130話、一歩前進していく関係
「───ル。ハル、いい加減起きなさいってば」
「……んんっ」
いつの間にか閉じていた目を開けてみると、薄れぼやけた視界内に映る輪郭が、徐々にハッキリしていき。鮮明になると、どこか呆れた様子のメリーさんと目が合った。
「ありぇ? メリーしゃん?」
「おはよう、ようやく起きたわね」
「起きたって……。もしかして私、寝てた───」
あれ、ちょっと待って? メリーさんの背後に見える天井、なんだか違和感があるぞ。『楽楽』の天井って、確かモダンチックで黒寄りだったはずなのに。
今見えている天井は、ほぼ真っ白。それに、照明の淡い柔らかな光は、どこにも無く。代わりに、なんとも日光的な明るい光を走らせている。
あと、あの天井、ものすごく見覚えがあるような……。
「……え、嘘? ここ、私の部屋じゃん」
嫌な予感が頭に過ったので、上体を起こして周りを見渡してみれば。楽楽の店内じゃなくて、私の寝室にすり替わっていた。
なんで? 一体、何が起こったの? ついさっき、メリーさんに無礼講という形でお酒を勧められて、意を決してカルーアミルクを頼み、ほんのちょびっとだけ飲んだ。
そこまでは、しっかり覚えている。しかし、それ以降の記憶がまったく無い。ものの見事に抜けている。もしかして私、あんな少ない量で、意識を失うほど酔っぱらったってわけ?
「もしかして、何も覚えてないの?」
「……は、はい。カルーアミルクを飲んだ辺りから、記憶がぶっ飛んでおります」
「え、嘘? そこから記憶が無いの?」
「はい……。いつの間にか眠ってて、気が付いたら、ここに居ました」
どうやら、流石のメリーさんも絶句したようで。顔全体が強張り、ちょっと上がった口角がヒクつき出した。メリーさんの、あの強張った顔よ。初めて見たや。
「そ、そう。お酒って、かなり怖い飲み物なのね」
「いやいや。ただ単純に、私がお酒に弱すぎるだけだよ。けど、ビールをコップ半分ぐらい飲んだ時は、ここまで酷くならなかったんだけどなぁ。何が違うんだろ?」
私が二十歳になった日。実家でお父さん達に勧められて、ビールを少しだけ飲んだ時は、ベロンベロンになっただけで記憶は失わなかったのに。
そういえば、ビールとカルーアミルクって、どれだけ度数が違うんだろう? ものすごく飲みやすかったし、それほど高くないように思えるけれども。
ちょっと気になるから、あとで度数を調べて───。
「ねえ、メリーさん? つかぬ事をお聞きしますが……。私、メリーさんに何かしてました?」
「え? ああ~」
恐る恐る質問してみるも、メリーさんは素っ気なく視線を上へ移し。数秒待つと、苦笑い混じりのはにかみ顔を、私へ戻してきた。
「別に、大した事はやってなかったわ」
「え? それ、本当?」
「嘘をついてどうすんのよ。かなり距離が近かったぐらいで、ダル絡みもかわいいもんだったわ」
「はぁ、そうなんだ」
確かに、嘘をついても意味が無いけど、にわかに信じがたい。
お父さん達曰く、初めて酔っぱらった私は『とにかく凄かった』って、声を揃えて言っていたのにな。
「ちなみに、どんなダル絡みをしてた?」
「そうね。私の出身地や歳を聞いたり、めんこめんこって言いながら、私の頭を撫でてたわ」
「げっ、マジかぁ……。そんな事してたんだ」
歳は、ともかく。メリーさんの出身地は、ほぼ私のせいで北海道になってしまったというのに、なんでわざわざ聞いたんだろう。
それに、メリーさんの頭をよく撫でられたな、私。普通だったら、まずあり得ない行為だ。そんなチャンスが訪れても、私からは絶対にやらないぞ。
「うわぁ~……。ほんっとごめん、嫌だったでしょ?」
「ふふっ、謝らなくていいわよ。それに、あんたに頭を撫でられるのは、全然嫌じゃなかったわ」
「えっ? ……マジですか?」
「ええ。撫で方がすごく丁寧で優しかったし、案外悪くなったわ」
「おおっ、……おぉ」
私に頭を撫でられて、メリーさんは嫌な思いをしなかった。むしろ、好感触な感想だ。これって、真に受けちゃってもいいのかな?
無礼講という、メリーさんお墨付きの後ろ盾があったからこそ、じゃないよね? もし、仮にだ。今の言葉が本音だった場合。私とメリーさん、結構良い関係を築けていると判断が出来る。
いや、そう思っていいかもしれない。私に頭を撫でられて、案外悪くなかったっていう感想は、関係が良くないとまず出てこないでしょう。
それが、無礼講という最強の後ろ盾があってもだ。……そろそろ、あまり深く考え過ぎず、前向きに捉えてもいいのかな?
「そっか。そう言ってくれると、私も安心するよ。しっかし、酔っぱらった時の私、行動がめちゃくちゃ大胆になるね」
「そうね。でも、いつもと違うあんたを見れたから、なかなか面白かったわ。またいつか『楽楽』に行きましょうね」
「そうだね。食べたい料理はまだまだあるし、月一ぐらいで行こっか。っと、そうだ」
会話に花を咲かせたい所だけど、そろそろ朝食を作らねば。メリーさんに起こされてしまったし、朝の八時は過ぎているかもしれない。
休日とはいえ、ちょっと寝過ぎたな。ジョギングは諦めて、ストレッチと筋トレを二セットぐらい増やしておこう。
「ごめん、メリーさん。お腹すいてるでしょ? すぐ朝食作るね」
「あら、何言ってるの? もうお昼前よ」
「へっ、昼前? ……げっ!?」
急にニヤニヤし出したメリーさんの言葉に、私の視界が狭まり。時間を確認するべく、スマホを見てみれば。画面には、十一時三十分という数字が刻まれていた。
……マジで? 何かの間違いじゃないよね? もしかして、ぶっ壊れた? いや、問題はそこじゃない!
「め、メリーさん? 私昨日、何時に寝た?」
「あんたが寝た時間? え~っと……。八時半ぐらいに帰って来たでしょ? それで、私があんたを監視しながらお風呂に入れたけど、頭や体を洗うのに手間取ってたから~……。たぶん、十時半ぐらいだったかしら?」
「うっそん……、十三時間も寝てたの? 私……」
メリーさんの言っている事が正しければ、人生初の睡眠時間になってしまう。これまでで一番長くても、七時間ぐらいだよ?
ていうか私。頭と体を洗うだけで、二時間ぐらい掛かったの? それをずっと、メリーさんに監視されていただなんて……。恥かしさよりも、圧倒的な申し訳なさが勝つや。
「あんた、ものすごく気持ち良さそうな寝顔をしてたし。いくら起こそうとしても、まったく起きてくれなかったんだからね?」
「……マジで、申し訳ございませんでした。金輪際、お酒は控えます……」
震え声で謝罪をしつつ、出来る限り丁寧な土下座をする私。
「全然気にしてないし、楽しかったから別にいいわよ。それよりも、ヌードルカップを食べたいから、おにぎりを作ってくれないかしら?」
「了解致しました! 最高のおにぎりを作りますので、少々お待ち下さい!」
「ありがとう。お湯は沸かしておくわね」
「ありがとうございますっ!」
お湯は沸かしてくれるみたいだから、まず先に着替えてしまおう。……あれ? 私、どうやってパジャマに着替えたんだ?
もしかして、メリーさんが着せてくれた感じ? いや、そんなのは後ででいい。急いで顔を洗って、歯も磨かないと!




