157話、思っていたより大事になっていた
「メリーさん。なんだか落ち込んでるみたいだし、何があったの? 私でよかったら相談に乗るよ」
「んっ……」
……来た、やっぱり来てしまった。そりゃそうよ。ハルが帰って来てから、夕食が出るまでの間、ずっとテーブルに突っ伏していたんだもの。態度も露骨に怪しかったし、聞かれない方がおかしいわ。
それに今のハルの声、ものすごく優しかった。心がくすぐられたように火照り、この人ならいいかって甘えたくなり、悩みを打ち明けたくなってしまうほどに。
だからこそ、言い辛い。あんたを元気付けようと作ったガチお味噌汁を、味見している内に全部飲み干してしまっただなんて。
「えと、あの……。あまり、言いたくないかも」
「なるほど、言いたくないか。でも、ちょっと勇気を出して欲しいなぁ」
「ゆう、き?」
「うん。私はこの前、勇気を出してメリーさんに打ち明けたら、すごく励ましてくれたじゃん。あの励ましが無かったら、たぶん遅かれ早かれ、私は独りで潰れてたかもしれない。それに、色々大事な部分も気付かされたんだ。だから勇気を出して言って、本当によかったって思ってる。心を救われたし、何よりもすごく嬉しかった」
「え、……えっ? ちょ、ちょっ、ちょっと待って!」
「ん? どうしたの?」
待って、待って待って! あの励ましは、ハルが弱気になった原因は全て私にあり。ゲームのせい? だとも聞けず、今の関係を壊したくなくて、とりあえずゲームを匂わせず励ましたのよ?
その苦し紛れの励ましが、ハルの中では心を救われるほど、とんでもない大事になっていたっていうの!?
……どうしよう。私の悩んでいた理由が、急に砂粒よりもちっぽけな物になっちゃった。
それに、そんな重い切り出し方をされたら、余計に話し辛くなっちゃうじゃない。そもそも、私が元気付ける必要が無いぐらい、それ以上の物を与えてしまっていただなんて。
「あ、あの励ましで、心を救われたとか言ったわよね? そこまで何かを揺るがす励ましだったの?」
「うん、そうだね。あそこが私の人生において、一つの分岐点だったかもしれないぐらい、とっても大事な励ましだったよ」
「そ、そんなに……」
どうするの? これ。もう私も、悩みを打ち明けないといけない空気になりつつある。そして、後に引き下がることも出来ない。
「だから今度は、私がメリーさんを救ってあげたいなって、思ってさ。どんな些細な悩みでもいいから、私に言ってごらんよ」
「あうっ……。あっ、あぁ……」
一点の曇り無き善意なる救いの手が、私の心を容赦なく包み込もうとしてくる。これ、悩みを打ち明けるというよりも、一種の懺悔に近い。
……いや。元を辿れば、全ての原因は私にある。つまりこれは、神が定めた予定調和。罪と欲深き私に、その罪を償えと鉄槌を下したんだ。
ならいいわ、覚悟を決めてやろうじゃないの。あの時、こんな事があったよねっていう、鉄板の笑い話にされる覚悟を。
顔の強張りが取れない私は、一度大きく息を吸い込み、ため息混じりに吐き出す。そのまま、唇のヒクつきを感じながら、ハルに顔を合わせた。
「あの、その……、えっと……。これから話すのは、悩みじゃなくて懺悔よ」
「えっ? 懺悔?」
「そう。それに今回ばかりは、いくら笑っても構わないわ」
「わ、笑う? あの~、メリーさん? 一体、何があったの?」
先に笑ってもいい許可を上げると、ハルの声色が普段通りに戻り、神妙な空気も瞬く間に霧散していった。よし、さっさと吐き出してしまおう。
「今日、あんたを元気付けようとして、あんたから教わったガチお味噌汁を作ったのよ」
「えっ? ……私の為に、ガチお味噌汁を? ま、マジで?」
「マジよ。レシピを何度も見返して、一番出汁から作ったの。それで目立ったミスは無く、ちゃんと作れたわ。……でも、私が落ち込んだ大問題は、その後に起きちゃったのよ」
「だ、大問題?」
目を見開いたハルに向かい、小さく頷き返す。
「一回、味見をしてね? なんか、昆布の風味が強いなって感じて、おかわりしてみたのよ。それで二回目は、昆布の風味が落ち着いてて、あれ? ってなって……。三回、四回と味を確かめてる内に、気が付いたらお味噌汁を飲み干しちゃって、いたの……」
「……はぇ?」
「もう、ほんと無意識だったわ。あんたの為に作ったお味噌汁を飲み干しちゃって、心底驚いて、もう作り直す時間は無いと焦って、自分に呆れ返って、ガッカリしたの。これが、私が落ち込んでた理由よ」
これで、私の落ち込んでいた理由を全部話した。ハルは、どう思っているんだろう? きっと内心、呆れ果てているでしょうね。
数秒待てども返事が無いので、いつの間にか下げていた視線を、恐る恐る上げてみる。あまり拝みたくない、視線の先。
微笑んでいるのか、泣きそうになっているのか、はたまた喜んでいるのか判別が難しい表情をしたハルが、口元を緩やかに上げていた。
「……へぇ、そっか。メリーさんが、私の為に。はぁ……、ふふっ。そっかそっか、マジかぁ」
声色的に、なんだか信じられていない様子かも。しかし、緩んでいた口元がキュッと締まるや否や。なんだかキラキラと輝いた瞳を、私に合わせてきた。
「ねえ、メリーさん。その味噌汁、美味しかった?」
「え? ああ、まぁ……、普通に飲めるぐらいには、おいしかったわ」
「へぇ~っ、やったじゃん! そっかぁ~。メリーさん、味噌汁を作れるようになれたんだ」
今度はこれでもかってぐらいに、ハルは弾けた笑顔になった。体をゆっくり左右に揺らしているし、すごく嬉しそうにしている。
私がお味噌汁を作れるようになれたのが、そこまで嬉しいのかしら? どちらにせよ、そのお味噌汁を飲ませてあげたかったなぁ。
「しかもさ。私を元気付けてくれる為に、内緒で作ってくれてたんでしょ?」
「あっ……。そ、そうだけど。ごめんなさいね、全部飲んじゃって」
「まぁ~、ほんのちょっと残念だったけどさ。その気持ちを知れただけでも、今はすっごく嬉しいよ。ありがとう、メリーさん。私を元気付けようとしてくれて」
私に暖かな感謝を言ってきたハルが、女性らしくふわりと微笑んだ。この、全身がふるっと小刻みに震える、心や色んな箇所がムズムズするお礼。初めて味わう感覚だ。
けどやはり、ちょっとでも残念に思うわよね。だからこそ、そのお礼は前の励ましも含めて、まだ受け取れないわ。
「まだ未遂なんだから、お礼は言わないでちょうだい。次こそは必ず、ガチお味噌汁を飲ませてあげるわ」
「おっ、リベンジしてくれるんだ。ねえ、いつしてくれるの?」
「あんたをビックリさせたいんだから、言う訳ないでしょ? いい? ハル。絶対においしいって言わせてやるわ」
「ええ~、いいの? そんなハードルを上げちゃって? 私、味噌汁にはちょっとうるさいよ?」
「だったら、少し修業を積むわ。何回か作って、最高のお味噌汁を振る舞ってやるんだからね」
「ふふっ、マジかぁ。そこまでしてくれるんだ。うん! 楽しみにして待ってるよ!」
ちょっと目的が変わっちゃったけれども、本筋からは逸れていない。準備期間と、腕を上げる機会も増えた。ならば、やる事はただ一つ。
ハルに、私が作った超ガチお味噌汁を飲ませて、笑顔になるほど喜ばせて、元気付けてあげて、絶対においしいって言わせてやるんだから。




