136話、首の皮、一枚だけ繋がった
「いくぞぉ~! いっせいのーせっ!」
「……あれ? うまく、開けられないっ……」
コータロー君の合図と共に、蓋を開けようとしたのに。接着が強いのか、はたまた私の開け方が間違っているのか。
蓋と容器の間に、爪を入れようとしても。出っ張りの部分を、気持ち下に曲げてみても。蓋は浮いてくれず、開く気配をまったく見せてくれない。
「メリーさん、開けてあげようか?」
「ありがとう、頼むわ」
見かねたハルが近寄って来て、助け舟を出してくれたので、一時的に魔王化を解除したハルにヤッタァメンを渡す。
すると、渡してから数秒もしない内に、蓋をほんの少しだけ『ペリッ』と剥がし。裏を確認せず、私にヤッタァメンを差し出してくれた。
「はい、開いたよー」
「わぁ、早い。まるで職人技ね。ありがと───」
「……げっ」
「……あっ」
ハルからヤッタァメンを受け取ったと、ほぼ同時。闇に塗り潰されたが如く、今にも消えてしまいそうな短く暗い声が、背後から二人分聞こえてきた。
あの声量、いくらなんでもあからさま過ぎよ。ハルもハルで、先に二人の様子を見てしまったらしく、口角が軽くヒクついている。
もう、二人が何を引いたのか、聞く前に分かっちゃったじゃないの。万が一の可能性に賭けつつ、どこかぎこちなさがある首を動かし、恐る恐る背後へ振り向く。
あまり拝みたくない、視界の先。見るからに青ざめた顔で、蓋を持った手がわなわなと震えている、コータロー君とカオリちゃんが居た。
「こ、コータロー君? カオリ、ちゃん?」
もはや、正気を保っていなさそうな二人を呼んでみれば。涙目になった二人分の視線が、時間を掛けて私の方へ移ってきた。
「……ご、ごめん、メリーお姉ちゃん。おれ、ハズレ引いちゃった……」
「……わたしも、ハズレだったや」
「そ、そんな……」
確信まで得ていた答え合わせが済むと、二人の無念でならない顔が項垂れていった。あの子達には、申し訳が立たないわね。なんせ私が、希望を与えてしまったのだから。
「ふっ、他愛もない。まずは二人。さあ、我が配下へ」
魔王化したハルに誘われた二人が、顔を項垂れさせたまま私を横切り。おぼつかぬ足取りでハルの元へ歩いていき、横に付いてこちら側に振り向いた。
「メリーお姉ちゃん、助けてー!」
「このままじゃ、春茜お姉さんに食べられちゃうよー!」
「え? どうしたの、急に?」
「はぁーはっはっはっ! 貴様の仲間は、私が頂いた! 返して欲しくば、五十円の当たりを引いた私に勝ってみせよぉ!」
「あ、そういう展開なのね」
機転を利かせてくれた魔王ハルのお陰で、理解が追い付いた。要は、ごっこ遊びを始めた訳ね。
なるほど、だからコータロー君とカオリちゃんが、いきなり私に助けを求めたんだ。
それにしても、また突然始まったわね。誰を引き金に始まったんだろう? 二人が、ハズレを引いた瞬間? 魔王ハルが、二人を呼び寄せた辺りで?
いや、どっちでもいいか。しかし、始まったのであれば仕方ない。私も、ごっこ遊びの流れに乗らないと。
「クッ、卑怯者」
「なんとでも言え、勝負にさえ勝てばいいのだ。貴様も倒した暁には、この世界に居る子供達に、夕焼けチャイムが鳴る十五分前に『あ、そろそろ帰らなきゃ』という暗示をかけてやる!」
「うわぁーー! イヤだーーっ! ただえさえ冬は、鳴る時間が早いっていうのに!」
「遊ぶ時間がなくなっちゃうよー!」
なんとも平和そうな暗示だけど、子供のコータロー君達には効果てきめんね。演技じゃなくて、素で嫌がっていそうだわ。
「そんな事はさせないわ。世界中に居る子供達の遊び時間は、私が守ってみせる」
「ふんっ、言うに易しよ。ならば、貴様が手に持つヤッタァメン、引いてみせよ!」
「ええ、いいわ。引いてやろうじゃないの」
魔王ハルの命令に従い、持っていたヤッタァメンの蓋に手を掛ける。ごっこ遊び、なかなか楽しいわね。みんな演技をしているから、恥ずかしくも何とも思わないわ。
けど、私が魔王ハルに勝つには、百円の当たりを引くのが最低条件。かなりというか、圧倒的不利な状況だ。普通だったら、まず諦めるでしょう。
でも、魔王ハルに勝ちたいという気持ちは、だんだん高まってきている。その中に、負けるのが悔しいからという感情は含まれていない。
ほぼ占めているのは、コータロー君達と喜びを分かち合いたいという想いだけ。さあ、その想いを現実にする為に、引くわよ!
「……ふっ、なるほどね」
「な、なんだ、その不敵な笑みは? 貴様ァ、一体何を引いたというんだ!?」
「安心しなさい。高みの見物をしてる神が、ただ私達を翻弄してるだけよ」
そう余裕を持って返した私は、蓋を全て剥がし。ハルと同じよう指に挟み、蓋を裏返して三人に見せつけた。
「あっ、『もう一コ』だ!」
「メリーお姉さん、すごいっ!」
「……ほう? この土壇場で『もう一コ』を引くか。流石は、我が生涯のライバルよ。ヒヤヒヤさせてくれる」
たぶんハルは、私が百円の当たりを引いたと勘違いしていたようね。再び汗が噴き出し、手の甲でアゴを拭っている。もしかしてその動作、気に入っているでしょ?
「それで、これはどうすればいいの?」
「おばちゃんに蓋ごと渡せば、ヤッタァメンをタダで貰えるよ!」
「それが十円の当たりだったら、違うお菓子を買えたのになぁ~」
「それね~。十円と二十円の当たりが無くなったのが、マジで悔やまれるよ」
私が質問をすると、ごっこ遊びを解除したカオリちゃんが答えてくれて。コータロー君とハルは、思い思いに雑談を始めていく。
流石は、ごっこ遊びの熟練者達。ハルだけではなく、コータロー君やカオリちゃんも、気持ちの切り替えがとても早い。
「ちなみになんだけど、先に食べてみてもいいかしら?」
「いいよ! 味が濃くて、すっごくおいしいよ!」
「そう、ありがとう。それじゃあ」
コータロー君から許可を得られたので、細かく砕かれた見た目をしている乾麺を、手で掴まず、口の中へ一気に運ぶ。まず感じたのは、強烈な塩味とコンソメのダブルパンチ。
確かに、コータロー君の言う通り、味付けがかなり濃いわね。けれども、一個に対する量が少ないから、これはこれでちょうどいいかも。
クセになりそうな、後を引く尖った塩味。食欲を沸き立たせ、なんだかご飯が欲しくなってくる、香ばしいコンソメの風味。この味を十円で堪能出来るなんて、駄菓子って本当にすごいわね。
「いいなー、メリーお姉さん。二つも食べられて」
「なら、カオリちゃん。私が当てたやつで、一つ買ってもいいよ」
「えっ、いいの!? やったー! ありがとうございます、春茜お姉さん!」
「ええー、カオリだけずるい! アカ姉、おれもおれも!」
「もちろんさ、よーく味わって食べんしゃい」
「よっしゃー! ありがとう!」
カオリちゃんとコータロー君に、ヤッタァメンを奢る約束をしたハルが、親指を立てた。ハルって、どんな人にも分け隔てなく、優しく接しているわね。
傍から見ていても、心に温かい物を感じてくる。いつもあんな風に接してくれるから、子供達も自然とハルが好きになるんでしょうね。
だからこそ、私もハルが好きになってしまったのだけれども。




