118話、出会いがあれば、別れもある
「私、メリーさん。今、とても悲しんでいるの……」
『分かるよ、メリーさん。君の気持ちは痛いほど分かる。私だってそうさ。これがずっと続けばなって、何度思った事か。でも、とうとう来ちゃったみたいだね。この時が』
「……そうね。ねえ、ハル。悔いが残らないよう、頼むわよ?」
『君に言われなくともさ』
どこか寂しさを宿しているも、頼り甲斐のある言葉を最後に、ハルが通話を切った。ハルの言う通り、とうとうこの日が来てしまった。
出会いあれば別れありと、よく言うけれども。この事実を、まだ受け入れられていない自分が居る。
「待たせたね、メリーさん」
「……来ちゃった、のね」
しおらしさを見せるハルが持って来たのは、直径三十cm以上はあろう平べったい大皿。
笑っても泣いても、あの大皿で最後。私達のお祭りは、梅雨と共に去っていくんだわ。
「さあ、始めようか? ラストの海鮮丼祭りをよぉっ!」
「わ、わぁ~~っ! すっごぉ~い!」
テーブルにドスンと置かれた大皿には、集大成とも言える豪華絢爛な海鮮達が、これでもかってぐらいに盛り付けされていた。
雪原を彷彿とさせる大ぶりのえんがわ。赤と白のコントラストを織り成す、極太長なタラバとズワイのポーション。
宝石のような輝きを放つ大量のイクラ。今回は、各具材が放射線状に敷かれているので、まるで黄金の川を思わせる見た目をした生ウニ。
油が滲んできたのか、美しい艶を走らせたオレンジ色が鮮やかなサーモン。前回は揚げ物として登場し、今回は真向勝負を仕掛けてきた生の中トロ。とうとう、奴らが出会ってしまったわね。正に夢の共演だわ!
「どうよ、この最強の盛り合わせ! 圧巻だよね~」
具材を確認している間に、台所へ戻って新たなお盆を持って来たハルが、取り分け用のお皿とお味噌汁、各調味料を並べていく。
「この量と大きさは、流石にテレビでも観た事がないわね。はぁ~、おいしそう~」
「サーモンはステーキ用に取ってあるけど、他はこれっ切りだからね。おかわりが出来ないから、ゆっくり味わって食べてちょうだい」
「あ……。そう、なのね」
おかわりが不可能。今の私にとって、死の宣告とも取れる忠告だ。後悔しないよう、各海鮮の味を脳裏に刻みながら食べないと。
「わ、分かったわ。それじゃあ、いただきます!」
「いただきまーす!」
気合を入れた食事の挨拶を交わし、しゃもじを右手に持つ───。
「ふふっ、いい事を思い付いちゃった」
閃いた事を早速実行に移すべく、隠れていたご飯をすくい、別皿に盛り付けていく。次に、放射線状に敷かれた各海鮮類も別皿に移し、盛り付け方を再現すれば!
「出来たっ! ねえ、ハル。この盛り付け方、いいと思わない?」
「おおっ、めっちゃ良いじゃん。見栄えが最高だし、色んな味を一気に楽しめるね。よし、私もマネしちゃおっと~」
賛同してくれたハルが、ウキウキしながら私と同じ盛り付けをし出した。
この盛り付け方なら、どの海鮮物も均等なペースで食べられるので、特定の物が先に無くなるという惨事を回避出来る。
食べる前に閃いてよかった。自分で言うのもなんだけど、今回に関しては天才の閃きね。では、えんがわをわさび醬油につけてっと。
「んん~っ! いつ食べても、ほんとおいしいわぁ~」
しなやかな弾力とコリコリ感は、当初から失われておらず健在。
滲み出した油もそう。しつこさや魚特有の臭みは無く、噛めば噛んだ分だけ、旨味がギュッと詰まったサラサラな甘い油が出てくる。
食べる度に感じるけど、えんがわに含まれた油ってすごく多いわね。風味と主張もグイグイ前に来るから、わさび醬油の風味が丸み込まれているわ。
「で、ズワイとタラバはポン酢でっと……。ふわぁ~っ、しゅごひ……」
両者共、弾力感のあるプリプリとした身。二ついっぺんに食べたから、旨味の暴力がとんでもない事になっている。
まろやかで尖り無き塩味。弾けるように飛び出してくる旨味とコクをグッと引き立てる、ふわりと華やぐ磯の香り。
後から怒涛の如く押し寄せてくる、二種類の異なった濃厚な甘さと絶妙にマッチした、ポン酢の丸みを帯びた酸味。全てが完璧でいて、私を骨の髄まで喜ばせてくれるわ!
「ああ~、幸せぇ~……」
「うんうん。どの海鮮類も、酢飯と抜群に合ってんじゃん。うんまっ」
「あ、今日は酢飯にしてるのね。……あれ?」
まったく注目すらしていなかったご飯を、一口だけ食べてみるも。ただ白米本来の甘さを感じるだけで、構えていた酢の酸味はまったくやってこなかった。
「ハル? 私がよそった方のご飯、酢の味がしないんだけども?」
「ああ、ごめん。そういや言ってなかったね。半分は酢飯ゾーンで、もう半分は普通のご飯ゾーンになってるよ」
「あら、そうなの?」
「うん。全部酢飯にしちゃうと、量的にクドくなりそうだなって思ってね。ちなみに、メリーさんから見て右側が酢飯ゾーンで、左側が普通のご飯ゾーンになってるよ」
「本当だ、酢の味がする」
確かに、右側のご飯を食べてみると、ハルの言う通りちゃんと酢の味がした。そういえば私、左側からご飯をよそったわよね。だから酢の味がしなかったんだ。
「ふ~ん。いいわね、これ。飽きが来なさそうだし、色んな組み合わせが楽しめそう」
「でしょ? まだまだ沢山あるから、自分だけの楽しみ方を見つけてちょうだい」
「なるほど、分かったわ」
ならば、二回目の丼ぶり再現は酢飯でやり。三回目から、色々組み合わせていこう。自分の思うがままにカスタム出来る海鮮丼よ。流石はハル、発想が天才のそれね。
よしよし、だんだん胸が躍ってきたわ。やはり最後ぐらいは、こうでなくっちゃね。後悔しないよう、余す事無く楽しんでやるわよ。




