168話、不意に訪れる窮地
「うん、どっちもおいしそうね」
ほのかに焦げ目が付いていて、艶めかしい薄琥珀色のあんを纏った、みたらしだんご。見るからに上品で、滑らかそうなこしあんが掛かっている、あんだんご。
ここまで来るのに、それなりの時間が掛かったものの。副会長の好意により、各だんごに合うお茶も用意されたことだし、ゆっくり味わって食べようじゃないの。
「私達のことは気にしなくていいから、是非、自分のペースで食べておくれ」
「お茶のおかわりが欲しくなったら、いつでも言って下さいな」
そう言いつつも、マダム女将会長と副会長の目は、私をガッチリ捉えたまま。
二人は静かに見守っているけれども、視線から感じる圧がすごい。早く食べろと、目で訴えかけてきているわ。
「そ、それじゃあ、みたらしだんごの方から」
みたらしあんが床に垂れないよう、細心の注意を払いつつ右手に持つ。顔に近づけると、鼻と甘い物を食べたい欲をくすぐる、どこか安心感のある匂いが漂ってきた。
欲を散々待たせちゃったから、ヨダレがじゅわりと出てきちゃったわ。さあ! 待望の初和菓子、食べるわよ。
「ふゎ……。柔らかくて、あんまぁ~いっ」
私の欲をこれでもかってぐらいに満たしていく、決して甘過ぎぬ甘美なみたらしあんよ。しかし、なにも甘いだけじゃない。
醤油に似たキリッとした風味が、甘さを邪魔しない程度に合わさっていて、私を満たしてくれる甘美に、嬉しいコクや別の欲を刺激する旨味を与えている。
更に、メインのだんごよ。食感はもちもちながらも、とろけるような歯触りをしていて柔らかく。噛んでいる内に、炊き立てのお米を彷彿とさせる芳醇な香りを覗かせては、みたらしあんと絡み合っていく。
だんごって、お米みたいな味がするんだ。だからこそ、醤油がふんわり香るみたらしあんと、抜群に合うのよ。好きだなぁ、この味。
「う~ん、おいしいっ!」
「おお、そうかい。メリー君。次は、ほうじ茶を飲んでみてくれないかい?」
「そういえば、みたらしだんごと合うって言ってたわね。どれどれ……」
「熱いから、気を付けて飲んで下さいね」
自分のペースで食べてと言っていた副会長に、ほうじ茶を勧められてしまったので、持っていたみたらしだんごを一旦皿に置き、ほうじ茶入りの湯飲みに持ち替える。
マダム女将会長の忠告通り、手の平へ伝わる温度が結構熱い。色は、澄んだ赤茶色。ゆらりと昇る湯気には、なんだかほっとする香ばしい匂いが乗っている。
「ふぅ~っ、ふぅぅ~っ……。わぁっ、飲みやすくておいしい」
お茶って、渋みや苦みが強いイメージを持っていたのに。このほうじ茶とやらは、それらをあまり感じず、逆にまろやかで親しみやすい甘さを感じる。
あと、喉に引っかからずスルリと流れていくのよ。ゆえに、すごく飲みやすい。しかも、口に留まっていたみたらしあんの甘さを帳消ししてくれたけど、妙に合っていたわね。
口全体へ主張する香ばしい甘さと、当たり障りなく静かに消えていく甘さが、絶妙に合うというか。見事に調和しているわ。
「いいわね、この組み合わせ。私好きだわぁ~」
「おおっ、そうかそうか! この組み合わせを、気に入ってくれたかい。メリー君は分かっているね」
「まあ、皆のようにはしゃいじゃって。よかったわね、徹さん」
「皆が嬉しくなるのも、これなら頷けるよ。ささ、メリー君。あん団子と抹茶の組み合わせも、是非試してみておくれ」
もう、さっき言ったことは、すっかり忘れているようね。私のペースをとことん崩し、グイグイ勧めてくるじゃないの。
それに、マダム女将会長が持って来た抹茶。これ、本格的なやつよね? 容器が湯飲みやコップじゃなくて、完全にお茶碗だわ。
中身だって、そう。表面がきめ細かに泡立っているし、色は鮮やかな青緑色一緒くた。動画やテレビなどで、観たことはあるけれども。生で見るのは、今日が初めてだ。
「……この抹茶。私の為に、作ってくれたの?」
「ええ、趣味で茶道を嗜んでいまして。今日は少々張り切って、高級抹茶を使用してみましたの。貴方のお口に合うといいんですけれども」
「わ、わぁ、そうなんですね……。とても、嬉しいです。アリガトウゴザイマス」
確か、本格的な抹茶って、すごく苦いんじゃなかったっけ? ……どうしよう。私が唯一苦手としている、ブラックコーヒー並みに苦かったら。
『アリオン』で初めてブラックコーヒーを飲んだ時は、あまりの苦さに、人目をはばからず盛大に吹きこぼした。
そんなことを、この二人の前でやってみなさい? たぶん、和菓子専門店を出禁になるどころか。最悪、商店街から追放されてしまう可能性が……。
まずい。ありえそうな現実を想像したら、完全にほぐれた緊張が、だんだん蘇ってきちゃった。……お願いです、抹茶さん。どうか、私が難なく飲め切れる範囲の苦さであって下さい。




