141話、悪魔の所業
「味が無くなってきたし、そろそろいいかしら」
ハズレのガムを噛んでいた時間は、おおよそ十分前後。当たりを引いたハルも、もがき苦しんだのは最初だけで。数分したら、甘酸っぱいガムの味を楽しむ余裕が出ていた。
「捨てる時は、このティッシュに包んで捨てて下さいね」
「あっ、ありがとうございます」
おばちゃんの配慮に甘え、みんな一枚ずつティッシュを貰い。口をティッシュで覆い隠し、落とす感じでガムを吐き出し、ゴミ箱の中に捨てていく。
「さあさあ。そろそろ、二回戦をおっ始めようじゃあないの」
一回戦目で悲惨な目に遭ったハルが、気合を入れ直し、右肩を大きくグルグル回す。
「でよ、カオリ。二回目も、普通に選べばいいのか?」
「ふっふっふっ。二回目も普通に選んだら、つまらないでしょ?」
「確かに。私が引いた容器には、もう当たりが無いもんね」
「実はそれ、狙ってたのよね」
「おれもー」
カオリちゃんの意味深な含み笑いを追う、ハルの真っ当な意見を濁す、同じ企みを明かす私とコータロー君。
そう。私、コータロー君、カオリちゃんが引いた容器には、まだ当たりが存在しているものの。ハルが引いた容器には、当たりが無くなっている。
すなわち二回戦目で、その容器を取っていたら、当たりを確実に回避出来るっていう寸法だったのに。まあ、本当にはやらないけれども。
「でしょ? 当たりがない容器があってもつまらないから、こうしちゃうよ!」
「なっ……!」
笑顔を保っていたカオリちゃんが、話を止めた直後。四つの容器に、二つずつ入っていた玉を持ち上げ、無造作に別の容器へ移動し始めた。
「か、カオリ!? おまえ、何やってんだよ!」
「……おいおい、とんでもない事をしてんじゃん?」
「ほい、ほいっ、ほいっと!」
コータロー君とハルには意を介さず、玉をどんどん入れ替えていくカオリちゃん。まさか、おばちゃんがカオリちゃんに吹き込んだのは、これだったというの?
見かけによらず、悪魔も真っ青な所業を思い付くじゃない。これだと、当たりがどこにあるのか完全に分からなくなってしまった。
更に、ランダムで玉が移動した事により、二分の一で当たりを引く可能性。二つの内、どちらを選んでも確定でハズレを引くという保証が、全て崩壊。
ここから始まるのは、確率論が一切通じない究極の運試し合戦。……どちらにせよ、引きが強い私とハルは、分が悪過ぎるのに変わりないわね。
「ひぇっひぇっひぇっ。これこそ、私が考案したデスルーレット。贔屓などはございません。己の運だけを頼りに、勝利を掴んで下さい」
ここぞとばかりに説明を挟む、魔女化したおばちゃん。口角まで上がっているし、雰囲気や見た目が魔女そのものだわ。
ハルもさっき言っていたけれども。おばちゃんのノリ、私も好きかも。
「やっぱり、おばちゃんの仕業か! クソッ! カオリに面白いこと教えやがって! 最高じゃねえか!」
「あの~、すみません。その魔女笑いのコツ、あとで教えてくれませんか?」
「ええ、いいですよ」
「やったー。ありがとうございます、師匠」
魔女の弟子になったハルが、緩い笑顔をしながらペコペコと頭を下げる。あんた、ちゃっかり何聞いてるのよ。
しかし、二回戦目はどうしようかしら。黄色い玉は、全部入れ替えられてしまった事だし。
この場合だと、確実に当たり無しが一つ。一つ以上の当たりがあり、二つとも当たりの可能性が出てくる。
一番の理想は、もちろんハズレしかない容器を選ぶこと。最も最悪なのが、二つとも当たりの容器を選ぶことよね。
「そろそろいいかな。みんな、終わったよ!」
デスルーレットの考案者から指示を受け、なんの躊躇いもなく執行したカオリちゃんが、無垢な笑顔をこちらに合わせてきた。
私達の命運を決める容器には、黄色い玉が二つずつ入っている。当然、全て同じに見えるので、見分けがまったくつかないわ。
「ははっ……。やべぇ、全部同じに見えるや」
「これさ? 同じ容器に、当たりが二つあるかもしんないんだろ? 容器を選ぶところから怖えなぁ……」
「その場合だと、ハズレしかない容器が二つある事になるのよね。慎重に選ばないと」
そう。コータロー君が呟いた組み合わせだと、ハズレのみの容器が二つになる。けど、それもあくまで確率の一つ。
悲惨な未来を回避する為には、やはり、己が持ち合わせた引き運に頼るしかないわね。




