178話、悪意の無い超高速デッドボール
「失礼します。お待たせして、申し訳ございません」
「あいえっ! お構いなくです!」
ハルを安心させようと、会長さん達がどういう人なのか説明しようとした矢先。タイミング良く、当方人が部屋に戻って来てしまった。
その会長さんが、両手でしっかり持っているお盆には、オシャレな水入りの容器。先ほど座っていた座布団に腰を下ろすと、このお店で売っているあんだんごが、九本見えた。
「それでは、今から抹茶作りの準備を始めます。それまでの間、こちらのお団子をどうぞ」
淡々と話を続けていく会長さんが、空き皿にあんだんごを三本ずつ移し。私とハルの前に、皿を置いていく。
たぶん、もうここから茶道のマナーを守りつつ、あんだんごを食べた方がいいわよね。ならば、マナーについて聞くタイミングは、ここしかない。
「あの、会長さん。一つ聞いてもいいかしら?」
会長さんが、窯に水を注いでいる途中で、声を掛けながら挙手をする。
「はい、なんでしょう?」
「私達、茶道についてのマナーを、まったく知らないんです。なので、教えてもらってもいいでしょうか?」
「マナー、ですか」
やや歯切れの悪い反応を見せた会長さんが、黙り込んだ顔を釜へ移し。考え事をしていそうな表情で、軽く天井を仰いだ後。柔らかな苦笑いを私達に合わせてきた。
「とても素晴らしい心構えですが。今日は、堅苦しい作法など無しにして、和やかな空気でお茶を楽しみたい気分なんです」
「あら、そうなんですか?」
「はい。ですので、貴方達も姿勢を楽にして、普段通りにお団子を食べていて下さい」
私達への配慮も忘れない会長さんが、華奢な笑みをふわりと浮かべた。いいんだ、マナーを守らなくても。数日前だったら、試されているのでは? と警戒していたものの。
今の私なら、あの配慮は素直に従ってもいいと安心出来る。だって、本当に私達を想ってくれて言っているんだからね。
そして、この流れはハルにとっても嬉しいはず。ならば、私が率先して楽な姿勢を取り、従っても大丈夫なことを伝えないと。
そう決めた私は、正座させていた足を少し開き、ぺたんと座り直した。
「ハル。会長さんが、ああ言ってるんだから、あんたも楽な姿勢になりなさいよ」
「……本当に、姿勢を崩しても大丈夫なの?」
「大丈夫よ。ねえ? 会長さん」
「ええ。どうぞ」
念を押して会長さんに聞いてみるも、ハルは険しい視線を交互に動かし、私と会長さんを見返していくばかり。
やっぱりハルも、数日前の私みたいに、相当警戒しているわね。
「わ、分かりました。それでは、失礼します」
が、数秒して覚悟を決めたようで。私と同じく足を開き、楽な姿勢を取った。さてと、ここからは違うやり方で、ハルをもっと安心させてあげ───。
「すみませんが、春茜さん。貴方に一つ、質問があります」
「は、はいっ! なんでございましょうか?」
ハルに声を掛けて、だんごでも食べようとした途端。会長さんが、先に話を始めてしまった。ハルったら、驚いた拍子に姿勢を戻しちゃっているわ。
「貴方は私に対し、畏怖の念を抱いていますよね。その理由を、お聞かせ願いたいのですが」
「ぶっ!?」
「え!? あっ……。その、えと、……え?」
いきなり何を言い出したかと思ったら……。あまりにも剛速球で、真正面からとんでもないデッドボールを投げてくるじゃないの。
質問の意図が分からないけど、口下手って次元じゃない。会長さん。その聞き方、恐怖心を最大限に煽るだけよ?
私はそれを生業にしていたから、瞬間的な破壊力の高さを充分理解している。場面的に、私がいつもの決め台詞を言う手前か。人間が私に、命乞いをしている段階のどっちかだわ。
そんな、悪意の無さそうなデッドボールをモロに食らったハルは、完全に委縮状態。大汗をかき、死を目前にした諦め顔になっている。
……これは流石に、助け船を出した方がいいわね。あの感じで話を進められると、ハルが精神的に死にかねないわ。




