167話、自治会とは
「あら、このお方が例の?」
「ああ、皆が言っていた通りだろ?」
近くにあった椅子に腰を下ろし、背筋を立たせて息の詰まる静寂と共に待ち続け、だんだん緊張し出してきた頃。
おしとやかな印象を受ける声を追う、先ほど奥へ行ったおじさんの声が聞こえてきたので、窓の外を見ていた顔をレジへと向ける。
そわそわが絶えない、視界の先。テレビでやっているドラマでいう所の、懐石料理屋で厨房に立っていそうな女将。
もしくは、マダムと言っても差し支えない風貌をした女性が居り、その隣におじさんも立っていた。
「ど、どうも、お邪魔してます」
私が知る限りの敬語をぎこちなく並べ、軽く会釈する。駄目だ。このマダム女将に、タメ口で話してはいけない。そんな気がする。
見事に整った黒の中髪。両耳から下がった小柄な金のイヤリング。どうしても目立つ、左目の下にあるホクロ。そんなマダム女将が、妖艶な笑みを私に見せた。
「噂通り、容姿端麗なお方ね。初めまして、自治会長の五十嵐 由衣と申します。以後、お見知りおきを」
「じ、自治会長さん!?」
「それで私が、自治会副会長を務める五十嵐 徹だよ。よろしくね、メリー君」
「ふ、副会長、さん……?」
会長と副会長って、一番目と二番目に偉い人だったわよね? つまり、この和菓子専門店は、自治会の総本山じゃない!
嘘でしょ? 私、そんな危険な場所に足を踏み入れて、だんごを食べようとしているの?
マダム女将会長や副会長と、面を向かい合わせているだけで、精神がゴリゴリ削れていくというのに……。
「よ、よろしくお願い、致します……」
副会長の提案を、受け入れてしまった今。私がしなければならないのは、みたらしだんごとあんだんご。そして、これから振る舞われる予定の、二種類のお茶。
これら全てを、御二方の機嫌を損ねず完食しつつ、完璧な形で褒めなければならない。しかも、あからさまに媚びず、自然な口調や態度で。
「そう畏まらなくていいわよ。普段通りの貴方でいて下さいな」
「ひゃ、ひゃい……」
まずい。マダム女将会長に悟られるほど、私の喋り方が固くなっている。あと、本当に普段通りの接し方をしても、いいのかしら? 私を試していたりとか、していないわよね?
表沙汰、私は何の権力も持たぬ、ただの一般人。対し二人は、この近辺で最高権力を持つ、自治会長と副会長───。
いや、待って。そもそも、自治会ってなんなのかしら? 勝手に慄いていたけど、何をやっている団体なのか、まったく知らないわ。これ、質問をしても、怒られないわよね?
「あの、すみません。一つ質問してもいいかしら?」
一応、普段通りにしてくれと言われたので、口調を戻してそっと挙手をする。
「ええ、どうぞ」
「自治会って、何をやってる団体なのかしら?」
「ほう。君も、自治会に興味がお有りで?」
「まあ……。何をやってるのか、ちょっと気になりまして」
思わせ振りに返すと、二人は顔を見合わせて、視線だけ天井にやった。
「積極的に聞かれると、長々と語りたくなってしまうね」
「徹さん。お客様を待たせる訳にはいかないから、簡潔に済ませましょう」
「むう、止むを得ずか」
私を気遣ってくれたマダム女将会長の言葉に、副会長が残念そうな苦笑いをした後。二人して、私の方へ顔を戻してきた。
「簡潔に纏めるならば、この街が好きな住人達が集まった組織だね」
「組織?」
「そう。主な活動は、清掃、四季に合わせた大規模な催し、パトロールなどなど。安全かつ安心して暮らせる環境つくりを目指す、そんな地域愛を持つ者達の組織かな」
「へぇ~、そうなのね」
つまり自治会とは、この地域周辺の住民が集まって出来た組織であり。今ある街の環境維持や、発展を率先的に行う人達だと思えばいいのね。
自治会って、そんなことをやっているんだ。言われてみれば、商店街全体はゴミが落ちておらず、常に綺麗だし。活気に溢れていて、どんな人達も笑顔でいる。
けど、そんな商店街や街つくりをしているのは、その地域に住んでいる住民達。ならば、マダム女将会長や副会長も、たとえ和菓子専門店を経営していえど、この地域を愛す一住民となんら変わりない。
都市伝説の私は、置いといて。ハル同様、この地域の同じ住人だと分かったら、なんだか緊張が和らいできちゃったわ。
「それで、定期的に意見交換や情報収集、及び共有を行う為に、週一、二で集会を開いているんだけども。そこでたまに、君達の名が挙がるんだ」
「君達ってことは……。もしかして、春茜も?」
「ええ、そうね。この歳で弟子が出来たって、幸子さんが喜んでいたわ」
頬に手を添えて、華奢な笑みで語るマダム女将会長。もう、一部始終を全部話しているじゃない。それに、定期的に行われている集会よ。
週一、二って、まあまあな頻度じゃないの。だからこそ、私達の行動が集会で情報共有されて、みんなに広まっていくのね。
「っと、そうだ。長話の続きは後にして、母さん。そのお茶をメリー君へ」
「あら、そうだったわ。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
思い出したかのように、副会長が話題を切り替え、そそくさと二種類のだんごを用意し始め。
その間に、マダム女将会長がショーケースの上に、形が異なった容器を置いていく。
「あと、すみません。合計でいくらかしら?」
「ああ、代金は後でいいよ。さあさあ、食べておくれ」
「え、あっ……、はぁ」
有無を言わさぬ副会長が、マダム女将会長が持って来た空のお皿に、みたらしだんごとあんだんごを、二本ずつ置いた。
急に、この時が来てしまったわね。けれども、今なら自然体で食べられる気がするわ。だって、私の前に居るのは、この地域を愛す普通の住人なのだから。




