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虚構の夢人  作者: 柊
12/21

十一

 ルネは、砂浜に座り込み、ぼんやり海を見つめながら考えていた。


「(此処は、一体どこなのだろう)」


 水平線の先を見ている分には、辰と何ら変わりは無い。だが、周りを囲む兵士の様相を見る限り、自身の知らない地である事は間違い無かった。

 言葉が通じ、顔立ちこそ辰と似ているが、青い髪と金の瞳を持った文官は異国を思わせる。


「(彼女は本当に此処に居るのだろうか)」


 ルネは、友人とまでは呼べないが、時折顔を合わせては、酒を共に呑んだ程度の仲の女を思い浮かべた。

 ロアン老師の弟子、ユーリック。

 彼女は、ある意味尊敬に値した。実力のみで魔術師の世界を生きる女。南部に暮らし、妖魔を相手取る仕事をしている割に、傷は無く、それが彼女の強さを物語っていた。

 その実力たるや、上位の魔術師すら凌ぐと噂される程。男であったなら、最年少の老師の席も夢ではない。そう言われていた。

 そう、()()()()()()()

 独り立ちして弟子を取っていてもおかしくは無い実力と言われていたが、女である事が彼女の足を引っ張っているとも言われていた。

 それだけの実力を持ってしても、女と言うだけで認められない。自分のことでは無いのに、ルネはもどかしさを覚えた事を今でも思い出す。

 そんなユーリックとの出会いは本当に偶々だった。酒を飲みに行った先に、ユーリックは居た。赤眼が目立つ女だと噂で聞いていたが、そんな雑な言葉では済ませない程に紅玉の如く美しい瞳。それだけで、一眼で彼女がそうだと分かった。

 興味も有り、隣に座り話しかけるが、ユーリックは一瞥しただけで何も返す事は無かった。

 無愛想と言うよりは、無関心。表情を持たず、誰とも話さず、ただ一人そこで酒を飲む。

 仕草はお世辞にも女らしいとは言えないが、端正な顔立ちのせいか、目線だけは集めていた。だが、手を出す者はいないだろう。実力は言うもがな、何よりロアン老師の弟子。

 彼女は独り立ちせず、師の元に留まっている事も有り、もしも、師と()()()()()()の場合もある。もしも、ロアン老師の所有物に手を出そうものなら、それこそ命知らずと言うものだ。

 そもそも、そこらの魔術師では、彼女を押し倒すことは、まず無理だろうが。

 ルネは、ユーリックに興味を持った。何より、近づいておいて損はない。

 幾度となく、そこに通い、彼女に話しかけ続けているうちに、ユーリックが返事を返す様になっていた。何気ない会話をしているうちに、ユーリックが独り立ちをしない理由も聞き出せたが、それは至極当然と思える話でもあった。


「何故、貴女程の実力があって独り立ちしないの?」

「……女を使って生きたくないなら、この地にいろと命じられている」


 ユーリックが独り立ちしないのでは無く、ロアン老師が彼女を手放さないのだ。依存では無いが、精神支配に近いものあるのだろう。ユーリックの目に意思はなく、命じられたから従っていると言っている様なものだった。


「師父はいつも正しい。従っていれば、何も間違いは起こらない」

 

 その言葉には、ロアン老師を尊敬している様で、恐れている様にも聞こえる。

 ユーリックは、何日も顔を出さない時もあったが、彼女は決まってその酒場にいた。

 他に趣味は無いのか、恋人は居ないのか、色々聞いたが答えは大抵同じだった。


「興味が無い」


 変わらず無表情で答えるユーリックに、感情が無いのか、出さないようにしているかは分からなかった。

 何ものにも興味も持たず、執着もない。恐ろしい実力を持ちながらも、ひたすらに師に抑圧されて生きている。

 ルネは、目の前にいながら、ユーリック本来の姿を一度も見る事は無かった。


 最早、遠い過去の存在になった彼女を思い出していると、一人の兵士に話しかけられた。


「蒼公がお呼びだ」


 蒼公。先ほどの件で、あの青髪の男が、そう呼ばれていた事を思い出す。

 協力を受け入れてくれるのだろうか。ルネは僅かな期待を胸に、兵士の後に続いた。

 案内された先に居たのは、蒼公と名乗った男の他に、同様に身分の高いと思われる大柄の男。

 そして、その男の隣には見間違えることのない、紅玉色の瞳の女。


「……ユーリック」


 つい、声に出てしまった。ルネは、空いている席に座るように促され、戸惑いながらも席に着いた。ユーリックの装いは、兵士に比べ、身なりの良いものに見える。隣の男に仕えているなら、背後に立つはずだ。 

 ユーリックはこの地の人間として暮らしている。それだけは、ルネにも理解できていた。

 ルネに何の反応も見せない悠李を尻目に、口を開いたのは、蒼公と呼ばれた、青髪の男だった。


「……姜校尉に見覚えが有る様だな」


 わざとらしい言い草だった。この男は、最初からユーリックという人物を知っていたのだ。


「(こんなにも近くにいるなんて……)」


 校尉の意味こそわからないが、姜と呼ばれた。名を変えて生きているのは明らかだった。


「前に言ったな、この国に留まりたいと」

「……はい。出来ればですが」


 早まっただろうか。ここにいる全ての者が何を考えているか、ルネには何一つとしてわからなかった。


「協力次第では、考えてやっても良い。お前達が何者かは、校尉が全て話してくれた。後の対処はお前達次第だ」


 あくまで、どう対処するかは言わない。

 無事に返すか、それとも、この場で全て殺すか。


「私は、何をすれば宜しいのでしょうか」

「何もしなくて良い。この国にどうやって来たかは知っているか?」


 何ともおかしな質問に、ルネは戸惑った。深読みするべきか、その質問の意図すら理解が出来ない。


「どうも何も、船に乗ってここまで来ました」


 それを聞いた、蒼公の顔色が変わった。胡散臭い笑みは消え、明らかにルネに対して敵意を向けている。


「本当にか?」

「……本当です」

「何かおかしな事は無かったか?」


 ルネは、一つだけ異常があった事を思い出した。


「気を失う前、大きな音が響きました。どこから鳴っているのかは分からなかったのですが、鐘の音が幾つもなっているような……」

「それは真か」

「事実です。その音は耳を塞いでも、聞こえて、そして気を失いました」


 鐘の音。あれは一体何だったのだろう。幻聴なら良かったが、周りにいた者全てに聞こえている様だった。

 しかし、それが何だと言うのだろうか。何故、この国に来た方法をそこまで気にすると言うのだろうか。


「どうやって、この国を見つけた」

「……何を言っているのでしょうか」


 詳細は、知らされていない。ただ、ユーリックがいる地を見つけたとだけを知らされ、旅への志願者が募られた。どこに向かっているのかも、どの国にいるのかも、知らされていない。

 そもそも、嵐のせいで、目的とは別の地に流されたとすら思えていた。


「蒼公、この者は本当に知らないのかもしれません」


 戸惑っていると、ユーリックが口を開いた。久しぶりに聞いたその声は、確かに彼女のものだった。


「やはり、リショウに聴かねばならんか」

「その方が早いかと」

「姜公、悪いが校尉を囮にするぞ」

「仕方が無い。一応、俺にも剣を貸してくれ。悠李を連れて帰れねば、俺が甥に殺される」

「ご冗談を、姜伯程、貴公に忠実な男もいない」


 何とも物騒な会話が目の前で繰り広げられている。

その光景を呆然と見つめつつも、既に、魔術師一団は敵として、認識されているのだと気付いた。


「お前はここにいると良い。あちらの出方次第だが、リショウ以外は討伐対象になる」

「この者を庇護下に置かれるのですか?」


 ユーリックの言葉に肩が竦んだ。彼女は友人という訳ではない。助けてくれと言ったところで、彼女の性格では、見放されるだろう。


「こちらも外界の情報が欲しい。それとも、他に紹介できそうな人物でもいそうか?」

「信頼できる知り合いなど、居ませんよ」


 ルネの胸が、ちくりと痛んだ。自分が信用も信頼もされていないと、言われているようなものだった。

 実際、一度彼女の信用を失った。

 

 ルネは、立ち上がり目の前を去っていくユーリックの姿を目で追うも、昔の彼女とは違い、師の背後で隠れる様に生きていた頃が想像出来ない程に堂々とした姿が、到底同一人物に思えなかった。


――


 リショウは焦っていた。行動を起こすべきか思い悩んでは、悶々と一人考え続けている。

 なるべく穏便に済まし、ユーリックを探したかったが、どうにもおかしい。一向に解放される気配がない。

 自分達が、何を疑われているのかも、分からない上に、この地が、本当に目指していた地なのかも確認のしようも無い。

 自由に身動きも取れない状況で同行者達は苛立ち、今にも行動を起こしそうにまでなっている。もう抑えは効かないだろう。


「(早く、あの女を見つけて国に帰らねば)」


 いつ、エンディル国が攻め込んできても、おかしくない状況だ。早く帰らねば、手柄を立てる機会も無くなれば、祖国は無くなる事すらあり得る。

 辰は広く、魔術師も多い。だが、エンディル国は、魔術師の祖と呼ばれる国だ。とても、技量で敵う国では無い。

 隣国の(とう)国は虫の息。既に喰らう魔術師も殆ど居ない。

 少しでも強い魔術師を増やすためには、ユーリックの存在が必要不可欠となっていた。


「(行動を起こすべきか……)」


 猶予は残されていない。

 リショウに焦燥感が募る中、突然、天幕の中が騒ついた。

 同行者達の視線も声も、入口辺りで何かに向けて発せられている。リショウも、顔を上げ、入口を見た。

 そこには、目当ての赤眼の女が佇んでいた。

 女は、リショウをその目に捕らえると、ゆっくりと目の前まで近づき、口を開いた。


「私は、姜家当主が娘、姜悠李と申す。そちらが探しているユーリックなる者は此処には居ない。さて、どうする?」


 挑発にも取れる言葉だった。異国の衣を見に纏い、ある程度の身分が窺える。

 自分の考えは全て正しかった。リショウは興奮を抑える様に、自身の胸に手を当て、女をその視界に捉えながら立ち上がった。

 この女が自ら現れたという意味。そして、蒼公は最初からユーリックの事を知っていたという事。そして、今も尚、見せる溶融のこの国の者が、この女を引き渡す気は無い。そう、理解したのだ。


「わざわざ、此処に来るとは……隠れていれば良いものを」

「何、不審な一団が現れたと連絡を受け、助力を頼まれた迄。大人しく帰るのであれば何もしない」


 立場は自分の方が上だと、リショウは言われている気がしてならなかった。

 帰る気は無い、この国がこの女を渡す気も無い。

 ならば、手段は一つしか無かった。


「結界を張れ!この女に力を使わせるな!」


 リショウが叫ぶと、魔術師達は悠李を取り囲んだ。

 悠李の足元に陣が浮かぶ。悠李は自分の手をじっと見た。魔素を込めようとしても、何も起きない。

 だが、悠李は焦る様子ない。悠長に当たりを見渡し、大した警戒も見せない。

 余裕の行動は、女の実力を物語っていた。


「どうせその女は死なん!息の根を止めてでも捕らえろ!」


 一斉に魔術師達が襲いかかった。

 悠李はため息をつきながら、短剣を抜くと、狭い天幕の中、悠李は入口目指して駆け出した。

 道を塞ぐ魔術師に剣を向け、喉元を切り裂き、時には拳で顔面を殴った。魔術など、使う必要が無い。

 悠李はあっさりと、天幕を出た。


 後を追うように魔術師達は悠李を追った。

 だが、天幕を出た瞬間、魔術師達は、自分達が置かれた状況を理解せざるを得なかった。

 待ち構えていたと言わんばかりに、外には皇軍が立ち並んでいる。それを率いるは、藍省元老院、蒼郭園。


「どうやら、あれらは姜家息女に手を出したようだ。この国の敵とみなし、頭目を除き全て殺せ」


 非道な命令が下され、魔術師達に手段は残されていない。魔術師達は、陽国皇国軍へ敵意を向けた。と他の天幕も、騒ぎを聞き、同様に魔術師達が動き始めた。

 皇軍。龍人族で構成されたその軍は、人相手なら負けないだろう。

 

―彼らの手に触れてはならない。赤い陣が浮かんだら、避ければ良い


 悠李はそれだけを伝えていた。それだけの情報があれば、龍人族には十分だった。当たらなければ、武芸を極めていない魔術師など、取るに足らないと悠李は分かっていた。


「悠李、お前は雑魚でも相手してろ」


 いつの間にか悠李の背後に祝融が立っていた。


「今回は、静観するのでは無かったのですか?」

「魔術師が、どれ程のものか、確認しておく必要がある」


 祝融は天幕を見ていた。恐らく、目当てはリショウだろう。


「殺しはしないから、安心しろ。加減ぐらい出来る」


 悠李は、祝融が本気で戦ったのを見たのは、相手が蚩尤の時だけだ。とても、リショウが蚩尤程、強さが有るとは思えない。


「俺もたまには、力を使わんと鈍るからな」


 剣を抜き、既に血気盛んと言ったところか。悠李は、天幕の中に向かう祝融を止める事なく、見送った。


――


 天幕の中、押し負ける同行者達に、リショウは焦っていた。


「何なんだ、あいつらは」

「師父、どうしましょう」


 側に残った弟子の顔色は、不安で一杯だった。剣で戦い、殆ど魔術が当たっていない。誰も、恐れてすらいない。

 この国は、おかしい。

 自分も出なければ、そう思った時、天幕の中に一人の男が入ってきた。

 今まで、一度として、顔を見せなかった男だった。その男の身なりはただの兵士ではない。蒼公に近い身分が伺える装いの男は剣を抜き、明らかにリショウに敵意を向けていた。


「リショウ……だったな」


 その目は、獲物を見つけたと言わんばかりに、鋭い。その身なりと、相反する様にも見えるが、悠々と剣を構える姿は、歴戦を思わせる。

 

「高貴な方と伺える」

「まあ、そうだな」

「では、人質になって頂くとしよう」


 先に動いたのは弟子だった。距離を取り、剣が届かぬ場所から、男の足元に赤い陣が浮かんだ。

 それが発動するより前に男は弟子に向かった。一瞬で男は弟子の懐に潜り込んだかと思うと、躊躇なく剣を振るい、弟子はあっさりと斬られていた。血飛沫が上がり、男の顔にもそれが付着する。

 不意をつくしかない。リショウは弟子に気を取られた僅かな隙に、男の背後に迫った。

 今だ。後わずかで、手が届くという所で、途端に周りが熱くなった。 

 リショウは、身の危険を感じ、身を引くと、その瞬間に男は炎を身に纏い、その目にはリショウを捉えていた。


「(何なんだ、あれは)」


 魔術では無い何か。その男が、炎を纏わせるだけで、天幕の中が、ひどく熱くなった。

 幻では無い、本物の炎。

 近づく事はできなくなった。

 リショウは、少しづつ近づく男を、その目に捉えたまま、男の周りにいくつもの赤い陣を浮かび上がらせた。


「成程、こういう事もできるのか」


 男は、魔術の攻撃性を知っている様子を見せるが、一切の無駄な挙動は見せない。

 何故、この男はこうも余裕なのだろうか。リショウは、苛立ちと共に、魔術を発動させた。

 黄色い閃光が、男の足元から広がったが、男はそれが自らに届く前に、身軽に避けてしまう。リショウは、男が避けては次々と発動したが、どれも当たる事はなかった。

 瞬く間に、男はリショウ背後へと回り込んでいた。燃える様に熱い。その熱が、リショウを焦らせた。リショウはゆかか、天井から、幾重にも渡る氷の柱を創り出し、男へと向けていた。

 だが、幻の氷は、炎の壁に当たり、一瞬で溶けて消えてしまった。


 男は、リショウの腕を掴んだ。その瞬間、言い表せない激痛が、リショウを襲った。


「うわああああ!!」


 リショウは、あまりの痛みに悶え苦しんだ。それでも、男はリショウの腕を離さなかった。

 リショウの腕は燃え、次第に肉の焦げる匂いが漂っていた。漸く、男が手を離した時には、リショウは痛みで気を失っていた。


――


 天幕の外、悠李は向かいくる魔術師を蹴散らしていた。周りを気にしながらみ、混乱に乗じて、対峙していた魔術師の背後に回る。自らの手に魔素を込めると、背後からその者の魔素を、軽々と抜き取っていた。その者は悲鳴を上げたが、周りの騒ぎで誰も気にしない。

 そして、当たり前の様に、取り出したそれを口に含む。

 悠李はそれを幾度となく、繰り返した。

 それを、見られているとも知らずに。

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