172話、忙しく揺れ動く心境
「私、メリーさん。今、和の境地に達しているの」
「私の真後ろで、いきなり電話をしてきたかと思えば……。どうしたの? 急に」
「これを見れば分かるわ」
ハルにバレないよう、隠れながらタブレットで抹茶の点て方を猛勉強し、たぶん極めたと思われる抹茶。ついでに、会長さんから借りた急須で淹れた、ほうじ茶。
そして、和菓子専門店で購入した、みたらしだんごとあんだんごが乗ったお皿を、ハルの前に並べていった。
「ええっ、すっご! 超本格的じゃん……、ん?」
何かに気付いたハルが、会長さんから貰った茶碗を両手で持ち上げる。
「この高そうな茶碗、買った覚えが無いんだけど。こんなのうちにあったっけ?」
「今日、和菓子専門店に行ったんだけども。そこに居る、自治会の会長さんから貰ったのよ」
「えっ? 貰った?」
和菓子専門店で起こった出来事を、ほぼ割愛して言ったせいで、理解が追い付いていないんでしょうね。
口をポカンと開けたハルの顔が、私の方へ向いてきたわ。
「自治会の会長って、たぶん偉い人だよね? どんな経緯で、これを貰ったの?」
「どう説明すればいいかしら? 話すと結構長くなるのよね。とりあえず、和菓子専門店に行って、おやつにみたらしだんごとあんだんごを買おうとしたのよ」
「ふむふむ」
「それで、自治会の副会長さんに、お茶を用意してあげるから、ここで食べていかないか? って誘われてね。あと、その二つのだんごがあるでしょ?」
「うん、あるね」
「そのだんご、会長さんが作ってるらしいのよ。で、会長さんが点てた抹茶と、そのだんごを食べておいしいって言ったら、会長さんが私を気に入っちゃったみたいなのよ。それで、なんやかんやあって、その茶碗を貰った訳よ」
「……はぁ。とりあえず、すごい人に気に入られちゃったんだね」
かなり端折った説明ながらも、薄々と理解してくれたハルが、私に合わせていた顔を茶碗に戻した。
「それにしてもさ? この茶碗、絶対に高いよね。休日になったら、お礼を言いに行かないとなぁ」
「なら、ちょうどいいわ。会長さんと副会長さんが、あんたの感想も聞きたがってるし、借りた急須とちゃせんも返さないといけないから、一緒に行きましょ」
「え、ちょっと待って。気になる情報が一気に押し寄せてきた」
新たな情報を与えるや否や。今度は目を丸くさせたハルの顔が、再び私の方へ向いてきた。
「茶筅や急須も借りたってことは……。もしかして、この抹茶、メリーさんがちゃんと作ったの?」
「ええ、そうよ。ちゃせんを使って、しゃかしゃか混ぜたわ」
「お、おおぅ……、マジか」
隠れて頑張っていたことまで伝えると、数秒の間を置き、ハルが黙ったまま顔を前へ戻していった。抹茶の点て方を勉強したのは、おおよそ二、三時間前後。
最初は、抹茶について軽く調べ。次に、解説付きの動画を何度も見返し。
それじゃあ、一回作ってみようと思った矢先、ハルが帰って来ちゃったのよね。なので、私が抹茶を点てたのは、これが初めてになる。
まず、茶碗とちゃせんを、お湯で温めたでしょ? 一人前、約二gの量も守った。お湯の温度は……、測る術が無かったので、仕方がなかったとして。
手首をしっかり動かし、細かい泡が立つよう意識しながら、M字を書く要領で素早く混ぜてやったわ。なんでも、細かな泡に仕上げると、苦味が和らいで甘味が前に出るらしい。
確かに、会長さんが点てた抹茶も、きめ細かな泡が見事に立っていた。抹茶よりも、泡の方が多く感じるほどにね。
「へぇ~。メリーさんが作ったんだ、この抹茶。めっちゃ美味しそう」
「初めて点てたから、あまり自信が無いけどね。ちなみに、みたらしだんごには、ほうじ茶。それであんだんごには、抹茶が合うわよ」
「えっ? 組み合わせの指定まであるの? マジか、あっぶな。抹茶から飲もうとしてたや」
「ふふっ。副会長さんが好んでる組み合わせみたいだから、そこはあまり気にしなくていいわよ」
「ああ、そうなんだ。まあとりあえず、それに習って食べてみるね」
そう緩く微笑んだハルが、茶碗を静かに置き、あんだんごに持ち替えた。ハルは、私が点てた抹茶を、真っ先に飲んでくれようしていたんだ。
正直、副会長さんの好みの組み合わせを教えるのは、後ででよかったかもしれないわね。
先に抹茶を飲んでもらい、感想を言って欲しかったから、そこだけちょっと残念に思うわ。




