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144話、敬意を払う最終決戦

「んじゃ、行きますぜー! 最初はグー! ジャンケン、ポン! ……んぎゃぁああーーーーっ!」


「うるさっ」


 ジャンケン一戦目。合図を言った直後、悲鳴を上げたハルだけがチョキを出し。私、コータロー君、カオリちゃんは、三人揃ってグーを出していた。

 この場合。チョキより、グーの方が強いんだったわよね。なら初戦は、私達三人の勝ちだわ。


「やったー! アカねぇの負けー!」


「やったやったー!」


「……うっ、あぅ……」


 小刻みに震えるチョキを眺めていたハルが、グルンと白目を剥き、床に崩れていく。まさか、ハルの一人負けとはね。

 とにかく引きが強いから、ジャンケンも強いだろうと思っていたのに。


「こ、これって確か、負けた人が、最後に選ぶんでしたっけ……?」


「いえ、最初よ」


「グフッ……」


 往生際の悪いハルへ、私が素っ気なくトドメを刺す。とは言っても、ハルがハズレを引く可能性だって十分ある。

 すっかり意気消沈したハルが、ガタガタに震えた両足で立ち上がり。お酒に酔っていた時よりも、酷さが増した千鳥足で、おばちゃんの居る所へ向かって行った。


「師匠……。何か、ヒントなるものはございませんでしょうか?」


「『超すっぱいレモンにご用心』の、当たりハズレを正確に見分けるのは、極めて難しいです。そして袋ごとに、当たりのある場所がランダムになってますので、自分の運を信じて頑張って下さいね」


「あっ……。絶望的な情報、誠にありがとうございます……」


 何かを察したハルが、おばちゃんに頭を下げるや否や、背中から哀愁が漂い始めた。今のヒントというよりも、逃げ場を完全に無くす善意の追い打ちでは?

 しかし『超すっぱいレモンにご用心』って、当たりのある場所がどれもランダムなんだ。だとすれば、毎回ドキドキしながら選べそうね。


「マジかぁ。じゃあ、もう考えても仕方ないな。……よし、これっ!」


 潔くスパッと決めたハルが、一番右端にあった容器を選んだ。あの容器に入っている黄色い玉が、当たりなのかハズレなのか、もちろん誰にも分からない。


「さあさあ、ジャンケンを続けますかい?」


春茜はるあかねお姉さん、急に元気になったね」


「覚悟を決めたからね。こっからは、から元気でお送りするよー!」


 しっかり追い込まれている事を、自己アピールしたハルが、脱力し切った緩い笑みを浮かべる。今まで見てきた中で、一番ゆるっゆるで頼りなさそうな顔をしているわ。


「よし! アカ姉が当たりを引いたから、残りは一個になったぞ!」


「あの~、コータローさん? 私が当たりを引いた前提で話を進めるの、やめてくれない?」


「うん、そうだね!」


「……これ、マジで当たりなのかな?」


 ごく自然な流れで二人にからかわれ、瞬時に自信を無くしたハルが、持っていた容器をじっと睨んだ。あんた、いくらなんでも折れるのが早くない?


「で? 内心、二人はどう思っているんだい?」


「……本当にマジで、アカ姉が当たりを引いてて欲しい」


「当たり引きたくないよぉ~……」


 しかし、さり気なくハルが問い掛けて、二人の心をまとめてへし折った。あっという間に伝染していく、当たりへの恐怖心よ。

 そうそう。人間って、一人が恐怖に駆られると、周りにも影響を与えていくのよね。その移り具合や効果は、時と場合によって変化してくる。

 恐怖が一番伝染し易い構成は、やはり家族連れ───。いや。今は、血を騒がせている場合じゃない。さっさと、ジャンケンの続きをやらないと。

 二人は今、ハルに恐怖心を煽られて、体が強張った状態だ。つまり、全身が変に固くなったり、一時的に柔軟性を失っている。ならば、あの形が出やすいかもしれないわね。


「さあ、ハル。次の合図をちょうだい」


「オッケー。二人共、準備はいい?」


「お、おう!」


「……うん!」


 すぐに返答したものの。二人して、どこかぎこちなさが見て取れる。よし、まだ恐怖心は薄れていない。このまま私は、パーを出してしまおう。


「んじゃ、行くよー! ジャーンケン、ポン!」


「うわぁぁああーーーっ! 負けたー!」


「……私も、負けちゃった」


 私のパーを認め、グーを出して負けたコータロー君が反射的に叫び。同じく、グーを出して負けたカオリちゃんも、落胆して頭を垂れた。

 ふふん、上手く決まったわね。予想通り事が運んで勝つと、ものすごく気持ちが良いわ。


「ふふっ、勝っちゃった。悪いわね、二人共」


「くっそぉ~……。メリーお姉ちゃん、ジャンケンつえぇ~」


「ほんと、ビックリするぐらい強いや」


「そんな事ないわ。たまたまよ、たまたま」


 そう。私がジャンケンに勝ったのは、運や実力によるものじゃない。ちゃんと真面目にやっていたら、私がここで負けていたかもしれないわ。


「うう~っ、しゃーない。カオリ、やるぞ!」


「うん!」


 すぐに気持ちを切り替えた二人が、元気よくジャンケンをし。チョキで敗北に喫したコータロー君は、口を尖らせながら左端の容器を選び。

 三番目になったカオリちゃんは、右から二番目にあった容器を。そして私は、余り物には福がある戦法に懸けて、左から二番目にあった容器を持った。


「うっし! みんな選んだね。この中で、ハズレを引いた自信がある人ー!」


「はい、はいっ!」


「はーいっ!」


 ハルの恐怖心を吹き飛ばす問い掛けに、本人がビシッと手を挙げ。コータロー君達も飛び跳ねながら、ピンと挙手し、私もそっと手を挙げる。


「逆に、当たりを引いたかもしれないって人ー! ……はい」


 テンションの落差があまりにも激しいハルが、項垂れつつ挙手をし。コータロー君やカオリちゃんも、青ざめた顔を強張らせつつ、恐る恐る手を挙げていく。

 『どっちなのよ』と言いたい所だけど。まだ結果が出ていない今、両方に手を挙げるのは、あながち間違っていないのよね。

 かくいう私は、残り物には福がある戦法をしているので、心に余裕があるし、ハズレを引いたという自信も持っているわ。


「おやおや? メリーさんは、手を挙げないんですかい?」


「私が選んだのは、ハズレだからね。挙げなくて当然でしょ?」


「これで、メリーお姉ちゃんがまた当たったら、かなり面白そうだよな」


「ねー」


「うっ……」


 確かに、可能性はゼロじゃない。けど、普通に引いた時と比べれば、確率は低くなっているはず。

 大丈夫よ、私。心配しなくていい。ジャンケンに勝って、もぎ取った最後の一つなのよ。周りの声に惑わされず、おいしく味わってみせるわ。


「ほほう? よっぽど自信があるみたいだね。んじゃ、笑っても泣いても最後の一個、食べてみようじゃないの」


「ええ、いいわよ」


「これはハズレ、これはハズレ……」


「うう〜っ、当たりじゃありませんように……」


「ではでは、行くよー! いっせーの、っせ!」


 ハルの掛け声と共に、意を決したみんなが、玉を一斉に口へ運ぶ。さあ、ここからよ。噛んだ瞬間、結果が分かる。


「……うそ? この味、もしかして……」


 しっかり噛んでみるも、一回戦目の時に感じた、爽やかで控えめな酸味や、待ち望んでいた甘さは来ず。

 湧いてきたのは、二回戦目で当たりを引いた時に感じた、ただ舌をひたすら劈いていく無味無臭の透明な爆発───。


「んんっ〜!?」


「ぶふっ!?」


 嘘、嘘よ! 残り物には福がある戦法を試したっていうのに、二回連続で当たりを引いたっていうの!?

 しかもなぜか、一回目の時より、凶悪な酸味と苦味が遥かに増しているような気がする!

 口の中で苦酸っぱさが無限に湧いてくるから、いくら素早く飲み込んでも、唾液で中和しようとしても、地団駄をして気を紛らわそうとしてもダメ! 全てが無駄に終わる!

 もう無理、これ以上耐えられない。さっき散々ダメージを受けたから、意識がだんだん薄れてきた……。


「もしかして、またアカ姉とメリーお姉ちゃんが、当たりを引いたんじゃね?」


「やったーっ! わたしたち、全勝したよ!」


 どこか遠い彼方から、コータロー君達の喜びに満ちた声が反響しては、ゆっくり遠ざかっていく。

 どうやら、ハルも当たりを引いたらしいけど。今は一点を見る事に集中していないと、意識が飛んでしまいそうだから、視線を動かす余裕さえ無い。

 ……『超すっぱいレモンにご用心』を作った会社よ、あんたは誇っていいわ。最強の都市伝説である私を、ここまで苦しめたのだからね。

 私の記憶が正しければ、唯一だと思う。また食べる機会が訪れたら、次こそは全勝してやるんだから……。

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