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174話、夏祭りに備えて

「んじゃっ! いつもご奉仕してくれてるメリーさんに、私からプレゼントをしちゃおっかなー」


「プレゼント?」


「そっ! ちょっと、タブレットを見てちょうだい」


 いきなりの出来事に、やや呆気に取られつつ、ハルの近くにあったタブレットを覗いてみる。その画面には、あまり見慣れない服の画像が、ズラリと並んでいた。


「これ、なんだったかしら? 着物、だっけ?」


「惜しいっ! 着物に似てるけど、これは浴衣っていうんだ」


「浴衣。ふ~ん、色んな色があるわね」


「でしょ? でさ、もう少ししたら夏祭りが始まるじゃん? それで、その夏祭りに着ていく物を選んでたんだー」


 だんごを持って来た時に、タブレットで何かを見ていたのは知っていたけれども。まさか、夏祭りに着ていく浴衣を選んでいたなんて。ハルったら、かなり気合が入っているじゃない。

 柄は、正に千差万別。画面をちょっとスライドさせると、まったく異なった色や模様の浴衣が出てくる。

 強いて共通点を上げるのならば、涼し気なイメージがある所かしら。


「ハルは、これを着ていくの?」


「着ていくっちゃ着ていくけど。私が着ようと思ってるのは、こっちの方さ」


 ハルがサイトのページを切り替えると、浴衣を軽量化させたような見た目の服が、沢山出てきた。


「……んんっ? なんて読むの? これ」


「これは、甚平じんべいって読むんだ。超身軽そうでしょ?」


「じんべい……。へぇ~」


 じんべい。確かじんべいって、サメの一種じゃなかったっけ? あと、見せてくれたはいいけど。このじんべいなる服、大体が男物だわ。

 多種多様な色と模様がある、浴衣とはまるで違い。色が、ほぼ一緒くたで無地。なので、ちょっとでも模様や色が入っていると、そこだけやたら目立つ。

 けど、ハルが着るとなると、なんだか浴衣よりも、じんべいの方が似合いそうな気がするのよね。


「確かに、身軽そうね。ちなみにこれ、男物でしょ? 女物ってないの?」


「あるよ。ちょっと待っててね~……。う~んと、これこれ」


「わぁ、一気に浴衣っぽくなっちゃった」


 慣れた手つきでタブレットを操作してくれたハルが、女物のじんべいがあるページを開いてくれたものの。男物のじんべいに、浴衣の柄と模様が入った感じになっている。

 しかし、やはりハルが着るとなると、ちょっと派手に思うわね。もっと色が落ち着いていて、かつ模様の数が少なければ、ハルにも似合いそうなじんべいが───。


「あっ、これ良さそう」


「どれどれ?」


「これ、この和柄が入ったやつよ」


 私が、とあるじんべいを指差すと、注目してくれたハルが詳細ページを開き、画像を見やすいように拡大してくれた。

 私が思わず選んだじんべいは、一種類から、二種類の和柄をほどよく混ぜた物であり。端麗と言うよりもたおやかで、シックな印象を受ける柄をしている。


「おお~、いいじゃん。これも色んな柄があるね」


「でしょでしょ? 特に『流水』ってのが、あんたに似合いそうなのよね」


「ん? ちょっと待って」


 どことなく、不思議そうな声を発したハルの緩い真顔が、私の方へと向いてきた。


「もしかして、私が着るやつを選んでくれてたの?」


「そうよ。なんで?」


「いや……。てっきり、メリーさんが着たい物を選んでたとばかり思ってたからさ」


「違うわよ。最初からずっと、あんたに似合いそうなじんべいを探してたわ」


「おおう、そうだったんだ。う~ん、マジかぁ」


 どこか予想外な反応を示したハルが、顔を画面へ戻し。私が選んだじんべいの画像を、軽く流し見していく。


「私の着る服を選んでくれるのは、すごく嬉しいんだけどさ。自分が着たい物も、選んで欲しいんだよね」


「私が着たい物……」


 オウム返しすると、ハルは「そっ」と言いながら、私に顔を戻してきた。


「ここ最近、メリーさんにはお世話になってばかりだったからさ。私も少しずつ、君に恩返しがしたいんだ。それで、まず一つ目を、夏祭りに着てく服にしてみたんだ」


「あら、そうだったの」


 私への恩返し、ねぇ。そんな大層なことは、したつもりはないんだけれども。それに恩返しだったら、私だって全然し足りていない。

 ハルは私に、衣食住の全てを与えてくれた大好きな人間だ。この温かな恩は、あんたとの関係が続いていく限り、返していくつもりでいる。

 しかし今回は、ハルが私に恩返しをしたくて、夏祭りに着ていく服を選んで欲しいと、先手を打たれてしまった。

 当然、断る勇気なんて持ち合わせていない。私への恩返しなのであれば、快く受け取るわ。何よりも、私を想ってくれていることが、すごく嬉しいからね。


「うん。実は、こっそり考えてたんだよね。だからさ、メリーさん。ここから好きな物を選んでちょうだいっ!」


「……そう。とても嬉しいサプライズだわ、ありがとう」


 とは言いつつも。私は服に対して、あまりにも無頓着だ。いつもの服装は、上下一体の白のワンピース。つばの広い白の帽子。そして夜は、ハルが私の為に買ってくれたパジャマ。

 正直、これだけで事足りている。一張羅のワンピースが、突然無くなってしまったとしても、ハルが着ている服を借りればいい。私は、それで全然問題無い。

 なので、ハルがこれがいいと選んでくれれば、私は喜んでその服を着るわ。けど、この場合、私が選ばないといけないのよね。だったら───。


「ねえ、ハル。さっき私が選んだ『流水』っていうじんべいを、一緒に着ていかない?」


「えっ? 一緒に着ていくって……。この『流水』っていう柄の甚平を、私とメリーさんが着るってこと?」


「ええ、そうよ。同じ服を着て夏祭りに行ったら、良い思い出になるかもしれないって思ってね。ダメかしら?」


 理由を添えてお願いするも、ハルは目をまん丸にさせていて、口をぽかんと開けたまま。分かりやすいぐらい、呆気に取られているわね。

 そのまま数秒硬直したハルの顔が、ゆっくりタブレットの画面へ移っていき。更に数秒待つと、ハルの口角がニヤリと上がった。


「ほほう? いいねぇ、それ。超面白そうじゃん。そんじゃ、メリーさん。今年の夏祭りは、ペアルックで楽しみましょうぜ!」


「うん、そうしましょ」


 私の提案を快諾してくれたハルが、雄々しいガッツポーズを決めた。よかった。ハルが、私と同じ服を着るのを恥ずかしがらず、気持ちよく受け入れてくれて。

 さて、これで夏祭りへ行く準備は整った。あとは、開催されるまで待つのみ。楽しみだなぁ。早くハルと一緒に行って、色んな物を食べてみたいわ。

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