106話、通の食べ方
「それじゃあ合計で、三百十円になりますよ」
「三百十円! 安いっ」
私が購入した『うんめぇ棒コーンポタージュ味』、『ベビースターダストラーメン』、『わさびのり次郎』。
女の子にオススメしてもらった、『ヤングヤングドーナツ』、『カステラ串』、『モロコヨーグル』。
男の子が持って来た駄菓子の山から決めた『ブタメェン』、『こぉ~んポタージュ』、『ウルトラBIGチョコ』。これだけ買ったというのに、合計金額が締めて三百十円だなんて。
こんなに大きい『ウルトラBIGチョコ』が、まさか五十円とは。風貌からして、百円ぐらいはしていそうだけど、本当に合っているわよね?
「なんだか、いい買い物をした気分だわ」
ひとまず購入した駄菓子を、長ネギの先端が飛び出た買い物袋に入れてみたけれども。三百十円とは、とても思えない重さをしている。
この量だったら、三、四日間はおやつに困らないわね。どれから食べようかしら? すごく楽しみだわ。
「おばちゃん! メリーお姉ちゃんが、ここでブタメェンを食べるからお湯貸して!」
「それと、いつものフォークもちょうだい!」
「あら、そうですか。はいメリーさん、フォークですよ」
「ありがとう」
子供達が催促すると、おばちゃんが透明な袋で梱包された小さなフォークをくれた。ブタメェンの大きさに合った、食べやすそうな形をしている。
「ポットは入口にあるから、それを使って下さいね。その下にゴミ箱がありますから、ゴミはそこに捨てて下さいね」
「ゴミまで捨てていいのね。分かったわ、ありがとう」
お湯が使えれば、ゴミまで捨てられる。正に至れり尽くせりだ。雰囲気も最高だし、ここで長居したくなってきちゃったわ。
早速ブタメェンを食べるべく、入口へ向かっていく。左側の邪魔にならない場所に、年季が入ったポットを見つけたので、ブタメェンの梱包を取った。
「ゴミは、ここに捨ててっと」
ポットが置かれたスタンドの横に、いかにもという黒いゴミ箱があり。そこにゴミを捨てつつ、ブタメェンの蓋を半分開けた。
「へぇ~。見た目は、ちゃんとしたラーメンっぽいわね」
インスタントラーメンに比べると、麺の細さは三分の一程度。うん。三時のおやつとして食べるには、もってこいの細さと量をしている。
どうやら、かやくはまぶされているようね。なので、あとはこの中にお湯を入れて、三分間待つだけでいい。
手間が掛からないし、すぐに食べられる。まるで夢のようなラーメンだ。
「お湯は、内側にある線まで入れればいいのかしら?」
「うん、そうだよ!」
「そう、ありがとう」
とは言ったものの。ポットを使うのは、これが初めてなのよね。確か、給油ボタンを押してお湯を出す前に、ロックを解除するんだっけ?
たぶん、そうだったはず。動画で何回か見た事があるから、きっと間違いない。健気な子供達の前で、恥だけは掻きたくないわ。
「よし、出たっ。わあ、いい匂い」
小声で喜び、心の中でガッツポーズをする私。お湯を入れた瞬間、熱々の湯気に混じり、食欲をくすぐるおいしそうな匂いが広がってきた。
よしよし。ボタンから指を離せば、お湯がすぐ止まる。お湯の出を細かく調節出来るなら、入れ過ぎる心配もない。
お湯が内側の線まで入った事を確認し、お湯を止める。お湯を入れた事により、容器がかなり熱くなってきたので、ブタメェンをポットの横にそっと置いた。
「あとは、三分待つだけね」
「ええ~、ちゃんと待っちゃうの? 一分ぐらいで食べた方が、固くておいしいのに」
「そうそう! ベビースターダストラーメンみたいにポリポリしてて、すごくおいしいよね」
「一分……。なるほど」
お湯を入れて一分で食べるのが、通の食べ方なのね。忘れないように覚えておかないと。
しかし私は、今回初めてブタメェンを食べる。だから初回ぐらいは、時間をちゃんと守って食べてみたい。
お湯を入れてから二分が経過したので、フォークを袋から取り出す。残り十秒前に、ブタメェンの容器を持ち、五秒前に蓋を剥がした。
「さあ、出来たわね。いただきます」
食事の挨拶を交わし、下から上へ持っていく感じで、麺をフォークで混ぜていく。こうすれば全体に味が馴染み、おいしく食べられるらしい。
「んん~っ! すごい、本物のラーメンみたいだわ」
息を吹きかけて麺を冷まし、なるべく音を立てずにすすってみれば。少し濃く感じるものの、尖りの無い丸みを帯びたクセになるしょっぱさが、口の中へ広がっていった。
この、ご飯が欲しくなる絶妙なしょっぱさが、またいい。大きめのおにぎりぐらいなら、ペロリと食べられそうだわ。
麺は、意外と平たくて柔らかい。軽くウェーブがかかっているので、スープを満遍なく絡み取ってくれている。
そのまま三口ぐらい麺を食べて、舌がしょっぱさに慣れてきた頃。とんこつと思われる風味とコクが、薄っすらと前へ出てきた。
チキンやコンソメとはちょっと異なった、まろやかで控え気味に収まっているコクよ。とんこつ味って、今日初めて食べたから、この味を基準にしていいのか迷うわね。
具は、白ゴマのみ。ちょくちょく感じる、とんこつの味に奥深さをプラスする豊かなゴマが、いいアクセントになっている。
「ほうっ……。はあ~っ、おいしかった」
いつものペースで食べていたら、スープまですぐに完食してしまった。これ、本当に駄菓子よね? ラーメンを食べたという満足感を、しっかり得られたわ。
余韻もそう。温かいスープを飲み干したから、体の内側がポカポカとしている。小腹と心地良さを満たすなら、持ってこいの駄菓子ね。
「メリーお姉ちゃん、すごくおいしそうに食べてたね」
「だねー。なんだか、わたしも食べたくなってきちゃったや。でも、お金が足りないんだよね」
「おれもー、今五十円しか持ってない。ちぇっ、また貯めないとなー」
両手を後頭部に回し、不貞腐れ気味に口を尖らせる男の子に。小銭入れを開き、残念そうに所持金を眺める女の子。なんだか、食べ歩きを始めたばかりの私を見ているようだわ。
あの時は、私も十円足りなくて、ウィンナーフライが買えなかったっけ。まだかなり近い過去だけど、かつての私も、こんな風にしょげていたんだろうなぁ。
仕方ない。この子達には、色々お世話になった事だし。美人なお姉さんらしく、お礼をしてあげよっと。
「あんた達。今日は、私がご馳走してあげるわ。だから、『ブタメェン』を持ってきなさい」
「え? ……本当?」
「い、いいの?」
「ええ。こんなにおいしい駄菓子を、沢山教えてくれたんだもの。二人にはお礼がしたいから、遠慮しなくていいわよ」
そうやんわり説得するも、私を見据えている二人は、目をぱちくりとさせたまま。しかし、『ブタメェン』が食べられると理解が追い付いたのか。
口と目が徐々に大きく開いていき、二人して「やったー!」と弾けた笑顔で叫びながら、その場で飛び跳ねた。
「ありがとう、メリーお姉ちゃん! 今すぐ持ってくるよ!」
「わたしも! メリーお姉さん、ありがとうございます!」
「ふふっ、こちらこそよ」
ペコリとお辞儀をした二人が、ブタメェンのある棚まで駆けて行く。二人共、本当に嬉しそうな顔をしていたわね。お礼をした甲斐があるってものだわ。
さてと、せっかくだし。私も、もう一個だけ『ブタメェン』を食べちゃおうかしら。みんなと一緒に食べた方が、よりおいしく感じるだろうしね。




