107話、欲望の赴くままに
「私、メリーさん。今、インターネットで美人について調べているの」
『え? どうしたの、急に? 美に目覚めた感じ?』
「ちょっと、色々あってね。ねえ、ハル。私、綺麗?」
『それ、違う人の決め台詞じゃ……。その人に、ちゃんと許可取った? べっこう飴いる?』
美人の振る舞い方について調べて、いくつかのサイトを覗いてみたけれども。これ、私とは無縁な事ばかり書いていない?
表情は、あまり豊かに表現出来ていないだろうし。化粧も然り、一度たりともやった事がないわ。こっちのサイトなんて、歩き方についても書いてある。
この美人オーラって、一体なんなんだろう? ニュアンス的に、たぶん補助系の魔法みたいな物よね。つまり、攻撃力や防御力が上がるとでも? ……すごいわね、美人オーラって。
「はいはーい。美人さーん、料理が出来ましたよー」
「あら、今日は早いわね」
美人オーラの効果について、調べようとした矢先。立てていたタブレット越しに、重めの器を置いた音が聞こえてきたので、画面を消したタブレットを床へ置いた。
「わあっ、サーモン丼じゃない」
広がった視界の先には、丼ぶりの縁ギリギリまで盛られた、色彩がハッキリと分かれたサーモン丼があった。
左側半分は、シンプルにサーモンのみ。表面に滲んできた艶の濃い油が、蛍光灯の光を滑らかに走らせている。
右側半分は、万能ネギの暴力ね。これでもかってぐらいに盛り付けられていて、主役のサーモンがまったく見えない。
しかし、万能ネギの方にも何か掛けられているのか。サーモンの油に負けていない、綺麗な艶が見受けられる。この艶、やけに食欲をそそる香ばしい匂いがするわね。
「あっ、分かった。これ、ゴマ油ね」
「そうそう。万能ネギの方に岩塩をまぶして、その上に熱したゴマ油を掛けたんだ。で、何も無い方には、わさび醬油を掛けてちょうだい」
そう捕捉を挟んだハルが、私の前に小皿を追加で置いてきた。醤油の濁りが強いから、わさびが多めに入っていそうだ。
「これで、二種類の味が楽しめるわね。なんだか、おいしそうだわ」
「なんて言ったって、私の得意料理の一つだからね。味には絶対の自信があるよ」
「へぇ、そうなんだ。って事は、よくこれを作ってたの?」
「そうだね。兄貴が超好きでさ。私が漁船に乗った時は、大体これを作ってたよ」
ハルの兄貴をも虜にする、得意料理の一つ。ならば、おいしさは約束されたようなもの。実際、シンプルで私でも作れそうな丼物だけど、見た目は妙においしそうなのよね。
「なら、安心して食べられるわね。それじゃあ、食べましょう」
「オッケー。いただきまーす」
「いただきます」
穏やかな気持ちで食事の挨拶を交わし、わさび醬油を何も掛かっていない方へ垂らしていく。さてと、どっち側から食べようかしらね。
わさび醬油との組み合わせは、合うと分かり切っているのに対し。万能ネギ、ゴマ油、岩塩の組み合わせは、初めて見る組み合わせだ。なので、味の想像がまだ出来ない。
ならばここは、体験していない味から攻めてみよっと。万能ネギに埋まったサーモンを、箸の感覚頼りに探し出し、万能ネギがなるべく落ちないよう持ち上げる。
どうやらゴマ油は、ご飯にまで浸透しているようで。ようやく顔を覗かせたご飯も、万能ネギと同じ艶を発している。
「んん~っ! サーモンとゴマ油、すごく合うじゃない」
口に入れて瞬く間に広がっていくは、全体と満遍なく絡んだゴマ油の香ばしい風味。これだけで、ご飯がどんどん進んでいきそうだわ。
しかし、旨味の連鎖は止まらない。次に、ゴマ油に溶け込んでいたであろう岩塩の、まろやかながらも強めな塩味がじわじわと出てきた。
そして、シャキっとした歯応えを残した、万能ネギの壁を越えた先に居る、全てを完璧に纏め上げるサーモンよ。
ゴマ油の奥深い風味にも劣らない、クリーミーで濃厚な旨味がギュッと詰まった甘味や油と、岩塩がものすごく合っている!
二つの風味が行き渡った、ご飯もそう。たとえ先にサーモンを食べ終えてしまっても、ねったりとしたゴマ油を含んだ岩塩を纏っているので、ご飯単体でも勢いよくかき込めるわ。
けど、全てにおいて異なる油っぽさがあり、一口目からどっしりとした重さを感じる。そこで、予め用意していた、わさび醬油の方へ逃げれば!
「う~ん! サッパリしてて、わさびが際立つわ~」
お前らの出番は終わりだぞと言わんばかりに、口の中を支配していた油っこさを忘れさせてくれる、キリッとした香り高い醤油の風味。
更に、清涼感溢れるツンとしたわさびが、鼻に留まっていたゴマ油の香りを奥まで流しつつ、後腐れなく共にスッと消えていく。
やはり、わさび醬油でサーモンを食べると、まったく違った印象を受けるわね。サーモンの油と甘味に、コクと深みをグッと引き立てる醤油。
油のくどさを上手く消し、旨味を前へ押し出して食べやすくしてくれるわさび。この、箸が止まらなくなるコンビネーション、最高だわ!
「ああ~、どっちもおいひい~っ」
「うん、懐かしい味だ。久々に食べたけど、めっちゃ美味いや」
「このサーモン丼、私も大好きだわぁ」
「おっ、マジで? そう言ってくれると、私も嬉しいよ」
本当に嬉しくなっているらしく。明るくはにかんだハルが、サーモン丼をかき込んでいく。流石は、ハルの得意料理だ。ハルの兄貴が気に入るのも、これなら頷けるわ。
「やっば。一杯だけじゃ、全然満足出来ないや。メリーさん。おかわり作れるけど、いる?」
「決まってるでしょ? 大盛りで頂くわ」
「大盛りか。だったら私も、特盛りでおかわりしちゃおっと」
「ちょっと、あんただけずるいわよ。だったら、私も特盛りでおかわりするわ」
「ははっ、りょーかい」
よしよし。これで私も、ハルと同じ量のおかわりが出来る。一杯目より多く食べられるなら、食べるペースを抑える必要なんてない。欲望の赴くままに、どんどん食べちゃおっと。




