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154話、都市伝説特製ガチお味噌汁

「鍋を水洗いしてっと。さあ、ガチお味噌汁作りに取り掛かるわよ!」


 ハルは超簡単だと言っていた、問題の工程。風味の良し悪しは、全てここに掛かっている。一番注意しなければならないのは、白味噌を入れた後に沸騰させないこと。

 なんでもお味噌汁は、沸騰させると味が落ちてしまうらしい。なので、お味噌汁が完成したら、沸騰しない程度まで温めるのが鉄則。たぶんハルも、この鉄則を守っているはずよ。

 まず初めに、洗った鍋へ一番出汁を注ぐ。とりあえず、味噌を入れる前は沸騰させてもいいので、中火で煮立ててしまおう。


「で、ネギは切ってある。白味噌も用意した。あとは、絹ごし豆腐をさいの目切りするだけね」


 時間に多少の余裕があるから、初めてやるさいの目切りは、ゆっくりやろうかしらね。

 キッチンまで移動して、下にある収納スペースから包丁を取り出し。両面をパパッと水洗いして、タオルで拭く。洗い終えた包丁を一旦置き、豆腐入りの容器を手に持った。


「豆腐が崩れないように、蓋を取って~……。軽く水気を切って、豆腐を手の平に落としてっと」


 一番出汁を作り始める前から、キッチンに置いていたものの。豆腐を手の平に置いた瞬間、体がピクッと波打つ冷たさを感じた。

 手の平から伝わる感触も、これまた面白い。吸い付くように密着していて、左右に揺らすと豆腐が振動に呼応し、全体がぷるぷると揺れる。なんだか、ずっと見ていたい楽しさがあるわ。


「いや、今は楽しんでる場合じゃない。早く、さいの目切りをしないと」


 今回の目標は、約二cm角。最初は、側面から上と下の部分を真っ直ぐ切り。上面は、縦を二回。横を四回ぐらい切れば、目標の大きさになるわね。


「よしっ、側面は切れた。それで、上面を縦横切ってっと……。とん、……とん、とんっ、とん」


 ハルから授かった注意事項を守り、包丁を真上から落とす要領で豆腐を切っていく。

 ここで、包丁をスッと横に移動させると、手の平まで切れちゃうからね。豆腐を血で汚したくないので、慎重にやらなければ。


「……ふうっ、なんとか切れた。一番出汁の方は~……。うん! 煮立ってきたわね」


 かつお節の匂いが効いた、ほんのりと熱い湯気を浴びながら、鍋の中を覗いてみれば。鍋底から沸き上がる泡が、表面をポコポコと躍らせていた。よし、タイミングはバッチリだ。

 切ったばかりの豆腐を、崩れないよう鍋の中へ投入し。木のしゃもじで、豆腐を軽く広げてから、長ネギを優しく入れた。


「それで、工程はあと二つだったわよね。四十秒から一分掛けて、豆腐と長ネギに火を通して……。そして最後に、火を消してから白味噌を溶かす!」


 念の為、タブレットのメモ帳を確認してみると、私が復唱した通りの手順が記されていた。ガチお味噌汁完成まで、もう少しよ。

 大丈夫、焦っちゃダメ。残り三十秒煮込み、時間が来たら火を止めて、白味噌を溶かすだけでいい。間違える方が難しい工程だわ。


「さあ、一分経ったわ!」


 寸分の狂いもなく時間を読み、ちょうど一分経った所で火を止める。そして、あらかじめ用意していた、五十g分の白味噌が乗ったお玉を左手に持ち、右手に菜箸を持った。


「よ~し、溶かしてくわよ~」


 白味噌入りのお玉を、一番出汁に軽く沈め。空いた部分に一番出汁が溜まったら、飛沫が出ないよう、菜箸でゆっくり静かに白味噌を溶かしていく。


「ああ~、いい匂いがしてきたぁ~」


 白味噌を溶かせば溶かすほど、琥珀色だった一番出汁が白く濁っていき。かつお節の風味を乗せた湯気も、心安らぐ白味噌の豊かな香りへと変わっていった。


「よし! これで完成よ!」


 正真正銘、私が一人で作った、ハル直伝のガチお味噌汁。見た目と匂いだけなら、ハルが作ったガチお味噌汁と特に変わりない。

 ……私も、お味噌汁を作れるようになれたんだ。つい数ヶ月前まで、料理という物すら知らなかった、この私が。もう、涙が出るほど感慨深いわ。


「さぁて、味見をするわよっ!」


 一番出汁の時は、苦渋の決断で味見をやめた。しかし、このガチお味噌汁は、もう完成品なのよ。量だって一ℓ分ある。ならば、一杯ぐらい飲んでも問題無いわ!

 鼻歌交じりで食器棚まで移動して、お椀と箸を取り出す。軽い足取りで台所に戻り、その二つを水洗いした後、タオルでよく拭いた。


「一杯だけ。そう、一杯だけよ」


 己に言い聞かせながら、お玉でガチお味噌汁をすくい、お椀に移す。豆腐とネギは、少し多めに入れちゃおっと。

 やはり出来立てなので、お椀からじんわりとした温かさが伝わってきた。舌を火傷しないように、ちゃんと冷ましてから飲もう。


「ちょっと緊張してきたけど……。まあ、仕方ないわね。さあ、いただきます!」


 だんだん早くなっていく鼓動を感じつつ、お味噌汁に息を数回吹きかける。その際、ふわりと漂ってきた白味噌の香りが鼻を通っていき、鼓動が少しだけ落ち着いた。


「……ほぉっ。なかなかどうして、最高じゃないの……」


 冷ましたお味噌汁をすすってみると、まず先行するは、雑味が少ない削り節の華やぐ風味。ハルが作った物と比べると、昆布の主張がちょっと強いかも?

 火加減は誤っていないし、戻す前の昆布の表面を軽く拭いただけ。大きさは……、流石に分からないわね。昆布の大きさによって、風味が左右される可能性があるかも?


「もしかしてハルは、昆布の大きさも加味して、お味噌汁を作ってるのかしら?」


 いや、それはありえない。だったら、継ぎ足し用の水、かつおの削り節、白味噌の量を、その都度調節しなければならなくなる。

 しかしハルは、そんな注意点なんて言っていなかった。


「今回は、たまたまだったのかしら?」


 昆布がいつもより大きかったか、他の昆布より持ち合わせていた風味が強かったのかもしれない。つまり、誤差の範囲内に留まる些細な問題ね。

 それで、豆腐と長ネギは言わずもがな。きめ細かでしっとりとしていながらも、出汁や白味噌の風味に負けず、濃い甘さをしっかり感じる豆腐。

 シャキシャキ感は健在で、丸みを帯びた柔らかな甘さの白味噌に、アクセントになる程よい辛味を加える、透明感のあるキリッとした甘さが同居したネギよ。


「昆布の誤差を抜かせば、悪くない出来よね」


 一回飲めば、心はふんわりと火照り、後を引く余韻も最高に良い。一杯だけで確かな満足感も得られた。でも、なんか違和感があるのよね。


「この言いようのない違和感は、一体なんなのかしら? ……あれ?」


 さり気なく注いだ、二杯目。一杯目の時に感じた、昆布の主張や僅かな雑味は消え失せており。より、ハルが作ったお味噌汁の味に近づた気がする。


「……なんで急に、昆布の風味が薄れたんだろう? まさか、白味噌が馴染み切ってなかったから?」


 白味噌を溶かした後、全体をよくかき混ぜていなかったせい? それとも、時間をある程度置いたから?

 それか、味見をするのが早過ぎたから? なんでなんだろう? 不思議だわ。

 これは、時間を小刻みに分けて、味の変わり具合を確かめた方がよさそうね。どれが正解の味か、しっかり見極めてやるわ。

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