135話、立場を有利にさせる交渉
「あっ。ふっ、ふっふっふっふっ……」
ハルが『ヤッタァメン』の蓋を開けて、裏を確認した矢先。素の緩い反応を見せたかと思えば、口角を鋭く上げながら不敵に笑い出した。
「数年のブランクが空いていたし。まあ、こんなもんか」
「なっ……!?」
「ごっ……」
「五十円、ですって……?」
魔王の表情に板がついてきたハルが、指で挟んでいた蓋を、私達にも見えるようひっくり返す。その蓋の裏をよく見てみると、銀色の文字で五十円と記されていた。
五十円って、上から二番目の当たりじゃない! まさか、本当に引くなんて夢にも思っていなかった。ハルめ、やってくれたわね?
「まあ、春茜さん。すごいですねぇ」
「あっははは……。正直、私が一番驚いています。うわぁ、マジか~。五十円引いちゃったや」
おばちゃんのやんわりとした祝福に、魔王化を解いたハルが、嬉しそうに素直な感想を述べた。なんだ。狙って引いた訳じゃなくて、たまたまだったのね。
「……おい、どうするカオリ? ここで百円引かないと、アカ姉に勝てねえぞ!?」
「だ、大丈夫だって! わたしたちなら、絶対に引けるよ!」
ホクホク顔のハルとは相反し、絶望の淵に立たされたコータロー君とカオリちゃんは、青ざめた表情で苦し紛れに鼓舞し合い出した。
なんだか懐かしいわね。絶望色に染まった子供の顔を見るなんて、実に数ヶ月振りぐらいかしら? ……じゃない!
今は二人共、私の仲間なのよ。どうにかして、少しでも私達の立場を有利にさせてあげないと。
「ねえ、ハル。今って、あんた対私達の戦いよね?」
「そうそう! ヤッタァメンって、こんな味だった……、え? あっ……。そうだな。それがどうした?」
完全に油断し切っていて、ヤッタァメンを食べていたハルに、突拍子もなく質問してみると、一瞬だけ腑抜けた真顔になり、瞬時に魔王化してくれた。流石はハルね、切り替えが素早いわ。
「なら、私達が当てた額を、足しちゃってもいいかしら?」
「た、足す? ああ~、なるほどぉ……? ま、まあ、プロの私にとって、さほど問題無いハンデだ。よかろう、許可してやる」
どうやら、ハルにとって想定していなかった相談らしく。バツが悪そうな声を発した後、動揺していそうな震えた声で許可をくれた。
「本当!? だったら、おれたちの中で五十円の当たりを二回引けば、アカ姉に勝てるぞ!」
「うん、そうだね! なんだか、また当たる気がしてきたかも!」
けど、二人にとって反撃の狼煙を上げるには、十分な条件だったようで。かつての気力と元気が蘇り、勝ちへの活路を見出したようね。よかった、ハルに交渉してみて。
「流石はメリーお姉ちゃん、ナイスな相談だよ!」
「わたしだったら、何も言わないまま引いてたよ!」
「あんた達。勝負をするのはこれからなんだから、喜ぶにはまだ早いわよ?」
「あっ、そうだった!」
そう。私達は、まだ勝っていない。ハルに交渉をして、立場をほんの少し有利にさせただけの事。
なので、まだ油断してはいけない。本当の勝負は、これからよ。
「それじゃあ、一気に引く?」
私達の顔を交互に見返している、カオリちゃんが言う。
「そうだな、そうしよう!」
「私も、それに賛成よ」
コータロー君と私が賛同すると、カオリちゃんはコクンと力強く頷き。「よーし、なら!」という合図と共に、私達はハルが居る方へ顔を向けた。
「春茜お姉さん、わたしたちも引くよ!」
「ほう? ついに引くか。なら、掛かって来るがいい! まとめて返り討ちにしてくれようぞ!」
気迫がこもった台詞を言いながら、右手を前にビシッとかざすハル。もう、素振りまで魔王ね。
今のハルなら、マントを羽織っていても違和感が無さそうだわ。むしろ羽織って欲しい。
「そんな大口叩いてられるのも、今のうちだからな! カオリ、メリーお姉ちゃん、引くぞ!」
「うん!」
「ええ」
さてと、ああ言ったものの。三人中二人が、五十円以上の当たりを引く確率なんて、たぶん相当低いわよね。
そもそもの話。売られていたヤッタァメンの中に、当たりが残っているのかすら怪しい。下手したら、ハルが引いた五十円の当たりが、最後だという可能性だってある。
いや、引く前から弱気になるのは違うわね。せっかく交渉をして、コータロー君とカオリちゃんの元気を取り戻させてあげたんだもの。
せめて、引く前ぐらいは強気にならないと。ここで私が、百円の当たりを引いて、コータロー君達を勝利に導いてあげるわ!




