114話、待ち侘びていたお土産
「ねぇ、メリーさん。デ───」
「あっ! ちょっと待って!」
「ん? どうしたの? そんなに慌てて」
「電話をしたいから、一回台所に戻って欲しいのよ」
「ああ、そういう事ね。りょーかい」
私が焦った理由を分かってくれたハルが、緩く苦笑いをしながら台所へ戻っていく。危ない。電話が出来る貴重なタイミングを、一回失う所だった。
もう既に、電話をするタイミングは完全に決まっているのよ。起床時、お昼時、夕食前、夕食後、睡眠前といった感じでね。
メリーさんの性ゆえか。ハルとの電話は、最低でも日に四回以上はしたい。一回でも逃すと、全身が変に疼いてくるのよ。
とりあえず、待たせているハルに早く電話をしなければ。携帯電話を右耳に当てると、一コール目が始まった瞬間に途切れてくれた。
「私、メリーさん。今、あなたが何を言うとしていたのか、気になっているの」
『やっほー。デザートがあるんだけど、食べる?』
私が大声で制止する前に、薄っすら『デ』と聞こえていたから、ある程度の予想はしていたものの、やはりデザートだったのね。もちろん食べるわ!
「せっかくだし、食べようかしら。ちなみに、どんなデザートなの?」
『メリーさんが楽しみにしてたやつだよ。んじゃ、紅茶も用意して持ってくねー』
そう答えを濁したハルが、通話を切った。私が楽しみにしていた物。紅茶がセットで出てくるなら、甘い物は確定でしょ? ならば、何が出てきても嬉しい。
紅茶と抜群に合う組み合わせといえば、やっぱりケーキよね。イチゴのショートケーキならば、なおよし。また食べたいなぁ、この組み合わせ。
「メリーさーん、持ってきたよー」
「ありがとう……、って、これ。もしかして」
薄白い湯気が昇るお盆を持って来たハルが、紅茶入りのコップをテーブルに並べていき、中央に置かれた皿を覗いてみれば。
見た目はゴツゴツしていながらも、ふわふわして柔らかそうな大きくて黄色い物が、六個並べられていた。
「シュークリーム、よね?」
「正解! ほら。前にアリオンで、お土産で買ってくるよって約束したじゃん? それが、このシュークリームになります」
「あ、このシュークリームがそうなのね。へぇ~、おいしそう」
調理学校の帰りがてらに、よく買って食べていると言っていたのが、このシュークリームなんだ。
分かった途端、アリオンで話していた記憶が蘇ってきて、すごく嬉しくなってきちゃった。
それにしても、一つ一つが本当に大きい。私の握った拳と、同等かそれ以上ある。これは、食べ応えも期待出来そうだ。中のクリーム、どれだけ入っているんだろう? 楽しみだわ。
「めっちゃ美味いよ~。んじゃ、いたたきまーす!」
「いただきますっ」
声を少し張って挨拶を交わし、気持ち大きめのシュークリームを手に持つ。見た目のゴツゴツ感とは相反し、手の平に伝わってくるのは、まるで綿のようなふわふわ感。
しかし、中はクリームがぎっしり詰まっているのか。思っていた以上にずっしりとしている。さあ、ハル御用達のシュークリーム、食べるわよ!
「んん~っ! すっごいクリームが入ってるっ」
このふわふわな生地。柔らかさもさる事ながら、すぐにクリームと混ざり合ってしまうほど薄い。二、三回噛めば、あっという間に居なくなってしまった。
そして、中身を大半支配していたクリームよ。卵の濃厚な風味がぶわっと出てきたから、たぶんカスタードクリームね。
クリームの量が圧倒的に多いというのに、しっとりしていてきめ細かくて、とろけるような舌触りをしている。スッと消えていく滑らかさが、すごくいい。
甘さは、しつこくなくて控えめね。なので、口当たりがとても軽い。後味もスッキリしているので、ついもう一口と食べたくなってしまう。
これ、紅茶との組み合わせは危険ね。紅茶のキリッとした上品な渋みが、口の中を完璧にリセットしてくれちゃうから、冗談抜きで何個でも食べれそうだわ。
「流石は、ハルを虜にしちゃうシュークリームね。最高だわぁ~」
「ふふっ」
「ん?」
不意に、どこか弾んだハルの笑い声が聞こえたので、視界を前に持っていけば。テーブルに肘を突き、手の平に頬を添えて、私を見ながら微笑んでいるハルが見えた。
あんな嬉しそうにしているハルって、なんだか珍しいわね。それに、なんでシュークリームを食べずに、私をずっと見ているのかしら?
悪い気にはならないけど。このまま食べ続けるのも、ちょっとアレよね。だんだん気になってきたから、ハルに聞いてみよっと。




