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虚構の夢人  作者: 柊
20/21

十九

 丹省 省都キアン 紅砒城


 元老院の会議から何日かして、祝融も丹へと戻った。

 城の中を闊歩し、溜まった仕事を片付けようと、早々に自室に向かおうとしたが、道を遮る者が一人。


「お話が有ります」


 いつになく、真剣な眼差しを向ける蚩尤。話など、一つしか無い。


「戻ってきたばかりの当主を労う気は無いのか……と言いたいところだが、悠李の事だろう。部屋で話す」


 蚩尤を引き連れ私室に赴くと、一月、丹を離れていた割に机の上には書類は殆ど無かった。


「勝手ながら、印章を拝借しました。残っているのは、勾や脩へ来る縁談の手紙だけです」

「流石だな……しかし懲りない奴らだ。捨てても良かったのだが?」

「一応、目を通すと思いまして。燃やすなら、ご自分でどうぞ」


 意味深だった。分かりきったことでは有ったが、含みの有る言い方に、不満が手に取る様に分かる。

 二人が来客用の長椅子に腰掛けると、蚩尤は溜まっていた、胸中を晒した。


「悠李の火傷の経緯は聞きました。ですが、あれはどういう事ですか」


 真っ直ぐに祝融に怒りをぶつける様は、相手が当主である事など忘れている。


「……俺も驚いた。治らないとは、考えていなかった」


 悠李の腕を見るたびに、祝融は後悔していた。


「まるで、普通になったと。不死身に普通など、有りえますか?」

「有りえない、だろうな」


 悠李は死なない、傷は治る。それが、前提だった。

 何故かなど、わかるはずもなければ、試す事も出来ない。起こってしまった事に、それ以上悩むわけにもいかず、目の前の不安を抱える男に謝るしかなかった。


「怪我の件は悪かった。悠李にも謝ったがな。痕は残るかもしれん」

「何故、力を使ったか聞いても?」


 それには、祝融もどう答えてい良いものか、悩んだ。ただ、そこにあったものを使ったとしか、言えなかった。


「何故だろうな。花月が慌てて俺を呼びにきて、悠李の苦しむ姿を見た時、それしか無いと思ってしまった」

「……悠李は夢を見なくなったと、安心しています」

「そうか、それは良かった」


 あくまで、結果論ですが、と蚩尤は憤りを見せた。


「出来れば、二度とやらないで頂きたい。どの様な事があっても」


 蚩尤の怒りは尤もだった。いくら手段が無いと言ったところで、自身の妻が負った痛々しい痕を見れば、感情が沸き立つものだろう。


「安心しろ、俺も二度とやりたくはない」


 祝融は、蚩尤の怒りを受け入れていた。元々、殺されるかもしれないと冗談めいた言葉を口にしていたぐらいだ。それなりの覚悟はしていたのだ。

 後悔ばかり見せる祝融に、蚩尤も次第に怒りは薄れていた。


「それが聞きたかった。あと、もう一つですが……」


 ついでにと、蚩尤は更に口を開いた。


「なんだ?」

「遺言の様な言葉は送らないで頂きたい。玄瑛の仕事が疎かになります」

「念のために、送っただけだ」

「祝融様は何の為に、四海竜王の御許まで?悠李は止めたと言っていました」


 祝融は四海竜王に会う機会は最初で最後だと考えていた。

 当主を危険に晒せないと、止める悠李を押し切ったのも、それが理由だった。


「あれらなら、俺をどうするか、見てみたかった」


 言葉を濁した祝融に、蚩尤は祝融が何を望んだか。もし、()()()()()()()()()、祝融が帰って来る事は無かっただろう。


「……それが、遺言の理由ですか?」


 落ち込む蚩尤に、祝融は目を逸らした。死を望んだなど、口にはしなくとも、同義であった。


「そうとも取れるな。残念ながら、俺を許す気も、殺す気も無いらしい」

「悠李はどうやって説得を?不死身で有る事を話したのですか?」

「いいや、丈夫に生まれたと言った。信じたかどうかは分からんが」


 適当な理由を並べ、周りを説得した。

 丈夫なのは、事実だったが、実際に神域に入った時には、一日と保たなかった。


「周りに怪しまれます。言動には、お気をつけ下さい」


 呪われたなどと知れたら、祝融の立場は立ち消えるだろう。


「そうするとしよう」


 態度は崩さずとも、一向に目を合わせない祝融に、蚩尤は何も言えなかった。今はもう望む事は無いが、蚩尤もまた、死を待っていた者だけに、糾弾する資格は無かった。

 蚩尤は、これ以上は無意味と、話を変えた。


「後、もう一つ」

「……まだ有るのか」

「無事なら無事と、仰ってください。寿命が縮みます」


 不死には寿命は無い。有りえないと分かりつつも、祝融はその言動につい、笑ってしまった。


「悪かった。忙しかったんだ」

「祝融様と良い、悠李と良い、自分達を基準に考えないで頂きたい」

「説教か?」

「ええ、悠李にもしました。祝融様と違って、大変反省しております」


 まさか、甥に説教される日が来るとは。

 祝融はそれが面白かった。祝融に対等では無いにしろ、祝融に対してそこまで物が言えるのは、蚩尤だけだと改めて実感していた。


「それは、見ものだな」


 はたから見た、お互いの姿だけなら、何も可笑しい事では無いのだろう。だが、今の状況に祝融の笑いは止まらなかった。


「反省しておりませんね」

「している。多分な」


 子供の様な物言いに、当主らしさは無かった。それでも蚩尤は、祝融らしいその姿に胸を撫で下ろした。

 祝融は一頻り笑うと、真剣な面持ちで蚩尤を見た。


「蚩尤、少し、雲行きが怪しい」

「それは、外界の話でしょうか?」

「皇宮だ」


 皇宮。その言葉に蚩尤は身構えた。

 龍人族が纏める国で、何より不穏な言葉だった。


「皇帝の言動に、少々な」

「陛下が?彼は、その様な方では無いでしょう」


 龍人族らしい。そう言われる程、真面目で、皇帝の賢明さは良く知っていた。

 だからこそ、祝融の言動に疑問を持った。


「……悠李に気を使っているのは、純粋に俺の養女にしたからだと思っていたが……違うやもしれん」


 皇帝は、十五年前の事があってから、何かと悠李に贈り物をしていた。

 祝融が養女にした異邦人は、皇帝が認める存在と、周知させる為だと祝融は考えていた。だが、会議で皇帝が口にした言葉は、寧ろ逆だ。悠李の立場を危ぶませるものばかり。

 それを目の前で見ても尚、祝融も、迷いがあった。皇帝としてだけでなく、良く知る友人でもあったため、疑いたくは無いという思いもあったからだが……。


「此度の件で、動き出しますか」

「かもしれんな。蒼公が、辰国の魔術師を手に入れた。悠李の真価を問われる時が来たと思えば良いのか、はたまた……」

「皇帝すら、その力を御許に置きたいと?」

「可能性は有る。少昊に限って、それは無いと言いたいが、どうだろうな」


 出来れば、そうあって欲しい。祝融の願望とも思える言葉だった。


「龍人族も、また、人であったと考えるべきでしょう」

「……俺は、選択を間違えたのかもな」


 祝融はぽつりと溢した言葉に、蚩尤は遠い過去を見た。


「未来など、誰にも分からないのです。ましてや、別の選択をした所で、待っていたのは同じ時代かもしれない」

「だと良いが」

「祝融様、貴方は今や丹省治める姜家当主です。赤帝(せきてい)であった事はどうぞ、お忘れください」


 赤帝。それは、炎帝の孫で有り、焔皇国二代目皇帝の名だった。


「……そう呼ばれるのは、懐かしいな」


 祝融は、窓の外を見た。そう呼ばれた過去は遥か遠く、今や祝融が赤帝であったと知る人物も殆どと言って良い程いない。

 僅か、在位二十一年。炎帝八人目の孫であり、皇位継承権十位でありながら、皇位に着いた。

 そして、全てを清算し、皇位を黄家に禅譲を行った。人が治めるでは無く、心惑わされぬ龍人族の治世が必要と考えて。

 蚩尤は、幼いながらに、祝融の赤帝であった姿を覚えていた。皇都が朱色に染まっていた時代、それを築き上げたのは炎帝だったが、その時は全てが赤帝のものだった。

 蚩尤は、記憶の中に残るその景色が、今でも忘れられ無かった。

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