終幕
雲省 省都アコウ
初夏の日が天高く昇る頃、朱色の街並みに、白い龍が街を駆け抜けた。白仙山より、祝福を届ける為に、白銀の龍が舞い降りる。
それを享受するのは、龍人族だけでは無く、全ての民に送られると言われている。街が人だかりで埋まり、いつも以上に賑やかだ。一目、白銀の龍を見ようとごった返していた。
白銀の龍に触れると、幸福が訪れる。そんな噂からか、子供達が演者達が操る、被り物の白銀の龍を必死になって追いかけては、楽しげだ。
悠李は、街の中でも上等な宿の欄干にもたれ掛かり、子供たちの微笑ましい姿に笑みを溢し、それを見下ろしていた。
「夜は、白神の物語の演目が、ここからは良く見える」
隣で、同じ様に白い龍を眺めていた蚩尤が、城前に高く設置された舞台を指差した。まだ日は高く、夜までは時間があるが、それまで待ちきれない。悠李は、まだ何もない舞台を見つめては、胸を躍らせた。
悠李の嬉しそうな顔が、蚩尤にもはっきりと映り、顔を和ませた。
「街に降りなくて、よかったのか?」
蚩尤の言葉で、もう一度、街を見た。とても、賑わう慣れない人集りの中には入って行けそうにはない。
「あれだけ人がいたら、流されてしまいそうです」
「では、演目が終わってから行くとしよう。少しは、人が減っているだろう」
祭りは、日が変わる頃まで続く。演目が終わってからでも遅くはないと、蚩尤は言った。
藍から戻り、二月が経った頃、二人は雲省を訪れた。
祝融は、悠李が願い出た通りに、共工を説得し、休暇をもぎ取ったわけだが、その為に、悠李は共工に嫌味を言われ、仕事を詰め、なんとか休暇にこじ付けていた。
「共工様に、良いご身分だなと言われました」
「私は祝融様に、悠李が年々、私の所為で言動が生意気になってきたと言われた」
悠李はどちらの言い分にも、笑うしか無かった。実際に身分が有り、当主に物怖じせずに言動もする。
随分と、人らしくなってきたと思えてならなかった。
蚩尤も、悠李のその姿に、悠李が姜家の者になったのだと思えた。
街を眺め、楽しげな悠李の耳に宴饗楽の音が耳に入った。曲こそ聞いた事が無かったが、二胡の音色には聴き覚えがあった。
「(懐かしい)」
悠李の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。何故そう思ったのだろうか。悠李の中で疑問が湧いたが、その音は美しく、ただ聴き入った。うっとりと耳を欹てる悠李。そうなると、悠李は他に目が行かなくなる。
蚩尤は、徐に悠李の肩に手を回し、身を寄せた。あまりにも急で、悠李も驚いてはいたが、なんとなく察し蚩尤を見上げた。怒ってはいない。寧ろ、悠李の表情を見て楽しそうに笑っている。
外からも見える場所とあって、悠李の顔は僅かに赤く染まった。
「こうでもしていないと、悠李は私の存在を忘れてしまうからな」
何かに集中すると、途端に周りに目が行かなくなる。悠李の楽しげな姿は、悪くはないが、たまに不満にもなる。
蚩尤は、悠李の肩に置いた手に力を入れた。
「悠李、私の傍にいてくれるか?」
「何を仰いますか、私から離れる事など、決して有り得ません」
蚩尤にとって、満足のいく答えだっただろうか。悠李は街から目を逸らし、蚩尤を見上げた。
「蚩尤様、私は、何処にも行ったりしません」
少しでも、不安を拭い去れる様にと、蚩尤の手を両手で包み込み、目を閉じ、それに口付けた。
自分も、決して失いたくないものであると、証明する様に。
終