表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚構の夢人  作者: 柊
17/21

十六

 応接間に移動し、蒼公は満足といった表情を見せた。


「中々、強かな男だった」


 あっさりと国を見限り、長い物には巻かれろと、陽皇国に付くと言った姿勢に、蒼公はご満悦だった。


「蒼公、念のために言っておきますが、結界はそこまで長くは持ちませんし、リショウを拘束して置ける手段でもありません」

「構わん。自分の立場を弁えている。問題はないだろう」


 その自信は何処から来るのか。

 確かにこの国に逃げ場は無い。だが、もし辰が攻め込んで来る事があれば、リショウがどう出るかなど、予測は出来ない。


「確かに、彼は穏健派ではありました。ですが、裏切らない補償にはなりません」


 悠李は、真剣だった。肯定する発言はあくまで、利益だけ追求したもの。それに連なる被害に関しては、何一つとして考慮していないものだった。


「安心しろ、それぐらいわかっている」


 危険は承知の上か、蒼公は余裕の笑みを浮かべていた。


「……悠李は直に丹に帰る。その後に何が起こっても、こちらは干渉しない。宜しいな」


 祝融は、蒼公の態度に訝しみ、苦言を呈したが、蒼公の態度は変わらなかった。


「ああ。その時は、力でねじ伏せるだけだ」


 悠李は、笑みを浮かべたままの蒼公が発した言葉に、背筋に冷たいものが流れた。笑っているのに、目は酷く冷たい。

 蒼郭園の冷酷な一面が、そこにあった。

 だが、一瞬で表情をころりと変え、蒼公はいつもの飄々とした態度に戻っていた。


「それはそうと、校尉。ルネという女だが……」

「正直、彼女は用済みでは?リショウが居るなら、不要でしょう」

「確かにな。だが、念の為、駒の一つとして取っておく」


 駒と言い切った。リショウが手に入った事で、ルネの価値が一気に下がったのだろう。


「話が有るそうだ。どうする?私用なものだから、特に応える必要はないが」


 悠李には、話は無い。だが、駒と呼ばれた彼女のこれからを思えば、話くらい聞いてやるべきかと、息を吐いた。


「……一応聞いておきます。彼女はどちらに?」

「こちらに連れて来させよう。悪いが、内容は聞かせてもらう」

「それだと、何も話さないのでは無いのか?」

「構いません。お二人がいて発言できない内容なら、それこそ問題でしょう」


 どうせ、大した話では無いだろう。

 悠李は、特に気に留める事も無く、二人の同席に同意した。

 蒼公が、部屋の隅にいた女官に、ルネを呼ぶ様に命じれば、暫くすると、兵士二人に連れられ、ルネは姿を現した。

 蒼公に促され、席に着くも、ルネは、蒼公と祝融の姿に戸惑っていた。やはり、悠李以外には聞かれたく無い話だったのだろう。

 口を開くか迷っている様子だった。


「貴女の発言は全て開示する必要がある。念のために言っておくけれど、会う機会は殆ど無いと言って良い」


 ここで言わないのなら、聞く気はない。悠李の脅しにも近い物言いに、ルネは悠李の顔色を伺いながら、口を開いた。


「謝ろうと、思ったの」


 悠李は、表情を変えなかった。


「何を?」

「ロアン老師に、貴女の恋人の情報を話した事」


 悠李の表情が僅かに動いた。


「恋人では無い。友人だ。謝るなら、彼に謝るべきだ」

「死人にどうやって謝るの?彼、殺されたんでしょう?」


 悠李は、手を握り締め、怒りを堪えた。その目には、今にも殺意すら浮かばんとする。淡々と言葉を続ける、ルネに、僅かでも同情したのが馬鹿らしく思えていた。


「貴女も彼を庇って罰せられたと聞いたから、謝ろうと思ったけど……」

「それを言う為に、わざわざこの国に来たのなら、とんだ間抜けだが」


 怒りが含まれた言葉に、ルネは肩を竦めた。悠李を怒らせる事など、最初から分かっていた事だ。大きく息を吐き、悠李の怒りに触れながらも、言葉を続けた。


「それとこれは、関係ない。ただ、あの国にはもう、居たくなかっただけ」


 寂しげな表情を浮かべ、悠李を捉える瞳は僅かに揺れていた。


「実力の有った貴女には理解出来ないでしょうけど、前よりもずっと、住み難くなった。女には特に」

「二十年以上経っても、何も変わっていないな」

「以前よりずっと、酷くなってる。最長老は、貴女が居なくなって、より獣と化した。弱い女から、どんどん命を喰われている」

「私に逃げた事を責めているのか?」


 敵意では無いにしろ、悠李の冷たい言葉に只管に耐えた。

 彼女の怒りは最もだった。傀儡同然に扱われ、誰もがユーリックに道具としての価値を押し付けたのだ。


「……いいえ、決意が出来た」

「何を?」

「国を捨てる事を。好きで、()()()()をして生きていたと思ってるの?」


 ルネのその言葉に、悠李は何も返せなかった。ルネはそういう手段を好んで使っていると、勝手に思っていた。悠李は、その手段を使いたくないと、必死だったが、ルネにはその手段しか無かったのだ。


「あんな陰鬱な国、こんな機会でも無ければ逃げられない」

「ヘマをしたのだと、思っていた」

「する訳ないわ」


 呆気にとられる悠李を見て、ルネは少し安心した表情になった。


「貴女、変わったのね」


 その言葉に他意は無かった。

 ルネにとっては、表情の無い悠李しか見たことが無かった。だが、今は怒りを見せたり、驚いたりと、当たり前の表情がそこにある。

 もう、人形だった頃のユーリックは、此処には居ない。


「良い所みたいね」


 その言葉で、悠李は穏やかな表情を見せた。

 陰鬱な国で過ごしていた頃では、決して見ることの無かった、悠李の表情に、ルネも何処か納得したようだった。


「話は、それだけ」


 その言葉で、蒼公が兵士に指示を出すと、ルネは兵士と共に、部屋を出た。

 ルネの後ろ姿を見送り、蒼公は徐に口を開いた。


「校尉、恋人がいたのか」

「友人です。その件に関しては、私用なものなので、お話しする義務は有りません」


 大して面白い話でも無いだろうに、ニヤニヤと笑みを絶やさない。そっけない態度を見せても尚、それは変わらなかった。

 悠李は、蒼公から目を逸らし、ルネが座っていた椅子に目を向けた。


「彼女は、どうなりますか」

「何だ、やはり気になるのか」


 悠李は蒼公をちらりと見るだけだった。


「……いえ、特には」

「引き入れたからには、ぞんざいに扱うつもりは無い。使い所はこれから考えるがな」

「そうですか……」


 情が湧いた訳でも無い。悠李自身も、何故そこまでルネを気にかけるかが分からない。悶々と考え込むも、答えなど、出るはずも無かった。


「さて、今回の件は、これで終いだ。協力に感謝する」


 機嫌の良い蒼公と違って、祝融は逆に気は進まないと言った表情を見せた。


「俺は、まだ終わってないがな。会議で、面々と話をせねばならんと思うと、面倒だ」


 元老院の会議が執り行われるとなれば、嫌でも周公達と向かい合わなければならない。特に周公は、祝融を快く思っていない。今回の事象の担当が蒼公とは言え、その場にいたのなら、祝融も何かしら問い詰められるだろう。


「嫌なら、後進に席を譲ったらどうだ?」

「後進は俺の甥だが?」


 にやにやと祝融を見ていた蒼公だったが、祝融の甥の姿を思い出すと、一瞬で表情を凍らせた。


「……それは、遠慮したい。傍観できれば、さぞ面白いだろうが、あの男の性格からして俺以上に場を荒らすに違いない」


 巻き込まれる事は必須と、乾いた笑いをした。不意に悠李が目に入った。


「校尉は、よくあの気難しい男と夫婦になろうと思えたものだな。噂では夫婦仲は良くないと聞くが」


 悠李は思わぬ言葉に、きょとんと呆けた表情になった。


「……その様な噂は初めて聞きましたが、悪くは無いです」


 軍務に勤しんでいる為、悠李は噂話に疎い。いつの間に、そんな噂が広まったのか。首を傾げていると、代わりに答えを出したのは祝融だった。


「公私混同が無いからな。知らねば、誰も夫婦とは思わん程、達観している」


 蚩尤と悠李は、私情と仕事は別と割り切っていた。確かに、公の部分だけならば、そう見られても仕方がないと、悠李は納得した。


「仕事に徹していると言って下さい」


 人聞きが悪いと言い返した言葉に、反応したのは蒼公だった。つまらないといった顔を見せ、息を吐いた。


「なんだ、噂は当てにならんな」

「……まさか、それを出汁に悠李を取り込もうと思っていたのか」

「ああ、使えると思ったが、もう必要無い」


 蒼公が欲しかったのは、悠李という存在では無く、藍を守る為の手段が必要なだけだった。

 背後に丹という存在がいる悠李よりも、この国に対して無知なリショウがの方が余程扱い易い事だろう。


「では、そろそろ失礼する。校尉も俺も仕事が溜まる一方だ」


 祝融の言葉と共に二人は立ち上がった。


「校尉は公務だが、貴公は金儲けだろう。そう焦らずとも良いでは無いか」

「戻るにも一週間掛かる。無為な時間を過ごすのは御免だ」

「相当儲けているらしいが、それ以上稼いでどうする」


 祝融は実業家の一面もある。姜家は資産家で、その殆どが、祝融の個人的な資産だと知ったのは、悠李も養女になって暫くしてからだった。

 そして、その資産が貴族の中でも、桁違いな事も……。

 そのお陰といえば良いのか、祝融は、孫娘の勾だけでなく、義理の娘である翠玲や諸侯の妻である珊子、勿論、養女である悠李にも、何かと高価なものを買い与えていた。

 掛かる金額に、毎度のことの様に遠慮がちになる悠李に、金を使う事も丹の為になるとまで説き伏せた程だ。

 

「金はどれだけあっても困らんからな。それに掛かる時間は実に有意義なものだ」


 そう言うと、祝融はそそくさと蒼公に背を向けていた。悠李もまた、それに続く為、今一度、蒼公を見た。

 

「では、蒼公。失礼致します」

「もし、夫と養父の顔が見るのが嫌になったら、是非とも蒼家を頼ると良い。今回の件も有る、歓迎しよう」


 冷淡な一面を見た後なだけに、腹の奥底の本心に何を考えているかも分からない。飄々としたばかりの男に、悠李の返事は愚直と言える程に真っ直ぐだった。


「もし、その様な事がありましたら、是非とも蒼公を頼りに伺います。ですが、まず、無いでしょう」


 裏切る事は無いと言い切る悠李の姿も、蒼公が何を言おうが、一切動じない祝融の姿も、蒼公は僅かばかりに面白くは無かった。


「それはそれは……」


 表面は笑顔でも、冷え切った目が悠李に向けられていた。

 二人を見送り、卓に座り直すと、今迄、二人が座っていて椅子を見つめた。


「(なんとも詰まらない回答だった)」


 混乱を起こしたいわけでは無いが、動揺程度は見せると思っていた。丹では確かな信頼関係が成り立っている。どの道入り込む余地など無かったのだと、蒼公は改めて実感させられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ