人だって分かったし、もう色々大丈夫かな」
「え? 抹茶を飲んだだけで、そこまで分かるものなの?」
数分前とは打って変わり、普段通りの覇気を取り戻したハルが、ほころんだ笑みをしながら頷き返してきた。
「すぐ分かっちゃうほどの想いが、この抹茶に込められてたんだ。もう、恐怖心なんて全部吹っ飛んで、感服しちゃうぐらいにね。すごいなぁ、私には到底無理だ」
「相手に伝わってこその想いですからね。感じてくれさえすれば、御の字です」
「はい、確かに伝わりました。……先ほどは、醜態を晒し続けてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「いいえ、非は全て私にあります。ですので、もう畏まるのはお止め下さい」
ふわりと笑みを浮かべた会長さんへ、ほくそ笑み返すハル。うん、互いに良い雰囲気になってきている。きっと、ハルも抹茶を通じ、会長さんの人柄を見抜いてくれたかもしれないわ。
抹茶を飲んだ感想から始まり、恐怖心がすっかり抜けて、お腹がすいてきたのか。
会長さんに断りを入れたハルが、あんだんごを一つ食べて、再び抹茶を口に含んだ後。会長さんが、静かに咳払いをした。
「それでは春茜さん。今一度、話しを戻したいのですが、よろしいでしょうか?」
「さっき言っていた、質問の続きですよね?」
「その通りです。ですが、過ちは二度と起こしません。今度は畏怖の念を与えないよう、質問をした意図から説明させて頂きますね」
「はい、分かりました」
一度目の質問をした時、ハルは恐怖に耐えかねて気絶してしまったものの。今は、少しも臆すること無く、真面目な表情で会長さんと向き合えている。
やはり、その人の本質や人柄に触れたり知るってことは、話を聞く上でもかなり大事そうね。まず、ハルの身構え方がまるで違う。
気持ちだって、そう。本題に入る前だというのに、恐怖に駆られず余裕を持って接せられている。よしよし。これなら、もう心配する必要は無さそうだ。
さて、ハルは一体どう答えるのかしらね。私もあんだんごを食べて、二人の会話を見守っていよっと。




