169話、恋愛ドラマさながらな熱愛空間
「そ、それじゃあ……。まず、あんだんごの方を」
おやつ目的ではなく、延命目的に変わったあんだんごを、恐る恐る右手に持つ。
みたらしだんごとは違い、艶を宿したこしあんがずっしり乗っているから、それなりに重さがある。
「う~んっ。口当たりが滑らかで、いい甘さだわぁ~」
だんごの上を覆い隠すほど、隙間無くギッチリ詰まっているというのに。口の中に入れると、決して多いと感じさせぬ甘さが広がっていく。
食べ始めから後を引く余韻を起こすこしあんは、舌触りが非常に優しく繊細で、一度噛めば、だんごと共に柔らかくほぐれていくわ。
そして、そのこしあんよ。甘さが絶妙なのよね。甘い物を食べたい欲を、しっかり満たしてくれるけれども、行き過ぎた甘さをしていない。私が求めていた甘さに、ちょうど良く収まっている。
なので、思っていたよりも一口が軽く、二つ目、三つ目のだんごがスルスル食べられるし、まだまだ足りないぞと口や欲がせがんでくるわ。
更に、だんごの方。みたらしだんごと同じ物が使われていそうで、似た風味をしているというのに、こしあんとの相性も最高に良い。
しかも、こちらのだんごは剥き出しになっているので、お米感がより強くダイレクトに伝わってくる。けど、食感はかなり異なっているわね。
みたらしだんごは、歯触りが良くて柔らかかったのに対し。あんだんごは、何度も噛みたくなる楽しいモチモチ感と歯応えがあり、だんごを食べているという実感が湧いてくる。
いいわね、あんだんごも。みたらしだんごとは、まったく違った印象と良さがある。それでいて、ものすごくおいしいわ。
「こっちも好きだなぁ。両方おいしいっ」
「そうかいそうかい! いやぁ~、母さん。ここまで喜んでくれると、我々も嬉しくなってしまうね」
「食べた直後に感想を受け取れたり、お客様の喜色満面な顔色を窺える機会なんて、基本無いですからね。徹さんのお陰で、とても有意義で貴重な体験が出来たわ」
私の簡潔で率直な感想を聞いた二人が、店内を照らす照明よりも、窓から差し込む陽光よりも暖かみのある笑顔を浮かべた。
「では、私が点てた抹茶も、お召し上がり下さいな」
「ゔっ……」
逸る気持ちが乗ったマダム女将会長の繊麗な手が、私にトドメを刺す予定のお茶碗にかざされた。当然、飲む覚悟なんてまだ出来ていない。
抹茶の苦さ次第では、二人に醜態を晒し、ハルまでにも迷惑を掛けてしまう。しかし、ここまで来たら、もう飲まないなんて選択肢は無い。
『アリオン』で、ブラックコーヒーを盛大に吹きこぼしたその日から、苦い物を克服するべく、鍛錬を積んでおけばよかった……。
「で、では、いただきます……」
か細く震える両手を差し伸べ、お茶碗を持つ。私は今、抹茶をじっと睨みつけているけれども。視界の外から、早く飲んでみろという強烈な視線を、二つ分感じている。
……落ち着け、私。一気に飲むという行為は、死に直結する。ちょびちょび含み、かつ舌になるべく触れないよう、素早く飲み込んでしまおう。
「……ん? あれ? 甘い匂いがする……?」
飲もうとした寸前。不意を突く奥ゆかしい甘い匂いが、私の震える両手を止めてくれた。
抹茶は苦いという先入観を持っていたから、匂いも苦いとばかり思っていたのに。
「あら、まずは香りを楽しんでくれているのね」
「う~ん、素晴らしい着眼点だね。母さんが点てる抹茶は、香りも最高なんだ」
「まぁ、徹さんったら」
恥かし気も無くほくそ笑みながら褒める副会長に、やや恥じらいを見せつつも、どこか満更な様子じゃないマダム女将会長。
この、私を置いてけぼりにする二人のやり取り。テレビのドラマでも、何回か観たことがあるわね。あれは確か、恋愛系のドラマだったはず。
まさか、観ている私も体がむず痒くなってくるようなやり取りを、間近で見られるとは。
「と、とりあえず、改めていただきます」
「ああ、ごめんなさいね。どうぞ」
出来立ての熱愛空間に水を差すと、マダム女将会長が慌てて催促してきてくれたので、緊張感が全て吹き飛んだ口をお茶碗に近づけた。
「わぁっ、すごくおいしい」
表面に浮いたきめ細かな泡ごと、音を立てずにすすってみれば。苦みや渋みはほとんど感じず、代わりに深いコクを纏う、香り豊かで飲みやすい甘さが口いっぱいに広がっていった。
私は今、本当に抹茶を飲んでいるのよね? これが一種の和菓子と言われても、信じてしまいそうな甘さをしているわ。
とにかく上品なのに飲みやすく、お茶とは思えないほど旨味が濃くて、泡のように消えていく儚い余韻と後味をまた堪能したくなり、この抹茶を飲みたくなってしまう。
あんだんごに合うという話は、一旦置いといて。この抹茶でしか得られない、不思議と落ち着く温かなひと時を、いつまでも感じたくなっちゃうわ。




