173話、どの嬉しさにも該当しない、初めての感情
「そんじゃ、いただきますっ!」
ニコニコ顔で元気に挨拶を交わしたハルが、あんだんごを口に運ぶ。
改めて客観的に見てみると、だんご一つ一つが、スーパーで売っている物より一回りほど大きく見えるわね。
「う~んっ! このこしあん、めっちゃ滑らか! 甘さもすっごくちょうどいいし、団子のモチモチ感もさいっこう〜」
「そのだんご、お米の味を強く感じると思わない?」
「あっ、分かる! なんか、餅に近い感じがするんだよね。やっば、めちゃくちゃ美味しいや。何個でも食べられそう」
一つ目から大絶賛してくれたハルが、二つ目を頬張っていく。よかった、ハルの口にも合ってくれて。
気に入ってくれたみたいだし、たまに買ってきてあげよっと。
「では、メリーさん。抹茶の方、頂かせていただきます」
「ええ、どうぞ。味わって飲んでちょうだい」
そう返すと、ハルはワンパク気味な笑みをしつつ頷き、顔を茶碗へ向けた。今の嬉しそうにしている顔、なんだかコータロー君を思い出すわね。
抹茶を点ててから、数分前後経過しているものの、きめ細かな泡は消えておらず。茶碗をゆっくり口に付けたハルが、音を立てずに飲んでいく。
さあ、ぶっつけ本番で点てた抹茶よ。会長さんみたいに、おいしく作れているといいのだけれども。味見をしていないから、ちょっと自信が無いのよね。
「……ほぅ。ええ~、何これ? ほとんど苦くないし、旨味と甘さがめっちゃ濃い。けど、すごく飲みやすいのに、今まで味わった事が無い上品さを感じるや」
「どう? ハル。おいしい?」
「うん、ものっすごく美味しい。本格的な抹茶自体、ほとんど飲んだことがないんだけどさ。なんかこう、初めての衝撃を受けた感じがするよ。この抹茶、私大好きだなぁ~」
「ほ、ほんとっ? なら、よかったわ。……よしっ」
やった! 私が点てた抹茶を、ハルが大好きだって言ってくれた! あまりにも嬉しくて、思わずガッツポーズしちゃったわ。本当によかったぁ、おいしく作れて。
私が作った物を、ハルに提供したのは、これが初めてになるけれど。おいしいって言ってくれると、こんなにも嬉しくなるんだ。
今まで感じた、どの嬉しさにも該当しない、心の芯まで暖まるような感情だわ。
「これ、すごいね。和菓子に合うお茶があるだけで、なんだか贅沢をしてる気分になるや」
「それっ! 私も和菓子専門店で、まったく同じことを思ったわ」
「やっぱ、メリーさんも? なんでだろうね?」
「さぁ……? 普段だったら、絶対にやらないことをしてるからかしら?」
和菓子専門店に行かなければ、まず抹茶を点てる機会すら無かった訳だし。そもそも、抹茶とほうじ茶を用意する考えすら浮かばなかったでしょう。
みたらしだんごとあんだんごを購入し、家に帰って食べて終わり。これが、普通の流れだったはず。そこに一手間加わっただけで、こうも捉え方が違ってくるとはね。
「ああ~、それかも。普通だったら団子を食べる前に、ちゃんとした抹茶なんて用意しないもんね」
「そもそも、ちゃせんの存在を今日初めて知ったわ」
「その道に触れないと、まずお目に掛からないからね。メリーさんが茶筅を使って抹茶を作ったって聞いた時は、マジで驚いたもん。作り方は、インターネットで調べたの?」
「ええ、そうよ。解説付きの動画を何度も見返して、じゃあ一回作ってみようと思ったら、あんたが帰ってきちゃってね。仕方ないから、隠れながらこっそり観てたわ」
「あ、そうだったんだ。ごめん」
緩く謝りつつ、抹茶をもう一回口に含み、「ほぅっ」とため息をつくハル。なんだか今のハル、縁側が似合いそうな雰囲気を醸し出しているわ。
「そういや、今更なんだけどさ。この団子って、私の為に買ってきてくれたの?」
「そうよ。すごくおいしかったから、あんたにも食べさせてあげたくなってね。あんたの口に合って、一安心したわ」
「おおう、マジか。嬉しいなぁ。美味しいおやつを、いつもありがとうね。お陰で、最高の時間を過ごせたよ」
優しい声でお礼を言ってきたハルが、私の心をくすぐる微笑みを見せてきた。最高の時間を過ごせたのは、お互い様よ。
だって私は、おいしいと思った食べ物を、あんたと一緒に共有したいと思っているし。あんたの、そんな顔を見ている時が、最高の瞬間なのだから。




