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虚構の夢人  作者: 柊
19/21

十八

 皇都 シンラン 真偽の間


 真偽の間で、皇帝と八省の代表が集まり、議論を交わしていた。議題は、勿論、藍に異邦人が多数訪れた事と四海竜王の神託だったが、蒼公が二人の魔術師を抱えた事により、会議は荒れた。

 魔術師の危険性、皇軍に対し敵意を向けた事、既に生き残りの魔術師は蒼郭園の手中にある事。

 そして、姜悠李が同国出身である事。

 祝融は、傍観に徹したかったが、悠李に関わる事ともなれば、そうもいかなかった。

 皆、顔つきは険しく、事が事だけに、蒼公に疑いの眼差しすら示す者もいた。騙されているのでは無いか。殺した方が安全では無いか。そう、口にする者もいた。

 その嫌疑の眼差しの中、蒼公が狼狽える事はない。寧ろ、いつも通り面白がっているのか、その表情は余裕を見せ笑っている。

 各々の口から不満や疑惑が溢れる中、蒼公が口を開いた。


「リショウという男は中々使える。情報源として、決して殺しはしない」


 と、蒼公が主張した。藍は、青海に面しているため、危険も多く、対処出来る要因も必要と、頑なに譲らなかった。異物が流れ着くのは、いつだって藍なのだ。

 祝融もこれに肩を持つしか無かった。リショウが危険と判断されたなら、悠李も同様の存在と見做される可能性もある。それだけは、絶対に避けなければならなかった。


「今回の件で、私も同行したが、義娘の助言がなければ、皇軍の被害は甚大であっただろう。今後の為にも、彼らの知識と情報は必要だ」


 これに関しては、何一つ虚偽は述べていない。悠李が居なければ、死者も出ていただろう。


「四海竜王は、いずれ封が解けると言った。それがいつかは分からないが、今の内に策は講じておくべきだ」

「だが、その男も、姜公の御息女も裏切らないという保証はどこにもない」


 またか、と祝融は言葉を発した男を見た。

 嫌な笑みを浮かべた周公が、じっとりとした目つきで祝融を睨んでいる。祝融に恨みでもぶつけているかの様に、事を荒立てる発言でしかない。


「(周公は、国を滅ぼしたいのか?)」


 そう思える程、周公は相変わらずと、祝融に敵対した。


「周公、貴公は中央部に近いから、その様に言えるのだろうが、全ては青海から来る。事が起こってからでは遅い」


 流石に、蒼公も怒りを見せた。藍が最初に被害に遭うのだと、言わずにはいられなかった。


「先程、姜公が言った通りだ。姜校尉の助言がなければ、死者も出ていただろう。それの意味も分からぬほど、耄碌されたのか?」


 周公は不死だが、老いている。周公の顔がいきり立つも、明らかな侮辱の言葉に眉を顰め、苦言を呈したのは皇帝だった。


「蒼公、発言には気をつけよ」

「これは失礼」


 怒りは収まらないが、皇帝が口を開いた事により、蒼公も口を閉ざすしか無かった。


「蒼公と姜公の主張は分かった。反対は多数だが、実際には必要であろう。姜公、御息女はそなたから見てどうだ」

「義娘は至って真面目だ。武官として責務をこなし、今回の件も、直様、藍に赴き手を貸した。これの何処に裏切る要素が有る」

「蒼公、そなたが庇護下に置いた二人はどうだ」

「様子見の途中ではあるが、大人しいものだ。国に帰れば殺される事を懸念して、こちらに残ったのは確かだが、分は弁えている。問題無いだろう」


「では、もし裏切った場合はどうする?」


 蒼公は躊躇する事無く、答えた。


「手は下す。その為に監視役は常につけてある」


 迷いなど、無いだろう。僅か数日前に出会ったばかりで、情も無い。蒼公は答えなど容易に出た。

 その様子を見て、皇帝は祝融に目を向けた。


「姜公、そなたはどうだ?」


 皇帝の発言は祝融を試しているとしか、思えなかった。


「断じて、あり得ない話だ」


 校尉として実績を重ね、日々邁進する悠李の姿を祝融は知っている。だが、それをこの目で見た事が有るのも、この場では祝融ただ一人と言うのも、また事実だった。


「仮の話だ」


 祝融は感情を押し殺し、皇帝が淡々と述べる問いに、静かに答えた。


「もし、本当にその様な事があったのなら、義娘はこの手で封じる。甥は妻を失った悲しみに暮れ、自ら命を絶つだろうな。……これで満足だろうか」


 皇帝は、祝融の答えに納得した様に頷いた。

 それでも尚、何かを企んでいるとしか思えない程、輪を乱す発言を繰り返した。


「結構。現状、脅威として見るか、手段と考えるかは悩ましいものが有るのも確かだ」


 決定打が無いと、わざと反対派を煽っている。反対派の面々は好都合と、ここぞとばかりに声を上げた。


「陛下、そもそも、異国の者に絶対的な信頼など、あり得ません」

「神々が危機感を植え付けたかった存在ならば、脅威と考えるべきでは?」

「今は、大人しくしているだけやも。仲間が此方に来れば、その本性を見せるやもしれぬ」

「姜公の御息女も、腹の中では何を考えているやら」


 祝融は自分を侮辱されるならまだしも、悠李を最初から敵と認識する発言に、腑が煮えくり返りそうだった。

 そのまま、怒りをぶつけてしまおうか。そんな思いすら浮かびそうな程、腹の中で沸々と怒りが湧いていた。


「(流石に、まずいな)」


 それまで、様子見で傍観していた桜省代表である(ふう)鸚史(おうし)は、祝融の性格をよく知っていた。二人の付き合いは永く、義兄弟でもあり、共に悪友と呼べる程だ。風鸚史の姿こそ、老齢ではあったが今も二人の関係は対等だ。

 だからこそ、祝融が悠李を身内として認識し、怒りを抑えているのだと、一目で察していた。

 祝融が軽率な行動も発言もしないと分かっていても、その心情が曇る事を恐れて、風鸚史が口を開こうとした時だった。


「各々方、新しく来たばかりの者達ならいざ知らず、国に尽くす姜校尉まで侮辱するとは。愚かにも程が有る」


 蒼公が悠李を庇う発言に、風公は驚いた。場を荒らす事はあれど、誰かに味方するなど、その場にいた誰もが想像もしていなかった事だろう。

 それに驚いたのは、祝融も同じだった。


「貴公等には、それ程までに信頼のおける官吏がおらんと見える。普段から、自らの臣を疑っているのか?なんとも、嘆かわしいことだ」


 やれやれと、大袈裟に振る舞う蒼公の姿に、周公は食ってかかった。


「姜校尉が、こちらに来たから、魔術師共がこちらに来たとは考えないのか?彼女が波紋を起こしたと言う考えは?」


 波紋など、言うべきでは無いと、蒼公は更に言い返した。

 

「神の導きを波紋と言ってしまえば、それこそ信仰が揺らぐだけだ」


 蒼公は、その目で神を見たわけではない。だが、悠李は確かに神託を得て、四海竜王に導かれたのだ。そして、持ち帰った言葉は――


『その知を、その力を、死を持たぬその身を、彼の地の為に捧げよ』


 どう解しても、これからも悠李を必要とするものだった。


「……姜校尉は、白神に導かれた。神は全てを語らん。神の言葉をどう解し、どう見るかはそれぞれだ。私は、彼女がこの国の封印が解ける為用意された存在として、選ばれたのだと考える」

「その神は時期に消える」

「だが、まだいる。四海竜王の言葉を伝えたのも、女神の知らせを受けたのも、姜校尉だ。神子ではないが、神の声を聞く者を貶めるなど、あってはならんのでは無いか?」


 周公は、ぐうの音も出なかった。実際、波紋という言葉も、神への冒涜に近い。珍しい蒼公の真剣な姿に、風公も乗った。


「蒼公の言う通りだ。四海竜王の言葉が聞けたのも、彼女が居てこそだろう。異国の生まれだからと、邪険にしていれば、彼女の真価は見えなくなるばかりだ」


 蒼公が何故、悠李を庇ったかは、分からないが、風公はここぞとばかりに畳み掛けた。


「そもそも、神子リュカすら彼女を気に入っているというではないか。陛下、神子が認めた存在ならば、疑う余地など無いのでは?」

「……確かに一理ある」


 どうにも、皇帝が納得していない。決め手に欠けるのか、思案を続けるなか、突然に口を開いたのは、(ぼく)省代表である、(げん)號潤(ごうじゅん)だった。


「陛下、姜校尉は現状、神の導きの下にあります。その様な者を邪険に扱うのは得策とは言えません。もし、仮に脅威と仮定したとしても、姜公の下にいるのが得策では?彼女の実力を御前試合で見ましたが、将軍等を一網打尽にしました。彼女に敵う者は、そうはおりますまい」


豪雷の父でもある男だが、豪雷が祝融の麾下になった事により、祝融との仲は芳しくは無かった。だが、発言は祝融というよりは、悠李の肩を持つものだった。


「成程、それは一番説得力が有る解答だ」

「姜公並びに、姜家は猛者揃い。羨ましい限りです。出来れば、息子を同等の強さにして頂きたいものだ」


――


 会議は終わり、祝融は真偽の間で他の者が退席する中、蒼公を呼び止めた。


「人を庇うのは、珍しいな」

「素直に助かったとは、言えないのか」


 先程の真剣な眼差しとは打って変わって、いつもの飄々とした態度を見せる。


「まあ、風公はともかく玄公まで庇うとは思っていなかったが。そちらも大きいだろう」

「……あれには、息子をできる限り育て、墨省に返せという意味も含まれていたがな」


 それには、祝融は溜息しか出ないが、なんとか無事終わった事は、確かだった。


「校尉に助けられたのは、事実だ。知識が無ければ、あれらを野に放っていたやもしれん」


 そのお礼だと、蒼公は言った。


「封印が解けたとも気づかず、ある日突然、大軍が押し寄せ国は一夜にして滅ぶ……それが想像できん者達に何を言ったところで無駄な気はしたがな。今回ばかりは、陛下の言動に惑わされたな」

「……ここでは慎め。聞かれれば、不敬と見做されるぞ」

「確かにな。姜公、気をつけた方が良い。今まで以上に、皆が、力を手に入れようと躍起になる。()すら、そう考えていると、思った方が良いかも知れん」


 ()が、誰を指すか。考えずとも、答えは出た。皇帝が、わざと混乱させる発言に、祝融も訝しんではいた。

 皇帝の事は昔からよく知る。共に英雄と呼ばれ、皇帝となった後は賢君と称えられた。


「腹の探り合いなど、している場合では無いと言うのに」


 何の為に、危険を冒してまで四海竜王の身許まで行ったのか。いつ来るやも分からないとは、いつ来てもおかしくは無いと同義だと、祝融は捉えいた。

 それは、蒼公も同じだった。


「残念だが、危機感など、そう簡単には目覚めぬ。その差が埋まるのは、事が起こった時だ」


 蒼公の達観した考えに、祝融も理解はしていた。

 だが、それではまるで……


「誰も神を信用していないと取れるな」


 その答えに、蒼公は乾いた笑いを見せた。


「……ここでは、不敬では無かったのか?」


 神々の言葉を聞ける者は、白神の神子だけ。

 だが、それも、殆ど言葉を口にしない。

 神の存在が、少しづつ、薄れ始めていた。

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