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虚構の夢人  作者: 柊
18/21

十七

丹省 省都キアン 紅砒城


 赤い龍が城の広場に降り立った。

 道中に志鳥が舞い降り、皇宮からの知らせが入ると、祝融は皇宮へ直接行くと言って別れ、悠李は一足先に城へと戻っていた。

 一月余り離れていただけだったが、家に帰ってきたと思うと、妙に心が落ち着いた。

 まずは、諸侯である、玄瑛に報告をしなければならない。花月を伴い城に向かった。

 城門が開くと、花月の祖父である朱江念が出迎えの為に待ち構えていた。


「お帰りなさいませ、悠李様」


 文官長である、江念は忙しいのにも関わらず、姜家の誰が帰ってきても、こうして出迎える。悠李も例外ではなく、江念は姜家の者として接していた。


「ただいま戻りました」


 穏やかな、悠李の顔つきに、江念は胸を撫で下ろしていた。


「玄瑛様は執務室に?」

「いえ、鍛錬場にお見えです」


 諸侯である、玄瑛が鍛錬場に赴くことは無い。剣を握っていた事もあると聞いてはいたが、悠李は未だそれを見たことは無かった。


「珍しいですね」

「祝融様から送られてきた志鳥が原因かと」

「……私は、内容を知らないのですが」


 恐らく、神域へ向かう時の言葉だろう。だが、その送った志鳥の内容までは、聞いていなかった。


「私もです。蚩尤様も、鍛錬場に」

「では、そちらに向かいます。花月、今日は休んで」


 背後にいた花月に声を掛け、そのまま鍛錬場へと足を向けた。

 

 鍛錬場には、武官達が集まって修練を重ねていた。そこには、珍しく軽装の姿の玄瑛や、いつもの様に全体を眺める蚩尤の姿がある。悠李は全貌をその目に捉えつつ、蚩尤の下へと近づいた。


「ただいま戻りました」


 蚩尤に声を掛けるが、返ってきたのは睨む様な目つきだった。


「帰ったか。無事で何よりだ」


 いつもの、公私混同をしないという姿勢というよりは、怒気を放っている。


「……玄瑛様がここにいるのは、珍しいですね」

「ああ。祝融様が遺言の様な志鳥を送られて、集中出来ないと、気を紛らわしに剣を振りにきている」


 神域に入る前に、蒼公が冗談で遺言と言った事を思い出した。


「私は、内容を知りません。祝融様は何と送られたのですか?」

「……玄瑛に聞くと良い」


 いくら、仕事中とはいえ、終始機嫌が悪いといった態度を見せる蚩尤。

 悠李には、そういった態度を見せる事は珍しいため、やはり藍に行くことに納得していなかったのかと、蚩尤を横目で見た。

 その視線に気付いたのか、蚩尤は悠李に顔を向けた。


「また神域に入ったそうだな」

「……ええ。神託がありましたので、四海竜王の御許まで赴きました」


 何気なく言い放った言葉に、蚩尤は分かり易い溜息を吐いた。

 やはり、怒っている。


「悠李、久しぶりに剣を交えようか」

「構いませんが、見てなくて宜しいのですか?」

「一通り目は通したし、それなりに苦言も言った。問題無い」


 苦言しかなかったのかと、突っ込みたいところだが、長い旅路と藍では剣を振る間も無かったのもあり、蚩尤と悠李は空いている場所を適当に選ぶと向き合った。

 蚩尤が剣を交えるとなると、周りで鍛錬を行なっていた武官達の目は自然と二人に向いた。

 視線など、気にも留めず、悠李は蚩尤だけを見ていた。

 相変わらず、蚩尤は剣を抜かない。余裕の態度に、悠李は力量の差があると言われている様で腹が立った。

 共工にすら敵わないのであれば、それも仕方が無い事ではあるが、十五年経っても埋まらないその差が悠李は純粋に悔しかった。

 悠李は負けず嫌いだ。だが、力量の差が露骨に出ると、妙に相手の出方を伺う癖がある。以前、それを共工に指摘されてはいたが、なかなか治らない。

 相手が蚩尤ともなると、それは顕著に出た。

 剣を構え、ただ蚩尤の一手を待った。


 いつ来るか、此方から行くか。


 蚩尤の足が僅かに動いた。

 その瞬間に、今だ、と悠李は踏み込んだ。

 だが、短剣が蚩尤に届くよりも速く、蚩尤は剣を抜き、それを受け止めた。

 速さも、剣の強さも、蚩尤の方が上。悠李がどれだけ、素早く剣を振るおうとも、全て受け止められた。

 やはり、腹が立つ。

 悠李がその感情を表面に出す事はなかったが、蚩尤には、見抜かれていた。一瞬、力が入り過ぎたそれを見抜かれ、剣が受け流されると同時に、背中に掌底を食らい、地面に突っ伏す形となった。

 悠李は負けを認め、立ち上がると、衣に吐いた土を払った。


「力が入り過ぎたな」

「その様です」


 剣を振るい終わっても尚、蚩尤の顔は険しい。


「……何に、怒っていらっしゃるのでしょうか」

「後で話す」


 怒っていると言った事を否定はしなかった。出来れば家には持って帰りたくは無いが、仕事中とあれば、それも仕方が無い。

 悠李はその後も、ついでと空いている武官と、剣を交わした。更には、今まで一度として相手をした事の無い玄瑛も含まれていた。

 玄瑛は強かった。体躯は良く、剣も力強い。共工と同じぐらいの強さを悠李は感じた。やはり、姜一族と言った所だろうか。そう思わずには、いられなかった。

 玄瑛との一戦を終えると、悠李は気になっていた、志鳥の内容について問いただした。


「……今度から、あの様な内容は送らないで欲しいな。気が気でなかった。おかげで、義父上の機嫌も最悪だ」

「祝融様は、何と?」

「悠李と共に神域へ入るが、心配はするな。だが、もしもの事もある、と」


 蒼公は冗談で遺言と言ったが、それに近い……と言うよりも、死を覚悟しておけと言っている様なものだった。

 

「しかも、その後、何も音沙汰が無いから、余計に心配になった。父上が機嫌が悪いのはその所為だ」


 悠李は目も当てられなかった。蚩尤を一瞥するも、視線は此方に向けているが、冷たい。


「お前が無事と分かって良かったが、これからは、その後の沙汰も教えて欲しい」

「……私は、その後眠ってしまったので。怒りを向けるのならば、祝融様にして欲しいですね」


 藍では、色々あった。祝融も忘れていたのだろう。


「残念だが、怒りはお前に向いている。諦めろ」


 悠李は志鳥を持っていない。連絡は全て、祝融に任せるしか無いのだが、その本人も皇宮へ行ってしまい、不在だ。

 共に帰っていれば、祝融にも分散されたであろう怒りが、全て悠李に向かっていた。


「祝融様は、ご無事なのだな」

「ええ、私より元気そうでした」

「それで、祝融様は?」

「皇宮へ向かわれました。……それも、送ってきていないのですか?」


 玄瑛が頷き、悠李はそのばに居ない男を恨むしか無かった。


「出来れば、あの様に機嫌の悪い義父上の相手はしたくない。頼んだぞ」


 面倒事はさっさと片付けろと言わんばかりに、玄瑛は悠李の肩を叩いた。

 

 鍛錬が終わり、皆が官舎へ向かう中、悠李は蚩尤と共に宮へと向かった。出来れば、宮へ着く前に片付けたい事案ではあるが、人目がある前では、それも叶わない。

 宮へ着くなり、蚩尤は悠李を連れて私室へと入ると、面と向かうと口を開いた。


「連絡を怠るほど、忙しかったのか?」

「その件に関しては、申し訳ありません」


 悠李は目を逸らした。自分が謝るべきなのかと、僅かながらにも考えてはいたが、祝融が連絡をどうしたかなど確認もしなければ、その後連絡したかも聞きもしなかった。

 丹に残された者達が、心配しているかなど考えていなかった事は、確かに事実だと認めざるを得なかった。


「神域に入るとなれば、不死身だろうと影響はある筈だ。どうせ、二つ返事で了承したのだろう」


 見事に当てられた。悠李は命じられたのなら、身の危険が有ろうと、迷いなしに応じてしまう。

 それは、藍に向かう時もそうだった。


「自分が犠牲になれば、全て片付くという考えを少しは見直してくれ。此方の心臓が保たない」

「……はい」


 仕事に徹していると、蚩尤が心配していた事など、忘れてしまう。それは、武官として判断を迷わない上では、最良だが、妻としては、最悪だった。


「校尉で有る事は、私も分かっている。せめて、祝融様に一言心配するなと、送ってもらう事はできる筈だ」


 こうも立て続けに説教を受けるとは、と思ったが、祝融にしても蚩尤にしても、悠李を想っての言葉で有る事は理解できていた。悠李は顔向けできないと、項垂れながらも、小さく口を開いた。


「……ご心配をおかけしました」


 珍しく縮こまる悠李の姿に、蚩尤は息を吐いた。


「無事で良かった」


 蚩尤の顔色は安堵したものに変わった。


「いつも配慮が足りず、申し訳ありません」

「ああ、その癖も治してくれ」


 家に帰ってまで、嫌味を言われるとは、思ってもみなかった。それでも、蚩尤の顔色に、悠李はほっとした。

 不意に、蚩尤の視線が下に向いた。悠李の袖から僅かに除く包帯が、蚩尤の目に入った。


「悠李、怪我をしているのか?」


 悠李は、はっとした。痛みが引いて、すっかり忘れていたが、原因が原因だけに気まずく、咄嗟に左腕を庇ってしまった。

 その動作に、再び蚩尤の顔は険しさを取り戻してしまった。


「何故、治らない」


 それは、悠李にも分からない事だった。死を持たないその身で、怪我が治らないなど、初めての事だった。

 未だに傷は癒えず、痕は残ったまま。


「夢に魘され、目覚めない日が有りました……その時に負った傷だけが、治らなくて」


 少々、言い辛いことではあった。誰に、と言う事がはっきりと言えなかった。

 それを読み取ってか、蚩尤は傷に触れぬように手をとり、離さなかった。


「傷を見ても良いか」


 悠李は戸惑うも、蚩尤は包帯を外した。

 そうして現れた痛々しい火傷の痕。誰が傷を負わせたかなど、蚩尤に分からない訳が無かった。


「いつ、傷を負った」

「……十日程、前です」


 いつもなら、とっくに治っている。悠李自身も、そのうち治るだろうと、最初こそ気にしていなかった。


「祝融様に、何をされた」


 蚩尤の目に、また怒りが篭った。その矛先は、悠李ではない。これでは誤解を生むと、悠李は慌てて弁明した。


「祝融様は、私を心配して目覚めさせようとしただけです。そのお陰か、あの日から、あの夢は見ていません」


 嘘では無かった。あの日から、夢は途絶えた。


「……手当はしているのだな」

「医者にも見てもらいました。毎日処置をしなければ、化膿すると言われていましたので……初めて、普通になれたと思ってしまいました」


 普通という言葉に、蚩尤はただ、そうか、とだけ呟いた。


「祝融様は、傷が治らないのを見て、幾度となく、私に謝られたのです。私が、まやかしに囚われたばかりに、祝融様や蚩尤様にいらぬ心配を掛けていたのは、私自身です。どうか、この事は胸にしまっては貰えませんか」


 蚩尤は、先ほど説教をしたばかりだというのに、また苦言が口から出そうになった。

 心配ばかりかけ、事後報告ばかり。

 それでも、その傷が目に入ると、それも喉を通らなかった。

 包帯を丁寧に巻き直すと、その手を優しく撫でた。


「……傷は、痛まないか?」

「ええ、少しづつですが、治っています」

「茶を飲みながら、あちらであった事を聞かせてくれ。それで少しは気が晴れる」


 夢を見なくなったのなら、最良とだけ思えればどれだけ良かった事か。

 蚩尤の胸の内に隠した苦慮に、悠李が気づく事は無かった。

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