147話、子供のワガママに撃沈する人間
「よし、これだけあれば十分ね」
長時間の会話を続けても、駄菓子が切れて途中で買い足しに行かないよう、『こぉ~んポタージュ』、『キャベツ一郎』、『ウルトラBIGチョコ』と、内容量が多い駄菓子をチョイスした。
『蒲焼さん五郎』や『カルパッス』、『サンダーブラック』も購入しようか迷ったのだけれども。
じゃあ、あれもこれもと、歯止めが効かなくなりそうだったので、泣く泣く精査して留めた。
「さてと、ハルについて知ってる事よね」
「待ってました!」
「教えて教えてっ!」
一旦止めていた本題を再開しつつ、キャベツ一郎の封を開ける。
破裂させる事なく開けられると、やや酸味を含んだソースの匂いが、ぶわっと広がってきた。
「メリーさーん。あまり変な事は言わないでよー?」
「さあ、どうしようかしらね」
「どうしようってことは、なんか色々知ってんの?」
特に、やましい事なんて無いにも関わらず、ハルへ意味深に返してみれば。『タラタラしなすって』を、ちまちま食べているコータロー君が反応を示した。
カオリちゃんは、もう言わずもがなね。興味津々そうな瞳を輝かせて、ガッチリと私を捉えているわ。
「期待を持たせて悪いけど、変な事なんてこれっぽっちも無いわ」
「ええ~、そうなんだ」
「じゃあ春茜お姉さんって、どこにいても変わらないんだね」
「ええ、そうね。ほんと、ハルはどこに居ても変わらないわ」
私と二人で外食へ行った時も、そう。ラーメン屋へ行っても、中華料理屋へ行っても、『銚子号』へ行っても。そして『アリオン』へ行っても、ハルという人間は変わらない。
どこへ行っても緩い感じは抜けず、どんな場所でも明るく、どんな事があっても優しい。
そんなハルと、同じ空間に居るだけで安心出来るし、なんだか居心地すら良くなってくるのよね。
「私って、そんな変わんないの?」
どこか不服そうなハルが、ジト目になっている自分の顔を指差す。
「良い意味でね。あ、そうそう。良い所だったら、沢山言えるわよ」
「マジでっ? なら、どんどん言っちゃって下せえ!」
途端に機嫌が良くなり、親指をグッと立たせるハル。本人から許可が出たし、思う存分言ってしまおう。
「アカ姉に、これ以上良いところなんてあるの?」
「いつもが良すぎて、逆に思い浮かばないや」
……子供の口から、サラリとそんな言葉が出てくるとは。ハルったら、この二人にすごく愛されているじゃない。
しかし、二人が見たり接しているハルは、遊んでいる時のみ。家に居る時のハルは、また違った良さがある。
「沢山あるわよ。たとえば、綺麗好き。小まめに掃除をしてるから、部屋や台所といった水回りがいつも綺麗だし。家事全般も得意で、何をやっても丁寧で上手いわ」
「へぇ~。アカ姉って、なんでもできるんだ。意外」
「そう言われてみると、春茜お姉さんって清潔感があるかも!」
「子供の時から、家族の手伝いをやってた事もあるけど。改めて褒められると、なんだかむず痒くなってくるや」
私も極力、家事の手伝いや掃除をやっているものの。身近でよく見ているからこそ、ハルの家事に対する上手さが浮き彫りになってくる。
濡らした新聞紙で窓ガラスを拭き、汚れが全て落ちてピッカピカになった時は、素で驚いて心の底から感心してしまった。
「ねえ、メリーお姉さん! 家事全般が得意ってことは、春茜お姉さんって料理も上手なの?」
カオリちゃんの質問に、私の左胸がカッと熱くなり、何か込み上げてくるような感覚がした。
なんて良い質問をしてくるの? 私はそれだけで、半日以上語れる自信があるわ!
けど、いきなりグワッと喋り出してはダメ。ここはワンテンポ置き、まずは二人が持っている印象から聞いてみよう。
「その前に。二人は、ハルについてどう思ってるの?」
「アカ姉に」
「ついて……」
質問に質問で返してみれば。二人のきょとん顔が、ラーメン風の『ぺぺろんちーの』を食べているハルへ、ゆっくり向いていく。
「アカ姉に、料理がうまそうなイメージないなぁ。ラーメンとか、よく食べてそう」
「どっちかというと、作るより食べるのが好きそう」
「ありゃ」
悪気の無い率直な感想に、ハルの頭がカクンと垂れた。なるほど。何も知らない二人からしてみれば、そんな印象があるのね。
けど、あながち間違いではない。ラーメンは、様々な種類を常備しているし。料理を食べている時のハルは、とても生き生きしている。
「二人共、残念。ハルはね、料理を作るのがとっても上手なのよ」
「えっ、そうなの?」
「春茜お姉さんって、料理も得意なんだ」
「へへっ。実は、そうなんスよぉ」
カオリちゃんは、すぐさま信じてくれたようだけれども。コータロー君は、目を丸くさせて驚いている。そこまで意外だったのかしら?
「もう大得意よ。何を作っても、初めて作った物でも、どれも本当においしいのよね。特においしいのが、飲むと心が安らぐお味噌汁と、何回食べてもずっとおいしい唐揚げよ」
「唐揚げ! おれ超好き!」
「わたしは両方大好き!」
お味噌汁と唐揚げの名を出してみると、二人がワンパク気味に食い付き、手を大きく挙げた。
やはり子供達も、唐揚げが大好きなのね。もちろん、私も大好きよ。
「へぇ~、二人も唐揚げが好きなんだ」
「超めっちゃ好き! お弁当がある日は、母さんに必ず入れてって言ってるんだ」
「最後まで残しておいて、ゆっくり味わって食べるのが好きっ!」
「そうそう、おれも最後まで取っといてる! あっ、そうだ!」
唐揚げの話に花が咲き乱れようとするも、満開になる寸前、コータロー君がハルの方へ顔を向けた。
「なあアカ姉! アカ姉が作った唐揚げ食べてみたい!」
「え?」
「あっ、わたしもわたしも! すごく食べてみたいっ!」
「……マジ? カオリちゃんまで?」
真っ直ぐ過ぎる二人分のワガママな圧に押され、恐る恐る問い返したハルへ、二人の後頭部が力強く頷き返す。
「あら、いいじゃない。二人に振る舞ってあげれば?」
「ええ~、メリーさんまで? ……別に、振る舞ってあげてもいいんだけどさぁ? 私が作る唐揚げって、ニンニクがめっちゃ利いてるよ?」
「いいじゃんいいじゃん! すっげぇうまそう!」
「わたしもニンニク大好きだよっ! だから春茜お姉さん、食べさせて!」
どんどん食欲が膨らんでいく二人に対し、ハルはあまり乗り気じゃなさそうね。
いつものように快諾すると思っていたけど、なんだか困惑していそうだわ。一体、なぜなのかしら?
「ま、マジか。本当に大丈夫なの? ほら。夕食時に家に居ないと、家族の人達が心配しそうじゃない?」
「ぜんぜん大丈夫! おれの母さんは、アカ姉の顔を知ってるし、アカ姉も何回か会ってるらしいよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。たしか、肉屋とか八百屋だったけかな? 話もしたみたいだし、良い人だって言ってたよ」
「わたしのお母さんも、春茜お姉さんと喋ったことがあるらしいよ! ちゃんと挨拶ができて、明るくて素敵な人だって言ってた!」
「ああ……、あぁ。そ、そうなんスねぇ」
もはや、何を言っても逃げ場を容赦なく塞いでくる二人に、ハルが言葉を失う。母親達からも、絶大な人気を誇っているだなんて。ハルったら、相変わらずすごいわね。
「そこまで言われたら、しゃーないか。来週の土曜日にでも、うちに来る?」
「いいの!? 行く行く!」
「やったー! 絶対に行くっ!」
とうとう折れたハルが、二人に許可を出したものの、どこか浮かない顔をしている。家へ招くのも渋っていたし、何か理由がありそうね。
……これ、私も二人のワガママを後押ししてしまったから、そことなく罪悪感が湧いてきたわ。仕方ない。あの子達と別れたら、ハルに訳を聞いて謝っておかないと。




