138話、第二の勝負
「ふぅ~っ、やっと興奮が収まってきたわ」
「へっへへへっ……。流石っス、メリーお嬢様。あんな土壇場で百円の当たりを引くなんて、やっぱ持ってる人はちげえっス!」
私が見事百円の当たりを引き、バカ騒ぎを始めて二分ぐらいしてからかしら。打ち倒したはずのハルが、急に立ち上がり。
なんとも小物臭が漂ういやらしい謙りをし、手でゴマをすりながら近寄って来て、私を敬い始めたのは。
「言ったでしょ? あれが私の実力だって」
「マジかっけぇっス、メリーお嬢様! 肩揉ませて下さい!」
「え? いや、別にそこまでしなくて……。おっ、おぉうっ……」
テンションがおかしな方向へ行ったハルが、おもむろに私の両肩に手を添えて、揉み出したかと思えば……。
なに、この意識が吹っ飛んでしまいそうな気持ち良さは? 僅か一秒足らずで、全身をハルに委ねてしまった。
揉みほぐされる度に、肩にほんのりとした熱を帯びて、楽になっていく。
「いやぁ~、肩ギンギンに凝ってるっスねぇ! どうっスか? メリーお嬢様」
「……ああっ、そこそこ。もっと強めでいい、おぉぉ~……」
「メリーお姉さん、ヨダレまで垂らしちゃってるや。すごく気持ち良さそうにしてるね」
「なー、俺もやってもらいてー」
嘘? 私、ヨダレを垂らしちゃっているの? でも、駄目だ。この気持ち良さに抗えず、体がまったく動かせない。
「よーし! じゃあ次は、わたしの勝負を始めるね! 勝負に使うお菓子を買ってくるから、ちょっと待ってて!」
「ふぇ……、しょーぶぅ?」
「おっ、待ってました!」
意識が心地よいまどろみに包まれて、失いかけた最中。カオリちゃんの、ハキハキとした声に呼び戻されて、いつの間にか閉じていた目を開ける。
しかし、視界の先にカオリちゃんは居らず。おばちゃんが居る方へ顔を向けてみると、片手に何か持っているカオリちゃんが、おばちゃんにお金を払っている姿が見えた。
「買ってきたよー!」
ニコニコ顔の絶えないカオリちゃんが、会計を済ませ。購入した物を後ろに隠しつつ、私達の所に戻って来た。
「んじゃ、そろそろ本調子に戻るかな。メリーさん、肩揉み止めるねー」
「ええ? もうちょっとやってて欲しかったけど、仕方ないわね」
いつもの喋り方になったハルが、私の両肩から手を離す。正直、あと十分ぐらいは揉んでいて欲しかったわ。
「で、カオリ。お前は、なんの勝負を考えたんだ?」
「ふっふっふっ。私が考えた勝負はね……、じゃーん! これだよ!」
どこか可愛らしくも不敵な笑みを浮かべたカオリちゃんが、後ろに隠していた物を露にさせる。
手に持っていた物は、『超すっぱいレモンにご用心』という名前で、細長い梱包の右側に、個性ある三つの丸い顔が描かれていた。
見た感じ、一袋三つ入りのようだけれども。カオリちゃんは、なぜか四袋も持っている───。
あれ? ちょっと待って。顔が三つ描かれた絵の上に、なにやら不穏を煽る警告文らしき物が見えるような?
「げっ……。それ、私とめちゃくちゃ相性が悪いやつじゃん」
「一袋だけでもヤバいってのに……。なんでお前、四つも買ってんだよ?」
「相性? 一袋でもヤバい?」
両隣から、怯えた風にも聞こえる二人の声が聞こえてきたので、コータロー君とハルの顔を見返していく。
「ほら、私って引きが強いじゃん? でもね……? あの『超すっぱいレモンにご用心』って、当たりを引いたらヤバい駄菓子なんだよねぇ」
「そうそう。三つある内の一つに、当たりがあるんだけどさ。それがとんでもなくすっぱいんだ」
「え? そうなの?」
「わたし達って、今四人いるでしょ? だから、みんなが均等に食べられるように、十二個買ってきたんだ!」
どこか無邪気ながらも、まるで勝負師のような鋭い目つきになったカオリちゃんが、ニヤリと笑う。
二人の情報が正しければ、ヤッタァメンで百円の当たりを引いた私も、ハル同様まずいのでは?
一袋につき、当たりが一つ含まれているんでしょ? それでカオリちゃんは、四袋も購入した。一袋三つ入りなので、計十二個。
そして私達は、四人居る。つまりよ? 私達が均等に『超すっぱいレモンにご用心』を食べるとなると、一人三回引かなければならなくなってしまう計算に……。
「ねぇ、カオリちゃん? もしかしてこれ、一人三回引くってこと?」
「うんっ、そうだよ!」
「ああ、やっぱり……」
下手すれば、私とハルに当たりが集中する可能性だってある。もしくは、私とハル、どちらかが三回全て当たりを引くとかね。
ここに来て、引きの強さが仇になる勝負を仕掛けてくるとは。カオリちゃん、ついさっきまで仲間だったっていうのに。今は、二代目魔王にしか見えないわ。
しかも、今度の勝負は共闘すら出来ない。正真正銘、完全個人戦のバトルロワイアル。強者が死に、弱者が生き残る戦いだ。
「ハル? ちなみに、当たりってどれだけ酸っぱいの?」
「実はあれ、私も知らないリニューアル版っぽいんだよね。だから、どれだけ酸っぱいのか分かんないや」
「え? そうなの?」
「ほら。上の方に、『すっぱさUP』って書いてあるじゃん? あの文字、私が買ってた時には無かったんだよね」
声が若干震え気味なハルが、さっき私も着目した警告文に指を差す。まさか、ハルも知らないリニューアル版だなんて。
なので、当たりの酸っぱさを知っているのは、この時代の駄菓子を頻繁に購入している、コータロー君とカオリちゃんだけになってしまう。
「こ、コータロー君? あれって、どのぐらい酸っぱいの?」
「もう、顔がギュッってなるぐらい、めっちゃくちゃすっぱいよ」
「へ、へぇ、そんなに……」
顔がギュッってなるぐらいの酸っぱさ。これは、ハルがおにぎりを作ってくれた時に、具に入れてくれている梅干しレベルの酸っぱさぐらいだと、思っておいた方がいいかもしれないわね。
「それじゃあ、全部袋から出すね!」
戦慄している私達には、お構い無しにと、カオリちゃんが袋を開けていく。
仕方ない。覚悟を決めるのよ、私。なるべく当たりを引かないよう、強く祈っておこう。




