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虚構の夢人  作者: 柊
8/21

 藍省都 スイカク


 黒い街並みが広がる中、悠李と祝融は一軒の邸宅に案内された。


「ここは、要人が来客した時に使うものだ。好きに寛いでくれ」


 蒼家が管理する邸宅の中、入口に置かれた二つの小さな石像に悠李は目を止めた。石を削り作られたそれは、馬と龍を掛け合わせたような姿のものと、四頭の龍が絡まる様に一つに合わさった物が静かに佇んでいた。大きな家には、それぞれが主体として祀る偶像を置いてある事は珍しくは無かったが、龍人族の家に訪れる機会は無く、小神殿へ赴かない悠李にとっては見慣れない姿形だった。

 

「麒麟と、四海竜王だ」


 祝融は、説明も適当に一瞥すると、悠李に中へ進むように言った。気になりつつも、蒼公がどんどんと奥へ進むため後に続くしかなかった。

 応接間に案内され、椅子に腰掛けると、早速と蒼公が口を開く。


「まずは、姜校尉。貴女は、あれらと同類と見て宜しいかな」


 これには、流石に悠李も苛つきを覚えた。相変わらず、何を考えているか分からない笑みを浮かべる男だが、悠李は敵意を見せるわけにもいかない。


「同じ部類では有りますが、同類と見做されるのは、甚だ遺憾です」

「では、何が違う」


 怒りを煽られている事だけは手に取る様に伝わっている。悠李は膝に乗せた拳を握り締め、堪えるしか無かった。


「祝融様、私はどこまで話して宜しいのでしょうか」

「全て話して問題ない。どの道、あれらが来たとなれば、先に話した方がお前の為だ」


 祝融も又、蒼公に鋭い瞳を向けていた。

 では、と悠李は一息ついた。本当なら、過去など忘れたまま生きたかったが、物事は自身の思うままにならない事は身を持って知っている。やけくそとまではいかずとも、腹の中を晒し、蒼公を満足させるしかない。


「先ほどの書物から、あれらが魔術師である事は分かりました。私も同じ一団に所属していた事は事実です」

「ほう、その魔術師とは?」

「異能に近い能力を使います。ですが、異能程の威力は無く、それ程驚異とは言えません」


 蒼公の顔から笑みが消え、目つきは鋭くなった。


「……異能との違いの説明を」


 今までに無かった圧迫感に耐えながら、悠李は言葉を続けた。


「異能は、個々特有の力を使いこなす事が出来ると聞きました。魔術は、体内にある魔素を使い幻を具現化しただけのものです。想像を、体感や知識でより本物に近づけているだけです」

「それは、想像次第では驚異なのでは?」

「いいえ、頭に思い浮かべた火に温度は無く、ただの幻です。現実に近づけるには、それを体感するか、知識で補うしか無いのです」


 蒼公は、まだ納得できていないのか、顔は険しくなるばかり。


「船人達が、貴女を探している理由は何だ」

「多分、その魔術に関する事でしょう」

「簡潔に述べてくれ」


 悠李は、一息つくと右手に意識を向けると力を込めた。胸元に手を当てると、身体を傷付けることなく肉の内に飲み込まれていく。

 それを目の当たりにした二人は、息を呑んだ。血も出ていないどころか、胸元が波打っているようにも見える。その手が触れているのは、現実で無い何かだ。

 悠李が手を引き抜くと、小石程度の赤く小さな塊が掌の上で転がっている。悠李の顔色は青ざめ、それが苦痛であると指し示していた。


「これは、魔素と呼ばれるものです」


 悠李は蒼公に手渡した。


「ただの赤い石ころだな」

「見た目は、そうでしょうが、それが魔術の素になるものです。それを取り出すのは、命を取り出すも同然です」


 その言葉で、蒼公は反応した。今、手中にある石ころは、目の前にいる女の命そのものだ。そして、女が異邦人として、この国へ来た手段が脳裏へ過ぎった。

 

「貴女は、不死身だったな」

「ええ。魔素の器、核、第二の心臓、それを他人から取り出し、体内に取り込むと、より強い魔術師になれる」


 蒼公は魔素の塊をまじまじと眺めた。


「それが、理由だと?」

「恐らく。私がいれば、どれだけでも作り出す事が出来る」

「……成程、穏便に済ますには、貴女を渡すのが早いと思ったが、そうもいかなくなったな」


 祝融は堪らず、蒼公を睨んだ。


「姜公、いくら真偽の間で無いとはいえ、迂闊では?」

「迂闊に話しているのは、そちらだ」

「言っただろう、そうもいかなくなったと。こちらに来る手段を持つ者に、わざわざ国力を上げる手段を渡す気はないと言ったのだ。そう、怒るな」


 蒼公の表情は、いつの間にか先程までの飄々としたものに戻っていた。


「さて、姜校尉。あれらを呼んだのが、貴女でないと思って宜しいな」

「手段があったとしても、有りえません」

「では、敵と認識するか?」

「私の敵では有ります。ですが、この国の敵とするには時期尚早かと」


 悠李は疲れた顔色を残しているが、それでも、気丈な振る舞いを見せた。


「貴公は優秀な官が居て羨ましい」


 未だ怒りが収まらず、祝融の目つきは険しいままだった。


「やらんぞ」

「貴公が居なければ、こちらに勧誘でもしようと思っていたのに」


 蒼公は何が本音かなど、分からない。悠李は鵜呑みにする事無く、聞き流すことにした。


「校尉、リショウかルネという名に覚えは?」

「リショウは、老師の一人ですが、はっきりと顔は覚えていません。ルネは同一人物であれば、知り合いです。女ですか?」

「女だ。信用に値するか?」


 悠李は、信用の意味がわからずとも、自身が知るルネを思い浮かべた。


「とても、信用の足る人物とは……」

「使えるか」

「使い様によっては」

「どんな人物だったか教えてくれ」


 悠李は考え込んだ。何と説明すれば良いのか、悩ましいのもあった。それは、彼女が行っていた事をよく知っていたからだ。


「何と言いますか、有力者に取り入る事で身を立てていました。……その、女を使って」


 悠李が言葉を濁した事で、二人は何と無くだが、それを悟った。

 だが、蒼公は、一度見たルネの礼儀正しい姿からは、それが想像できないでいた。


「まあ、人にしては良い女だったが……違う人物だろうか……」


 有力者に取り入れるのならば、わざわざ、悠李を探しにくる部隊に参加する必要などない。悠李も、違う人物ではないのかと、考えてはいた。


「基本、貴族相手にしていたので、礼儀は身につけています」

「……あれは、私に取り入るつもりで、話していたのか?」

「可能性は有ります。ですが、何故ここに来たかが疑問です」


 彼女は、技量は低くはないが、力量はそれ程でも無い。


「女の魔術師は、待遇があまり良くは有りません。顔が整っていれば、貴族に取り入った方が生きやすい。それができていた彼女が、危険を犯してまでここに来た真意が分かりません」

「校尉を探す事に興味は無いと言っていた」

「……ならば、彼女はあちらで失態を犯し、辰を裏切る前提でこちらにきた事が可能性として挙げられます」

「であれば、使えんな」


 蒼公はあっさりと、言い切った。一度裏切ったのなら、二度目もある。


「もう一人のリショウについては、どれぐらい知っている」

「あまり……老師の中でも穏健派であるとしか」

「その老師の意味を」

「魔術師一団を束ねている最高位の者を最長老と呼び、その下に最長老に次ぐ実力のある者として、老師が選ばれます。基本的に不死であると思っていただければ」


 蒼公の眉がぴくりと動いた。


「……魔術師は不死なのか?」

「全てでは有りませんが。こちらと違って、生まれる者では有りません。極めたものが成るものです」

「どう違う」

「こちらの不死は、生まれ持った強さが有る。あちらは、気を抜けば死ぬ。寿命を自ら維持しなければ、なんら只人と変わり有りません」


 蒼公は、納得できないでいた。どの説明を聞いても、悠李の強さには繋がらない。その大した事の無い連中が育てたと、到底思えなかった。


「貴女の強さの理由は何だ」

「私は……」


 悠李は言葉が出てこなかった。祝融を一瞥し、正直聞かれたく無いとすら思えていた。


「悠李、話せ」


 命令だった。この機を逃せば、悠李は自分の事を隠し続ける事が祝融には、わかっていた。

 だから、今しかないと。


「私の師も、老師の一人でした。彼は、強さを追い求める者で、他と比べ物にならないぐらいの強さを誇っていました。彼は、自らを追い込み、鍛え上げることが、より魔素の器を強くする事だと理解していました。そして、弟子であった私にも同じ事を求めました。今では一般的に師の方法が使われていますが、それでも、彼程己や弟子を追い込む者はいないでしょう」


 悠李は、痛みに耐える日々が脳裏に浮かんでいた。鍛えるとは、名ばかりに殴られ、追い込まれ、逃げようとしても連れ戻される。その日々があったから、今の強さがあるが、思い出したい事では無かった。


「私が不死身と知っていた師は、誰よりも、私を厳しく鍛えました。逃げる事も出来ず、ただ強くなるしかなかっただけです」


 祝融は、悠李が従順な理由がそこにある様に思えた。従順に生きるしか無かったのだと。


「聞くが、貴女と同等の強さを持つ者はどれぐらい居る?」

「師も、兄弟子も皆、辰には居ません。異国に行きました」


 悠李の顔色は穏やかなものだった。置いて行かれたと言っているのに、何故そうも澄ましていられるかが、祝融にも蒼公にも理解が出来なかった。


「悠李、お前……」

「師は私を最長老に引き渡す事で、異国に行く手段を得ました。その時言ったのです。いつか、時が来たら助けてやると。お陰で目が覚めました」


 言葉を無くした二人を他所に、悠李は続けた。


「遠くに行くのであれば、従う必要は無い。漸く、そう思えました。彼が私を手放してくれたお陰です」


 異常だった。悠李は淡々と述べたが、その姿は誰が見ても異質に映る事だろう。


「(これでは、まるで異常者では無いか)」


 祝融は悠李が精神的に強いのは知っていた。囚われた日々を耐え、神域である白仙山を一人彷徨った。ただ不死身だから為せる事では無い。

 だから、その異常性が、悠李が異形にならなかった理由なのだと。


「これが、全てです」


 蒼公は、ただ一言「分かった」とだけ答えると、再び手中に手にしたままの魔素を見た。石ころと呼んだそれをじっと眺める姿は真剣そのもので、耐えず笑顔でいた男とは別人だった。


「明日、あちらの者と面会させるが、宜しいか?」

「問題ありません」

「では、頼む」


 石ころを、悠李の手に返すと蒼公は、早々に部屋を出た。


「蒼公は納得してくれたでしょうか」

「問題無いだろう」


 祝融は隣に座る悠李を見た。


「(納得を通り越して、動揺させたがな)」


 狼狽える様を祝融に晒す程に、蒼公の予想の範疇を超えていたのだろう。それは、祝融も同じだった。


「……お前は、師を慕っているのだと思っていた」

「師としては尊敬していますが、人としては屑です」


 悠李の言い切る様に、ちらほらと悠李の本性が見え始めた。悠李は気にする事無く、用意されていたお茶を一口啜った。


「お前、此方に来てから猫を被り続けていたのか」


 悠李は湯呑みの中を見つめたまま、ポツリと呟いた。


「それをお求めだったのでしょう?」


 祝融は答えなかった。

 優秀で、礼儀正しく、従順な姜悠李。時には武官として勇ましく、時には淑女らしく、それが悠李に求められたものだった。

 悠李はそれに応え続けた。受け入れられる様に、見捨てられない様に、誰よりも努力し、前だけを見続けた。


「蚩尤様ですら、それを私に求めている事は知っています。不満は無いのでご安心を。身分を受けた身であるなら、それなりの格を要する事も理解しておりますので」


 そう言って、また湯呑みに口をつけた。


「……お前の蚩尤への想いも演技か?」


 祝融からの疑いとも取れる眼差しに、悠李は目を向けた。


「あの方がいるから、私はここにいるのです」


 それは、蚩尤の存在が無ければ、此処にいる意味は無いと言っているも同義だった。


「主の前で口にするべき言葉ではないな」

「失礼しました。不快にさせたのであれば、謝罪します」

「構わん。その為に身分を授けた」


 決して、お前の為ではない。祝融は自分に言い聞かせている様だった。

 歪な主従関係が、二人を繋ぐ唯一のものでもあった。


「悠李、丹で過ごすお前の姿は全て偽りか?」

「いいえ、全て気に入っています。心穏やかに生きられる」


 祝融は溜め息を吐いた。何が本心かなど、どうでも良い。それでも、厄介なものを抱え込んでいることにも、それを手放せない事にも、悩ましい限りだった。


「この件を片付けたら、とっとと帰るぞ」

「承知しました。あ……そうでした」


 悠李は、大事なことを忘れていたと、祝融に向き直った。

 祝融が一息つこうと、口に茶を含んだ瞬間だった。


「この件が片付いたら、お休みを下さい」


 祝融は口に含んだ物を吹き出しそうになった。


「今の話で、何故そうなる」

「別に今思いついたわけではないですが、蚩尤様と旅行にでも行こうと思っていまして」


 先日の蚩尤の件もあってだろうとは考えられたが、あまりにも唐突だった。


「俺は、お前の上官は俺では無い」


 祝融はあくまで、姜家の当主であり、悠李は丹省軍の所属だ。今回は国事への協力だから共に行動する事になったが、本来は管轄が違う。


「そこを含めてお願いしています」

「俺に共工を説得しろと。国事と省事は別物だ。戻ったら仕事が溜まっている。どうするつもりだ」

「何とかしますよ」


 本来なら、丹の校尉である悠李は、国事に関わる必要は無い。命令を下したとは言え、祝融も悠李の仕事を差し止めているのはこの状況だとは理解していた。


「俺に選択権は無いのか」

「有りますよ。今私に許可を出すか、戻られてから蚩尤様に説得されるかのどちらかです」


 どう考えても選択肢など無い。後者の方がより厄介だ。


「……蚩尤は、問題無いのだな」

「ええ。だから、心置きなく藍に来れたのです」


 悠李の顔に不安は無い。どうやって説得したかは分からないが、それでも役目を全うしているのだと祝融は得心した。


「良いだろう、何とかしてやる」


 祝融は、隣で満足気に笑みを溢す女に、腹立たしさを通り越して呆れていた。

 随分と強かになったものだ。人間味を帯びたと言えばそれまでだが、素直に自分の要望を口にする姿に丹での暮らしを気に入っているのは、本音なのだろう。


「……話を戻すが、お前の師は居ないと断言出来るのだな」


 話を聞く限りでは、悠李よりも強さを持つ者だ。それがいたら厄介だろう。


「居ません。いたら、とうに藍に手を出しているでしょう。まごつくような男でもありません」


 屑とは言ったが、やはり師としての評価は高いらしく、現状大人しくしている船人達を卑下している様にも聞こえた。


「それだけ、お前が評価する男は何故国を捨てた」

「最長老と折り合いが悪く、師の不満が我慢の限界を迎えた結果ですね」

「成程な。最長老を捻じ伏せようとはしなかったのか?」


 悠李の顔に陰りが見えた。


「出来ないからこそ、国を出る選択をしたので。」

「……厄介なのは、そちらか」

「ええ、千年生きる(けだもの)です」


 祝融は目を丸くした。その千年を優に超える男を目の前にして、淡々と述べる悠李に呆れるしかない。


「俺を前にしてよく言えるな」


 悠李は言葉を間違えたと、わざとらしく咳払いをした。


「千年生きるから獣なのでは有りません。その手段があれを獣たらしめるのです」

「……手段とは」

「本来、同国の魔術師同士で魔素を取り合うのはご法度です。内乱の火種にしか、なり得ませんから。あの男は、それを破り、人の命を喰らい続けて生きている」


 人の命、即ち魔素というものが魔術師を強くし、不死の存在へと変貌させた。


「お前が必要な理由か」

「そうです。手を汚す事なく、安易に手に入る手段を、みすみす逃すつもりは無いと言う事でしょう」


 まるで悠李は自身をモノであるかの様に述べた。


「お前は同類と見做されていないと言う事か?」

「奴隷どころか、家畜同然でしょう。その扱いをしておいて、同類と言うなら滑稽としか言いようがありません」


 悠李は顔を曇らせ低く笑った。

 書状には、悠李を魔術師と記してあった。書面上とは言え、悠李は今更人扱いをされている事が、滑稽以外の何物でも無かった。


「馬鹿な連中ですが、老師であるリショウは気を付けねばなりません。温厚を装っているのか、未だ行動を起こしていない。私を見て、どう行動するかが見ものですね」


 悠李の悪意の篭った表情に、祝融は顔を顰め悠李を睨みつけた。


「過去に引き込まれるなよ。あくまでお前は丹の武官、姜家の息女である事を忘れるな」

「……心得ております」


 祝融の言葉で我に帰った様に悠李は穏やかな顔つきに戻っていた。


「問題は他にも有る。どうやってこちら側に辿り着いたかだ」

「そればかりは、調べてみない事には……」


 そこに関しては悠李では無く、この国の領分だ。だが、頼る術も、調べる手段も今は無い。今回の主導者である蒼公に任せるしかなかった。


――


 郭園は野営地からも近く、何かと便利と拠点にしていた智庚の邸宅へと戻っていた。


「話し合いは如何でしたか?」


 居間には先に戻っていた智庚が既にくつろいでいた。智庚が声をかけると、郭園は大きく音を立てて長椅子に座り込んだ。

 明らかに機嫌が悪い。智庚は様子を伺いながらも、祖父に話しかけた。


「どうされたんですか?」


 ああ、と適当に返すばかりで、いつもわざとらしく笑っているくせに、今はそれも無い。


「何か問題でも?」

「いや、姜伯夫人を取り込めたらと考えたが……」


 祖父が言い出した言葉に、智庚は呆れて空いた口が塞がらなかった。


「(そんなことを考えていたのか)」


 様子からして失敗に終わったのだろう。


「それで上手くいかなかったから、機嫌が悪いのですか?」


 言葉にすると、子供が癇癪を起こしている様にも聞こえる。だが、郭園の様は、そんな可愛いものでもなかった。

 

「……なんと言って良いのか。取り込めなくて良かったと思えた」


 祖父が何を言っているのか、よく分からない。


「智庚、俺は人の姿をした化け物を見たことがある」


 それが何を指すかを、郭園は言わなかった。いつもの様に、戯けた姿でなら笑い飛ばせる話だったのだろう。だが、郭園の姿は真剣そのもので、その時を思い出しているのか、その目は遥か遠くを見ていた。


「突然何を言い出すのですか」

「今日、また、それを見たと思った」


 今日と言うなら、それは姜伯夫人の事だろう。智庚は、容易に想像がつくも、彼女の姿からそれは想像できるものではなかった。


「私の前とは言え、あまり口にしない方が良いのでは?」

「そうは言ってられん。化け物を育てた化け物が、外界にはいると言う話だからな」


 智庚は驚いた。船人達が外界から入ってきた手段が分からない今、それは脅威が外界には幾らでもいると言う事になってしまう。


「神の時代が終わり、人の時代だ。これからは、外に目を向けなければならない時代が来るかもしれん」

「まだ、手段があると決まった訳では無いのでしょう?」

「だが、のんびり構えていては、この国は簡単に落ちるだろうな」


 智庚は返す言葉も無かった。今回の騒動は、外界から人が来ない事が前提の為、手順も無く、手こずっている。

 彼らを拘束する術も、どう対処するかも、外界から来た姜伯夫人に頼りきりの状態だ。もし、姜伯夫人の様な者が明確な敵意を持って現れたらそれは……


「今回の件でよく分かった。矢張り、外界の知識は必要だ。姜悠李が無理ならば、あの女、取り込むか」


 ルネと言う女、使えないと判断はしたが知識は欲しい。脅威が来るなら、この件と同様に青海からだろう。その度に、丹に居る姜伯夫人を頼っていては、手遅れになるだけだ。


「神頼みはもう終いかもしれんな」

「そんな……」


 それは、神を信じないと言っている様なものだ。青海から人が入って来ない事で守り神と崇め奉った存在が、その役目を果たさない。それを信じてばかりいれば、国すら滅ぶ事もあり得る。


「さて、明日どうなるか……」


 新たな思惑を胸に、郭園は思考を巡らせ、明日を待つ。

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