クマオとヌイクマくん
秋の終わり、山の小さな湖の外れ、クマオは歩いていました。
クマオはずっとお母さんといっしょでしたが、もう大きくなったので巣立ちをしました。
「はぁあ。寂しいな。ひとりぼっちだ」
下を向いてトボトボ歩いていると、むこうの方に子熊がぽつんといることに気が付きました。
「あれ、きみどうしたの?ひとりなの」
ほかの熊と会えて嬉しいクマオは、興奮気味に聞きましたが、子熊はなにも答えません。
「どうしたの?元気ないの」
不思議に思ったクマオは、前足で子熊の背中を軽く押したのですが、勢い余って踏みつけてしまいました。
「ごめん!!大丈夫?!そんなつもりじゃなかったんだ」
子熊は動きません。大変なことしてしまったとビックリして、今度は鼻先で突っつきます。
すると子熊から人間の匂いがしてきました。そこでクマオは、
「きみは、ヌイグルミだったのか」
と気が付きました。
そうです。それは子熊のヌイグルミだったのです。ですので、話すことも動くことも出来なかったです。
ところがクマオは、その匂いからヌイグルミの思い出を感じる取ることが出来ました。
街に住む坊やが、パパ・ママとこの湖に遊びに来た時にうっかり落としてしまったのです。
「そっか。きみもひとりぼっちになっちゃったんだね。じゃあ、いっしょに遊ぼう。キミのこと、ヌイクマくんって呼ぶね」
頭の上にヌイクマくんをのせて、のっしのっしと歩いて行きます。
クマオのはじめてのお友達です。
ですが、ヌイクマくんから坊やとの思い出がどんどん匂ってきます。
夜泣きする坊やへ、ママが慌ててヌイクマくんを持っていくと、安心して寝つきます。
公園へヌイクマくんを連れていき、すべり台をすべります。坊やはヌイクマくんを弟のように思っています。
そんな風にまるで、クマオにお話しをするように思い出が匂ってきます。
「やっぱりヌイクマくんは、坊やといっしょにいたいのかい?」
プラスチックで出来た瞳に、涙が浮かんできたように感じられます。
思い出の匂いを辿っていけば坊やのお家にたどり着きます。
お母さんから、街に行ったら怖い目にあうから絶対に行ってはダメよ。と強く言われていました。
ですが、せっかく出来たはじめてのお友達のために、坊やのお家の前へ置いて行くだけなら大丈夫だと思い、街を向かって山を降り始めました。
森を抜け、川を渡ろうとすると、
「ねぇ、どこに行くの」
と声を掛けられました。見ると熊の女の子、クマ美ちゃんが川で魚を取っていました。
今度こそ遊べると喜びましたが、クマオはヌイクマくんを坊やのもとに届けると約束をしましたので、
「街まで、この子を坊やのもとへ届けるんだ」
と、どうどうと答えました。
「街に?それは大変なことになるわよ。わたしといっしょに冬眠の準備をしましょう」
とても嬉しかったですが、クマオは、
「すぐ戻って来るから、そうしたら準備しよう」
といって川を渡りました。
山のふもと。目の前には、車がはしるような大きな通りがあります。
「この道を行けば、坊やのお家にたどり着くね」
すると、少し離れたところで車が止まります。
車の中にはあの坊やがいて、窓からヌイクマくんに向かって、大きな声をあげています。
パパは坊やのためにヌイクマくんを取り戻そうと、不安そうな顔で車から降りて来ます。
クマオは坊やのところまでいってヌイクマくんを渡したかったのですが、その場で降ろして山に戻りました。
すると森の中から、あのクマ美ちゃんが手招きをしています。
「このままだと人間がたくさん来て怖いことになるから、わたしのお家で冬眠しましょう」
と、クマ美ちゃんが山をかけ上がっていきます。
クマオが振り返ると、坊やが嬉しそうにヌイクマくんを抱きしめています。クマオはほっとして、クマ美ちゃんの後を追いかけました。
クマ美ちゃんのお家で魚料理をごちそうしてもらって、お腹がいっぱいになると眠くなりました。
となりではクマ美ちゃんが眠っています。もうクマオはひとりぼっちではありません。
坊やが自分とヌイクマくんの思い出の匂いを感じてくれたらいいな。と思いながら、クマオは眠りにつきました。