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虚構の夢人  作者: 柊
3/21

藍省 グイ村付近


 村近くに省軍により、天幕が幾つも張られ、総勢百五名の船人達は全て保護された。

 衰弱しきった者達は深い眠りの中だ。藍省軍の監視のもと、治療が行われたが、目覚めを待つ他にできる事は少ない。

 その間に皇宮に正式な書簡と共に伝達役が送られ、皇宮からの返答があるまで、厳重な監視体制が敷かれる事となったのだが……。


「面倒な事が起こったものだなぁ」


 陽皇国元老院が一人、(そう)郭園(かくえん)はため息混じりに、天幕の中を眺めた。慌ただしく、動き回る者達を他所に、天幕に寄りかかりながら、覇気の無い顔を見せている。


「お祖父様、指揮が下がりますので、やる気が無いのでしたら外でお待ちください」


 智庚に、お祖父様と呼ばれた郭園の姿は、智庚の若さと大差は無い。兄弟にも思える姿ではあったが、二人が五百年の寿命を持つ龍人族である事を鑑みれば、別段におかしな事でもなかった。

 本来であれば立場は逆である筈だが、智庚はあからさまな態度を隠しもしない祖父に、立場が下でも郭園に怯える事なく、厳しく叱咤した。


「お前は厳しいなぁ。矢張り、お前をこんな田舎で燻らせとくのは勿体無い」

「私の事よりも、今はこの状況に集中して下さい」

「聞く事は聞いたし、()()異邦人の件もあるから、ここにいるだけだけからなぁ」


 掴み所のない、その様に、智庚は頭を抱えた。

 郭園は、諸侯正亥の実兄だ。蒼家当主でも有り、本来であれば、藍では正亥より上又は同等の立場となる。その立場から、国事とされ、それぞれの省より一人づつ薦挙される皇帝の次に権力を保持する存在と言われる元老院の一人を担っているが、とてもその様な重役についているとは思えない口振りだ。

 昔からこの人はそうだ。年齢を思わせない態度で、正直調子が狂う。齢三百を超えていると言うのに、厳格さなど微塵も見られない姿。何故、元老院など全う出来るのか、智庚には些か疑問だった。


「どうお考えですか」

「まだ分からんな。一人で良いから目覚めてくれると良いんだが」


 それまで暇だな、と呟くと、大きく伸びをして欠伸までする始末。


「良くそれで、元老院が務まりますね」

「他が固すぎるんだ。一人ぐらい俺の様な者がいても良いだろう」


 龍人族は、無表情の者が多い。冷静で、挙動を見せない。そう思われる事が多いが、全てがそうでは無い。飄々とした者、常に笑みを絶やさず温和な者、挙動不審で人前に出ることすら出来ない者、実際は人と大して変わらない。

 天幕の隅で、そんなやりとりをしていると、兵士の一人が、天幕の外から二人を呼びかけた。


「郭園様、智庚様、夏珀将軍がお呼びです。一人、目覚めました」


 その瞬間、郭園の表情が変わった。珍しく真面目な顔を見せる郭園に智庚は黙って付き従うだけだ。そして、兵士が案内したのは、一番離れた天幕だった。


「ここです」


 先程の天幕の中とさして差はなかったが、一人その場で身を起こした若い男が、兵士に取り囲まれていた。男は虚ろな目を見せ、兵士に取り囲まれている事を不審がり、警戒をしている様子。その虚な目を前に、眼前で腕を組んで座る夏珀を映していたが、怯える様子は無い。


「何か話したか?」

「今の所、何も」


 兵士の言葉に、郭園は目下警戒中の夏珀に近づいその肩に手を置くと、上手く事が運んでいないのか、険しい顔をした甥の姿がある。


「蒼将軍、交代だ」

「……お願いします」


 夏珀が下がり、郭園は用意されていた椅子に座ると相手を眺めた。この国の者と言われても、大差ないその顔立ちに、出身など聞く必要もない様に思える。

 今も警戒を続ける瞳は、動じることは無い。


「さてと……私はこの国の……まあ、国事に関わっていると思ってくれて良い。名前を伺っても?」


 男は答えなかった。ただ郭園を見据え、沈黙を守っている。相手を脅した所で、意味はないだろう。郭園は飄々とした態度を見せた。朗らかな笑顔を見せ、敵意はないと示したかったわけだが、郭園を知る者から見れば、胡散臭いの一言だろう。


「あぁ、軍に関して警戒しているのなら、誤解をしないで欲しい。そなたの様な異邦人の来訪には付き物なんだ」


 これは嘘だった。これだけの大軍が必要になったのは、異変を知らせる鐘の音と、前例の異邦人の件があるからだが、流れる様に口から出る嘘を見抜ける者は少ないだろう。


「こちらとしては、旅人のそなた達を保護したいが、名前も素性も旅の事情も知らないでは保護の仕様がないだけだ。何でも良い、話してくれると、こちらも動ける」


 智庚は表情こそ変えなかったが、よくもまあ、都合よく話したもんだと、ある意味で感心していた。

 饒舌に、あたかも肩を持つように話しているが、反面、事情一つで拘束もあり得るのだと言っているも同然に聞こえていた。


「(男は、どう汲み取るか……)」


 暫くすると、男の口が動いた。


「国事に関わっていると言うなら、交渉は可能か?」

「ある程度は可能だな。内容にもよるが」


 男は、また黙った。今度は警戒していると言うよりは、何かを考え込むように郭園から目を逸らしている。そして、郭園に目線を戻すと、また口を開いた。


「名前は、ジウンと言う」

「ジウンか。姓はあるか?」

「無い」

「何処から来たんだ?」

「辰帝国だ」


 郭園は、その国には覚えがあった。

 十五年前、外界より一人の異邦人が現れた。それは、異変をもたらす存在とされたが、今は脅威ではなくなり、丹省(たんしょう)治める(きょう)一族の当主の養女となり、名を姜悠李と改めた。

 現在、姜一族の一人の姜伯蚩尤と婚姻関係を結び、校尉として務めている。

 その姜悠李の話はある程度が記録として残され、元老院ならば閲覧が可能だ。郭園もまた、彼女に興味があり、情報開示と共に資料は全て閲覧していた。

 その女の出身こそ、辰帝国だったのだ。


「それで、目的は?」

「俺からは話せない。交渉出来る人物が生きているなら、紹介する。そちらに聞いて欲しい」


 男も一筋縄ではいかなかった。その者の許可がなければ話せないのか、自分では判断できないだけか。判別はつかないが、どちらにしろ、今の状況では脅してまで聞くつもりは無い。


「船に乗っていた者は全て生きている。歩き回れそうなら、今一人一人顔を見て確認して欲しいが……」

「……正直、歩くのはまだ辛い」


 時間稼ぎという訳ではなさそうだった。まだ目覚めたばかりで、本調子という訳ではないだろう。顔も少しばかり青白く変わっていた。


「今日は休んだ方が良さそうだな。また、体調が戻ったら話を聞かせてくれ」


 郭園は、男を休ませる様に指示を出すと、その場を離れた。天幕を離れ、適当に歩くと後ろを着いて歩いていた智庚に話し掛けた。


「厄介だなぁ」


 ぼやく言葉に、真剣なのか愚痴なのか。智庚はいまいちわからなかったが、それでも真面目に答えた。


「素直に話してはもらえ無さそうでしたね」

「いや、組織だよなぁ、と思って」


 男は話せないと言った。それは、命令がなければ動けいないとも取れる言葉だ。


「……紹介すると言ったのは、頭目という事でしょうか」

「明らかに目的を持って行動してるな。自分が置かれている状況を聞きもせず、動揺もしない。そして、あの男には話す権限が無い。更には、俺達にはどれが頭目かもわからないし、あの男が紹介するといった者が本当に頭目なのかもどうかもわからない」

「もう少し、聞き出しますか」

「話さんだろう。下手に警戒されて、暴動を起こされても困るしな」

「力がある者と、想定されていますか?」

「軍人を前に警戒こそするが、萎縮もしない。俺が国事に関わると知って口を開いた。一般人じゃないだろう」


 男が辰帝国を口にした事で、男の実力を測らなければならなくなったが、姜伯夫人の技量を知る郭園には当然の判断だった。


「交渉出来そうな人物を待っていたと?」

「可能性は有るな……姜伯夫人を知っているか?」

「噂程度でしたら」

「彼女の出身も辰という国だ」


 智庚は、同じ国の出身というならば、彼女の言葉ならばもう少しばかり素直に話してくれるのではとも思えた。何より、運よく顔見知りでもいれば、事情を聞くことも出来るだろう。


「……では、こちらに来て頂きますか?」

「お守りが厄介なんだよなぁ」


 また、ぼやきだった。明らかな面倒といった態度と共に、郭園は首を捻った。


「養父は、姜公(きょうこう)(公は元老院の位を指す)ですよね。同じ元老院ではないですか」

「それと、夫の姜伯。こちらがなぁ、諸侯をやっていた時に何度か会ったが、食えない爺さんだった」

「同類では?」


 孫の素直とも言える嫌味な言葉に郭園は笑うしか無かった。


「ははは、お前もなかなか言ってくれる。だが、俺なんぞ優しい方だ」

「ですが、国事となれば、あちらも動かざるを得ません。何より、何故厄介なのかが良くわかりません」


 面倒な人物というだけでは、厄介とはならない。いくら不真面目に見えても、郭園にそれぐらいの分別がある事は知っていた。


「姜伯夫人は、現在校尉だ。一度御膳試合に出たぐらいで、国事に関わっていない。そして、表にも出てこない」

「一省の武官なら、普通では?」

「彼女は普通では無い。異邦人であり、あれ程騒ぎがあったというのに、彼女の開示された情報は余りに少ない」


 そうは言っても、開示された情報を見る事が出来る者は限られている。智庚には知る由もない情報だった。


「私には、開示する権限がありません」

「大した事は載っていない。彼女は、辰国の魔術師という組織に所属していて、妖魔狩りをしていたという事ぐらいしか言えないな。他に載っている事は話せないが、それの殆どが彼女個人に関する事ではない」


 それは確かに妙だった。あれ程騒がれた人物なら、詳細な情報が開示されてもおかしくはない。まるで、作為的に情報を隠している様にも見えた。


「姜公が、よく知りもしない、誰かも分からない人物を信用して養子にしたと?」

「そう言う事になるな」

「実力は、夏珀叔父から聞きましたが……」

「あれな。大負けだったぞ。俺は笑ったがな」


 自身の省の将軍、しかも甥が御前試合で負ける場面で笑う必要がどこにあるというのだろうか。しかも、その隣には将軍の父であり、諸侯で有り弟の正亥が座っていたはずだ。

 大叔父もこれが兄では、大変だろうと、思わずにはいられなかった。


「笑わないであげて下さい。しかし、校尉でありながら、将軍職を打ち負かすなんて……」

「まあ、姜公の御子息の姜将軍の実力には劣るらしいがな」

「……とんでもない一族ですね」

「本当にな。化け物揃いだ」


 智庚も心の中ではそう感じていた。しかも、噂では丹省の武官よりも、姜公や姜伯の実力は計り知れないと聞く。何とも恐ろしいとしか言えない。

 だが、郭園の言い方では聞かれる事は無いにしても、あまりに不謹慎としか言えなかった。


「お祖父様!」


 智庚が叱りつけるように、言ったが、郭園に聞く耳などない。


「姜公は、分かってやっているのか……丹に武力が集まりすぎている」


 ぶつぶつと呟き、それは智庚に話しかけている訳ではなかったが、その耳にはしっかりと届いていた。不穏な発言とも取れたが、智庚は聞こえない振りをするしかなかった。


「それで、要は未だ姜公は何かを隠し、姜伯夫人を守っていると?」

「守っているかどうかは、わからんが、隠しているのは確かだな」

「……どうするおつもりですか?」

「正直、大して姜伯夫人にも信用が無い。この際、前に出てもらうかな」


 郭園は、にやりと笑った。何とも楽しげで、嫌なものを見たと智郭は目を逸らした。飄々としていて、掴み所のない。客観的だが、楽しむ節がある。混乱を生みたい訳ではないが、面白がる。

 飄々としているだけならば、そこまで思うところはないが、智庚は祖父のこういった所はあまり好きではなかった。


「何をさせるおつもりですか」

「この際、正直に全て話してもらうだけだ。あれらと同類かどうかも見極めんといかんしな」


 郭園の中では、既に船人を敵として認識しているような発言だった。そして、それは僅かながらに、姜伯夫人も疑っている様にも取れる。


「姜公を敵に回しませんか」

「姜公とて、元老院だ。分別はあるだろう」


 郭園は楽しくなってきたと、意気揚々と歩いた。智庚としては、余計な省同士の無益な諍いなど起きて欲しくは無いが、状況から見て姜伯夫人の情報はあまりに少なすぎると不審に思わざるも得なかった。


「(せめて、思い過ごしであって欲しいが)」


――


 数日後には、他にも何人かが目を覚ましていたが、ジウンと同じ様に名前と出身国以外を語ることは無かった。不用意な発言はしない。明らかに組織的で、統率が取れている。そして、知ってか知らずか、未知の国に迷い込んだというのに、さして怯える者は少なかった。

 中には、明らかに動揺し怯える者もいたが、これらは事情を何も知らない様だ。聞くと、唯の雇われた船乗りだと言う。あの船は、動かすのにそれなりの技能がいるらしく、その為にいたのだと話すだけだった。


「(つまりは、巻き込まれただけだと)」


 それらに関しては、完全に信用した訳では無いものの、保護の対象として扱う様に指示をした。

 そして、何人もの聞き込みを繰り返していると、一人だけポツリと溢す女がいた。


「ユーリックという人物をご存知ですか?」


 郭園にとって、漸くまともな情報だった。

 というのも、郭園はその名を知っていた。姜伯夫人の本名がそれだと、資料に記載されていたからだ。もちろん秘匿事項のため、知らないと答えるしかなかったが、これらが来た目的がはっきりした。


「(何の為に探しにきたかは知らんが、興味深い)」


 郭園はもう少しばかり情報を得られないかと、探りを入れようとしたが、探るまでもなく、女は口を開いた。

 女は、ルネと名乗ると、他に聞かれない距離かどうかを確認した。妙に慎重だ。そう、思わざるを得なかったが、女が口を開いたことでそれも納得できた。


「出来れば、私をこの者達から遠ざけて欲しいのです」

「理由を聞こうか」

「この者達の目的は、ユーリックを国に連れ戻す事です。それ以外に目的は有りません。そして、私はそれに興味が無い」

「成程、この国に留まりたいと言う事か」


 まるで、この国に入る手段が有って来た様な言い草だ。郭園は出来る筈が無いと、自分に言い聞かせながらも、話を合わせた。


「辰では、戦が佳境に向かっています。そうなれば、私も戦に参加せねばなりません」

「故郷を見捨てて、この国へ逃げたいと?」

「ええ、興味が無いので」


 愛国心のかけらも無い発言に、郭園は呆れた。現状では信用に値しない発言だったが、利用価値はあるとも思えた。


「良いだろう。だが、今はこのままで我慢して欲しい。他に警戒されると、こちらも困る。手筈は整えておこう」

「ありがとうございます」


 妙に礼儀正しいと思えた。礼儀を弁えぬ者、礼儀を知らぬものがいる中で、一番真っ当で、一番信用がならない人物だ。


「(さてさて、何を考えているやら)」


 お互い、腹の探り合いだ。いよいよ面白いと、郭園は穏やかな笑みを絶やさずにいたが、腹の中では毒々しい感情が巡っていた。

 

 それから暫くして、ジウンがまともに歩ける様になると、軍に囲まれながら目的の人物を探した。

 三つ目の天幕で漸く見つかったその人物は丁度起きたばかりなのか、呆然としている。状況が飲み込めていない中、ジウンが語りかけると、次第に意識がはっきりとした様だった。


老師(ろうし)、お加減は」

「何とかと言った所だ。……そちらは」


 老師と呼ばれた初老の男は、ジウンの背後に立つ郭園達に目を向けた。


「国事に携わっている人です」

「……わかった」


 初老の男は、体調が芳しくはないのか、気だるそうな顔に、頭を押さえる仕草を見せる。起き抜けの状態と言うよりは、ジウンと同じで、後遺症に見舞われているのだろう。

 

「出来れば今、話がしたい。無理そうなら日を改めるが……」

「問題ない」


 老齢と呼ばれた男は起きあがろうとしたが、郭園が止めた。


「そのままで結構。多くの者が、あなたが旅の目的を知っていると、答えた。お話し願えないだろうか。まずは、名前から」


 虚な眼差しで、万全では無いが、男は、はっきりとした口調で話し始めた。


「私は、リショウと申します。こちらには、女を一人探しに参りました」

「女か。出来れば、あなた方が何者なのかお聞きしたい」

「これでも、国軍として所属しております」


 その言葉に、その場に同行していた、夏珀や智庚の眉がぴくりと動いた。リショウもそれに気づいたのか、慌てて弁明をした。


「ああ、誤解しないで頂きたい。こちらに敵意を持って来た訳でも、探りに来た訳でも有りません。本当に、女一人を探しに来ただけです。その女を見つければ、我々は帰ります」

「その女とは?」

「名をユーリックと言います。黒髪で赤目、身長は女にしては大柄と言った所でしょう」


 郭園にも、夏珀にも、同じ人物が頭の中に浮かんでいた。赤目の大柄など、特徴のある人物は一人だけ。しかも、その人物は、異邦人だ。

 だが、あくまで素知らぬふりを続けた。口にすれば、何を言い出すかは容易に想定できる。


「何故、こだわるのか聞いても?」

「我々にとって必要な存在です。もちろん、そちらの手を煩わせるつもりもございません。ただ、この国で自由に動ける許可は欲しいですが」

「許可に関しては、私からは何とも言えない。議会にかけられ、それからとなるだろう」

「もちろん、それに従います」


 礼儀正しく郭園を敬う様な発言。温和で一見問題のない人物にも見える。だが、あからさまに何かを隠している。何より、必要な存在と濁したのが気に入らなかった。


「(曖昧だな)」


 必要な存在。果たしてそれが指す意味とは何だろうか。下手な発言は、ユーリックなる人物を既に知っていて、居所を知っていることも、悟られてしまう。

 それだけは避けたかった。


「では、どうやってこの国に来たのか伺っても?」

「どうと聞かれても、船に乗ってとしか答えられません」


 ある意味妥当な答えだと思えた。だが、個人を探していて、たまたま辿り着いた。そんな都合の良い話がある訳がない。この国は封じられていて、四海竜王の神域で守られている筈だ。安易に入ってこれる場所では無い。


「(何かしら手段があるのか、たまたまか……何より)」


 姜伯夫人の情報では、この国は異国の地図には載っていない。勘でこの国に着いたなど、馬鹿げているとしか言い様がなかった。


「(腹の中は隠し事で一杯だな)」


 どれもこれも、信用ならない。

 ただ一つ確実なのは、この者達の目的でもある姜伯夫人の存在だけと言う事だった。


「(全くもって厄介)」


 郭園は夏珀と智庚を引き連れ、リショウの居た天幕を後にした。ぶつぶつと一人呟いたかと思うと、唐突に二人に命令を下した。


「夏珀、明日には皇軍が此方に着く予定だ。彼方の指示に従え」

「御意」

「智庚、悪いが暫くは此処で過ごせ。俺の代わりに手足となって動け、良いな」

「承知しました」


 郭園は周りに誰もいない事を確認すると足を止めた。振り返ると、いつもの不真面目な顔は何処にもなかった。


「面倒ごとになる、確実にな」

「どうされますか」

「出来れば第三者として眺めたいところだが、今回ばかりはそうはいかんらしい」


 以前は姜公主導の下、執り行われていたが、自分に役が回ってきてしまった。今回ばかりは、蒼家治める藍省で事が起こってしまったのだ。


「ルネと言う女ともう一度話したいが、今は危険だ。先程のリショウと言う男が船人の頭目と見て間違いは無いだろう」


 郭園は何かを確信していた。


「保護しますか」

「否、まだだ。簡単に国を見限る様な女も信用ならん」

「何か理由があっての事かも」

「だとしてもだ。今動かせば、船人達が警戒する。女もわかっているはずだ」


 郭園が何に確信したのかが二人にはわからなかったが、それは話せない事なのだと、理解するしか無かった。

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