129話、無礼講。それは、禁断の呪文
「めりぃしゃ~ん。楽しんでるぅ~?」
「エェ……。スゴク、タノシンデルワ……」
ハルにお酒を勧めて、名前的に一番甘そうなカルーアミルクを頼んで飲み、早五分。飲み始めてから一分後には、ハルの頬がほんのりと赤くなり。
約三分後、ゆるっゆるな笑顔で笑い出し。そして今、ハルにお酒を勧めなければよかったと後悔するほど、地獄みたいな状況になっている。
なんで、わざわざ私の隣に来たの? なんで、そんなグイグイ距離を詰めてくるの? どうして、私を壁際まで押し込んだの?
左側は、逃げ場の無い壁。右側は、私と完全に密接し、据わった目で見つめてくるハル。もう、隙間なんてありゃしない。太ももを数cm開くだけで精一杯だわ。
「めりぃしゃんって、何歳なのぉ?」
「と、歳? さあ、正確な年齢は知らないわ。少なくとも、あんたより年下だと思う」
「そ~なんだぁ~。じゃあ今日から、めりぃちゃんだねぇ~」
「……ソウデスネ」
これが、酔っぱらったハルのダル絡み。予想を遥かに超えて疲れるわ。でも、私は何も出来ない。この絶望的な未来に興味を持ったのは、他でもない私自身なのだから。
「出身地はぁ、どこなのぉ~?」
「設定上、北海道よ」
「えぇ~、本当~っ? 奇遇じゃ~ん。実はぁ、私も北海どー出身なんだぁ~」
「前に聞いたから知ってるわ」
一体なんなの、このやり取りは? あんた、私に北海道弁をいくつも教えてくれたじゃない。酔っぱらうと、記憶が吹っ飛んでしまうのかしら?
「めりぃしゃん、めんこいねぇ~。めんこめんこぉ」
わざわざ北海道弁で『かわいい』と言ったハルが、『よしよし』と口にしつつ私の帽子を取り、頭を撫でてきた。
通常のハルでは、絶対にやってこない行為だ。……頭を撫でられるのって、こんな感覚なのね。ハルの手から、じんわりと温かい体温が伝わってくる。
撫で方も優しく、不快な気持ちにまったくならない。案外、悪くないかも。酔っぱらっているけど、なんだか安心して身を委ねられるわ。
「めりぃしゃんの髪の毛、サラサラしてるぅ~。気持ちいい~」
「そう。なら、満足するまで触ってていいわよ」
「いいのぉ? やったぁ~、えへへへっ」
さり気なく許可を出すも、撫で方の強弱は変わらず。上機嫌に鼻歌を歌い出したハルが、半分以上残っているカルーアミルクを、ちびりと飲んだ。
「それ、結構甘いらしいじゃない。どんな味がするの?」
「これぇ? えっとねぇ~、カフェオレみたいな感じぃ~。甘いけどほろ苦で、すっごく飲みやすいよぉ〜」
「へぇ。見た目もそうだけど、味自体もそうなのね」
「あっ! これはカフェオレじゃなくて、お酒だからねぇ。だからめりぃしゃんは、飲んじゃダメだよぉ」
「分かってるわよ」
飲みたいとは一言も言っていないのに。おもむろに注意してきたハルは、持っていたグラスをテーブルに置き、私から遠ざけた。
自我が崩壊しているのにも関わらず、根っこの部分は変わっていなさそうね。ならば、適当に話をいくつか振れば、私のペースに持っていけるかもしれない。
「ねえ、ハル。料理を食べたいから、少し離れてくれない?」
「なんでぇ~? めりぃしゃんは、あたしの事が嫌いなのぉ?」
そことなく不貞腐れ気味な返答から察するに、離れて欲しいとだけ聞き取ったらしい。もしかしたら、一問一答しなければ、内容が頭に入らない可能性がありそうね。
「嫌いじゃないわよ、むしろ好意を抱いてるわ」
「えっ、本当っ!? じゃあじゃあ~、あたしと唐揚げ、どっちが好きぃ?」
「もちろん唐揚げよ」
「ええ~っ? そんなぁ~」
当たり障りなく、からかってみれば。あまり残念そうに見えないハルが、口を尖らせながらテーブルに突っ伏していく。
あんたが作った唐揚げは、私の好きな料理ランキング、不動の二位よ? その唐揚げと天秤を掛けられたら、そう答えるに決まっているじゃない。
今のは、質問の仕方が悪いわ。もし、人間の中で誰が一番好きかという質問だったら、あんただって答えてあげたのに。
「唐揚げめぇ~、あたしよりめりぃしゃんと仲良くなりやがってぇ~。チクショー、悔しい~」
唐揚げに文句を言い出したハルが、ジト目で私を睨みつけてきた。
「めりぃしゃ~ん。どーすれば、君ともっと仲良くなれるのぉ?」
「え?」
「だーかーらー、どーすれば君ともっと仲良くなれるのぉ?」
素っ気なくも剛速球で、不意を突き破るド直球な質問に、私の視界が大きく広まった。……ビックリした。急に、とんでもない質問をぶん投げてくるじゃないの。
普段のハルだと、たとえ長考してフリーズしようとも、この質問は絶対してこないわよね。まず適当にはぐらかすか、強引に話を変えるでしょう。
きっとこれは、ハルが胸の最奥に留めている、私の前では決して明かさない本音中の本音。酔っぱらうと、こんな簡単に出てきちゃうんだ。恐ろしいわね、お酒って。
……そう。ハルって、私と仲良くなりたいんだ。どうして仲良くなりたいのか、理由がものすごく気になる所だけれども。今ここで、その理由を深く掘り下げていくのは、タイミング的に違うわ。
この本音は、あらゆる過程をすっ飛ばし、お酒というズルを使用して聞いてしまったのよ。だから、今の私には、仲良くなりたい理由を聞く資格を、持ち合わせてなんかいない。
なので、聞きたい欲をグッと堪えなければ。ここで理由を聞いたら、私はただの卑怯者になる。強い罪悪感にも駆られ、ふとした瞬間この事を思い出し、一生引きずる事になるでしょうね。
「……その質問、聞かなかった事にするわ」
「ええ〜、なんでぇ~? いいじゃ~ん、教えてよぉ~」
「ダメよ。あんたが酔っぱらってない時に、まったく同じ質問をしてきたら、素直に答えてあげるわ」
「なにそれぇ~? あたし酔っぱらってなんかないよぉ~? だから教えてってばぁ~」
「顔が赤くなってるクセに、強がってんじゃないわよ。さあ、料理はまだ残ってるんだから、全部食べちゃいましょ」
「ぶぅ~。めりぃしゃんのケチィ~」
どうやら諦めてくれたらしく。突っ伏していた体を起こし、私にそっと寄り掛かってきたハルが、料理を食べ出した。
ごめんなさいね、ハル。酔っぱらっていたとはいえ、奥底にしまい込んでいた本音を、一部だけ覗いちゃって。でも、あんたと仲良くなりたいっていう気持ちは、私も同じよ。
だから、私も分かりやすいアプローチを、少しずつしてあげるわ。それも、あんたが酔っぱらっていない時だけにね。




