158話、定めた決戦の日
「わたひ……、めりぃしゃん。いまぁ、白味噌を飲んでいりゅのぉ……」
「えっ? お味噌汁じゃなくて、白味噌を直で?」
「うわぁ、おいひっ……」
「ゆ、夢の中で、体調壊さないでね?」
夕食後。あんなやり取りをしたから、夢の中に出てきちゃったのかな? 私の頭が真っ白になるぐらい予想外で、とんでもなく舞い上がってしまったやり取りを。
部屋に帰って来た時。空気が淀むほど落ち込んでいたから、土曜日の恩返しを兼ねて、励まそうと悩みを聞いてあげたら……。まさかの内容に、最初は絶句しちゃったよ。
あんなの、誰が予想出来る? 私の命を狙っている者が、私を元気付けようとしてくれて、内緒でお味噌汁を作ってくれていただなんてさ。
「ああ……。思い返すだけで、左胸がくすぐったくなってくるや」
あの落ち込みようから見て、嘘じゃないのは分かっている。けど、まだちょっと半信半疑だ。心では分かっているのに、頭では理解が追い付いていない。そんなふわふわな感じの状態。
正に、夢心地。寝惚けたメリーさんが、間違って私の布団に入り込んで来たら、『ありがとう』って言いながら抱きしめちゃいそう。
今は、それほどまでに嬉しい。だって、私を想ってお味噌汁を作ってくれていたんだよ? もう、家族にすら滅多に見せないような、素の喜び方をしちゃった。
「メリーさんが作ったお味噌汁かぁ。飲みたかったなぁ~」
最初に飲んだ時、昆布の風味が強く感じたと言っていたっけ。たぶん、普通のより旨味成分が濃く詰まった昆布だったんだろうな。たまにあるんだよね、それ。
いつも通りお味噌汁を作ろうとして、稀に混ざり込んだ価格以上の良い素材が、風味と調子を狂わせてしまうんだ。で、上手く作れなかったと勘違いしてしまう。
そして、味覚や嗅覚が鋭いメリーさんも、その罠に引っかかってしまい。招いたのが、お味噌汁飲み干し事件と。
「まさか、一ℓ分全部飲んじゃうとはね」
そりゃあ短時間にそれだけ飲んだら、お腹だって膨れちゃうよ。炎天下でランニングをした後でも、スポーツドリンクを一ℓ分飲むなんてキツイっていうのにさ。
「よっぽど美味しかったんだろうなぁ、初めて作ったガチお味噌汁」
目立ったミスは無く、ちゃんと作れたと言っていたし。普通に飲めるぐらいには、美味しいと言っていた。なので、お味噌汁自体はちゃんと作れているはず。
しかも、味のベースとなる一番出汁からね。そんな丹精込めたお味噌汁を、私の為に作ってくれていたんだ。
「私達、なんだかうまくやっていけそうだなぁ」
そう思っても差し支えがないぐらい、私達の距離感がグッと縮まった気がする。本当はもう、私の命なんか狙っていないんじゃないかな?
「流石にそれは、調子に乗り過ぎか」
ちょっとした慢心が、文字通り命取りになる。けど、メリーさんに対して、出会った当時ほどの危機感を抱いていない。警戒心も相当薄れた。
夕食のゲームだって、料理に自信が無い時は、かなりの頻度で無効にしてくれている。……あれ? 待てよ。これって、もしかして───。
「ワンチャン、ある?」
いや、待て待て待て。僅かな希望は持っていいだろうけど、まだ焦るな。しかし、前ほど慎重にならなくてもいい気がする。
私とメリーさんが出会ってから、そろそろ二ヶ月が経つ。この二ヶ月間で、メリーさんの対応は劇的に変化した。なので、もう二ヶ月間ほど待ってみるのは、どうだろう?
その間に、夏祭り、旅行、渓谷釣りといった三大イベントが控えている。夏祭りと旅行で、私がアプローチを仕掛けて、心の距離をもっと詰めていくんだ。
それで、渓谷釣りを終えてゴールイン。晴れて私達は、なんのしがらみも無い大親友になる。すなわち、本気で攻めるなら冬隣りの秋だ。
「決戦の秋、ってか」
よし、決めた。そろそろ私も、本格的に動き出そう。返さなくてはならない恩も、沢山出来てしまったことだしね。
待っていなよ、メリーさん。まずは夏祭りで、私から大きなアプローチをしてみせる。だから、私が初めてする告白、ちゃんと受け取ってね。




