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164話、当時の心境と、春茜の夢

「ぷはぁっ! くぅ~っ! 身体中に沁み渡るぅ~」


「ふぅっ。走った後のコーラも、また格別ね」


 やや蒸し暑さを感じる中。コータロー君達の家から、ここまで休まず走って帰って来たから、とにかく喉が渇いていたのよね。

 ピザやポテートチップスを食べた後とは、また違った格別な爽快感があり。喉を潤しながら通っていく強炭酸が、おまけにとバチバチ殴ってくるわ。


「さあ、食べるわよ~」


 コーラで疲れた身体を癒した私は、ポテートチップスの袋に手を伸ばす。破裂させること無く開けて、ティッシュを一枚敷き、その上にポテートチップスを出した。


「まさか、祝賀会まで開いてくれるなんてね。嬉しいなぁ~」


「っと、そうだわ。主役へのインタビューが、まだだったわね」


 即興のマイクが欲しくなったので、うんめぇ棒を一本持ち、まずは先っぽを自分の口元に近づける。


「それでは、今日の主役にインタビューをしてみたいと思います。今のお気持ちは、どうですか?」


 テレビの色んな場面で観たことがある話し方を、見よう見まねでやり。胡坐をかき、体を左右に揺らしているハルの口元へ、うんめぇ棒を差し出す。


「ははっ、どこで覚えたのそれ? えっと、そうですね~。とにかく最高の気分ですっ!」


「分かりました、ありがとうございます」


「え、インタビューみじかっ! どうせなら、もっと話させてよ~」


 僅か数秒で終わったインタビューに、不服そうなハルが口を尖らせ、ポテートチップスを数枚つまんだ。せっかくだし、私は持っているうんめぇ棒を食べよっと。


「で? 本当の気持ちは、どうなの?」


 おふざけ無しで、真面目に再度質問をしてみれば。不意を突かれて、目を丸くさせたハルが、数秒の間を置いてほくそ笑んだ。


「メリーさんに励まされた手前、言うのがちょっと恥ずかしいんだけど……。やっぱり、なんていうかな。あの二人が部屋に来た時までは、気持ちも落ち着いてたし、唐揚げを食べて美味しいって言ってくれるはずだって、自信満々だったんだけどさ。いざ、二人の前に夕食を並べたら、また不安が勝ってきちゃってね。二人が唐揚げを食べる瞬間まで、たぶん人生で一番緊張してたかもしれないや」


 しみじみとした顔で語り出すは、当時陥っていたであろう本音の心境。やっぱりあの時は、ハルも私と同じく、相当緊張していたらしい。

 そう。私だって、二人が唐揚げを食べる前までは、絶対においしいって言ってくれると確信さえしていた。しかし、いざ蓋を開けてみれば、一抹の不安がぽっと湧き。

 箸を持つのさえ忘れ、唐揚げではなくコータロー君達を凝視していて、二人が唐揚げを食べて『おいしい』と言う瞬間まで、その大きくなっていく不安が晴れなかった。


「その気持ち、すごく分かるわ。いざ本番になると、私も変に緊張し出しちゃったし。二人がおいしいって言ってくれるまで、気が気じゃなかったわ」


「そうなんだよね~。だから、二人がすごい笑顔で美味しいって言ってくれた時、とにかく嬉しくなっちゃってさ。柄にもなく泣きそうになっちゃったよ」


「ふふっ。あんたの目に涙が浮かんでたの、バッチリ見てたわよ」


「ああ、やっぱり?」


 やはりバレていたかと恥ずかしくなったのか。苦笑いしたハルが、頬を指で掻いた。


「コータロー君なんて、これで店が出せるんじゃないの? って言ってたわよね。本当に出しちゃえば?」


「そういえば、めっちゃ嬉しいこと言ってくれてたよね。店、ねぇ」


 思わせ振りに言葉を溜めたハルが、柔からな視線を右に逸らした。ここで、長考モードのハルが出たってことは、あながち冗談では終わらないかもしれないわね。


「これ、メリーさんに教えちゃってもいいかな」


「ん?」


 未だ長考モードだったハルが、解除する前に何かを呟き、逸らしていた視線を私に戻してきた。


「ねえ、メリーさん。私ね、叶えたい夢を持ってるんだ」


「叶えたい、夢?」


 オウム返しで反応すると、ハルは小さくゆっくりうなずき。テーブルに肘を突き、手の平に頬を置いた。


「うん。実は私、定食屋を開きたいって思ってるんだよね」


「て、定食屋?」


「そっ。うちって、ゴリッゴリの農牧家系でさ。おじいちゃんとおばあちゃんが、稲作農家。お父さんとお母さんが、牧場経営。で、兄貴が漁師でね。それで、家族のみんなが丹精込めて作った食材、獲った魚で料理を作り、お客さんに提供する定食屋を営んでみたい。それが、私の叶えたい夢なんだ」


 いきなり私へ叶えたい夢を明かしたハルが、ちょっと男勝り気味な笑みを浮かべた。急に語ってきたせいで、いまいち頭の整理が追い付かず、次の言葉が口から出て来ない。

 ハルの夢。それは、家族が作った食材や獲った魚で料理を作り、それを客に出す定食屋を開くこと。

 つまりハルは、ジャンルは違えど、中華料理屋やラーメン屋みたいに料理を振る舞う店を営んでみたいと?

 ……なによ、それ? そんなの、絶対成功するに決まっているじゃない! ハルは、とにかく料理を作るのが上手い。大繁盛するのは、約束されたようなものだわ!


 でも、なんでまた唐突に話してきたんだろう? コータロー君の提案が、切っ掛けにでもなったのかしら?

 どちらにせよ。ハルって、そんな大きな夢を持っていたんだ。いいなぁ、ハルの夢。すごく応援してあげたいし、お店が出来たら毎日通い詰めたい。

 どうしよう。ハルの夢が分かった途端、早く行ってみたいって気持ちになってきちゃった。


「へぇ、すごく良い夢じゃない」


「ほ、……本当?」


「ええ。あんたの料理の腕なら、間違いなく成功するでしょう。それに、あんたの夢を聞いたら、今すぐにでもそのお店に行きたいって思ったわ。私も応援するわよ、あんたの夢」


 心に湧いた本音を全て伝えたら、ハルは黙り込んで呆け顔になった。内心、驚愕していそうね。その証拠に、再びフリーズしてしまった。

 本当はもっと大袈裟に、『大好きな人間の夢を応援するのは、当たり前でしょ?』って言ってあげたいんだけどね。

 三秒、五秒待てども、ハルは瞬きをするだけで、表情は固まったまま。更にそこから五秒後。固まっていた表情が解けて、恥ずかしそうに女々しくはにかんだ。


「……まさか、応援までしてくれるだなんてね。ありがとう、メリーさん。めちゃくちゃ心強い励みになるよ」


「だったら、何回でもあんたの夢を応援してあげるわ。それと、今から席の予約をしておいてちょうだい。あんたのお店の一番客になるのは、この私なんだからね」


「ははっ、マジか。まだ店すら建ってないのに、もう予約が入っちゃったや。はい、承りました! ご来店、楽しみにしてますね」


「ええ、私も楽しみにしてるわ。……そうだ」


 我先にと予約を入れ終えると、いいことを思い付いたので、空になった私とハルのコップに、コーラを並々注いでから手に持った。


「ねぇ、ハル。あんたの夢の成就に向けて、もう一度乾杯しましょ」


「おっ、いいね! んじゃ」


 私の提案を笑顔で快諾してくれたハルも、コップを右手に持ってくれた。


「それでは、必ず叶うハルの夢に向けて、乾杯っ!」


「かんぱーいっ!」

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