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虚構の夢人  作者: 柊
11/21

 現地に着くと、場は混乱していた。どうやら、誰かが騒ぎを起こしたらしく、人集りが出来ている。


「いつまで閉じ込めておくつもりだ!」


 怖い者知らずか、皇軍相手に強気でかかる一人の男。騒ぎに気付き、ぞろぞろと天幕から、船人が姿を表していた。

 悠李に気づかれると余計に混乱する。祝融は悠李を隠す様に前に立ち、その場を眺めた。


「騒ぎを収拾しなくて宜しいのですか?」

「今回ばかりは、俺の仕事じゃない。蒼公か皇軍が何とかするだろ」


 そう言っている間に、一人の武官が前に出た。


「何事だ」

「蒼将軍、船人の一人が騒ぎ始めまして……」


 祝融が壁になり、場は見えずとも、悠李はその者が誰かが分かった。

 昨日は見当たらない事から、この件から手を引いたものだと悠李は考えていた。

 蒼夏珀は、騒ぎの中心たる男の前に立ちはだかると、男を見た。

 睨みつけているにも近い目を向ければ、その威圧に男は少しばかり後ずさる。それに反して夏珀の口調は、落ち着いたものだった。


「我々は捕縛している訳ではないが、異国より来られたあなたがたを縛る法も無い。悪いが、もう少しばかり我慢をして頂きたい」

「何を調べる必要が有る。何も出てこないのだろう」


 出来る限り穏便に終わらせようとした様だが、どうにも相手は苛立っている。半月以上も、一つ所に閉じ込めておけば、そう言う者が出てもおかしく無い状況ではあった。


「(まあ、一人二人なら、保護なんだろうけどな)」


 悠李も保護された者だが、あくまで稀に来る異邦人の対処法だ。こうも団体では、いかにも怪しい。

 この国を知った悠李から見れば、手間取るのも致し方無いことではあると思えたが、何も知らない船人では、そうは思えないだろう。


「やれやれ、何の騒ぎだ」


 智庚を後ろに連れ、欠伸をかき、剰え伸びまでしながら、蒼公が現れた。


「お祖父様、はしたないです」


 お目付役と言わんばかりに、智庚は祖父で有る蒼公を叱った。


「全く……で、夏珀、それは何と?」

「いつまで、ここに留めておくつもりかと」

「ふむ。解放して欲しいか。なら、海へ行け。泳いで帰ると良い」


 帰れるかなど、知ったことでは無いがなと、付け足し、更には適当に手をふらふらと海へ向けてを払ってみせる。小馬鹿にした態度としか見えなかっただろう。単純な挑発に男は乗った。顔に怒りが溢れ出し、抑えきれなくなっていった。


「我々は皇帝の命を受け、ここに来たのだ!」

「それがどうした。読めもしない書状に何の意味がある」

「印章が押されていた!皇帝陛下からの勅命とわからないのか!」

「我らが国の皇帝では無い。それに、そちらが目的を果たせなくとも、こちらには何の痛手でも無い」

「ふざけるなっ!」


 男は蒼公の腕を掴んだ、その瞬間だった。夏珀は男を取り押さえ、地面にねじ伏せた。


「やれやれ、礼儀も知らんとは」


 男は完全に押さえ込まれ、身動きが取れなかった。

腕は捩じ上げられ、苦痛からか顔を歪ませている。


「こちらで行動したいのなら、こちらに従うべきだとは思わんか?」

「原始的な蛮族どっ……」


 言葉は途中で止まった。夏珀が男の額を地面に擦り付けた為、それ以上話す事が出来なかったのだ。


「おお、侮辱されるのは久しぶりだ」


 蒼公は、ただ笑った。


「お前は、この国で罰せられる事が無いと思っているのか?お前は私を侮辱した。これでも爵位ある身、不敬罪が適応される。藍では執行された例はあまり無いが……」


 藍を治めるのは龍人族。わざわざ龍人族に不敬な行いをする者は少ない。


「蒼公、不敬罪には鞭打ちか禁固刑が適応されます」


 蒼公の背後で傍観していた、智庚が徐ろに口を開いた。


「おお、そうか。あまりに久方ぶりで、忘れておった。誰か、鞭を持っておるか?」


 わざとらしく大袈裟に言う蒼公。男は漸く、自分の立場を理解したのか、顔が青ざめていた。許しを請いたくても、夏珀の力が強く、身動きが取れない。

 だが、人集り中から、それを止めるべく一人の男が前に出た。

 

「どうか、その者を許してやっては頂けないだろうか」


 騒ぎを聞きつけ、姿を表した初老の男。悠李は祝融の背後から隠れながら僅かに見えたその男がリショウだと確信した。


「祝融様、あれが老師のリショウです」

「……先程の男よりは、まともに見えるな」


 他もそうだが、只人と何ら変わりない。此方の不死と同様に、見た目では判断が出来ない。


「どれ程の者だ」

「実力は知れませんが、老師の中でも序列が低い筈です」

「序列?」

「順位の様なものです。数字が小さい程上を指します。最高位が最長老。序列二位から十一位が老師です。今は分かりませんが、当時は序列十位がリショウだった筈」

「お前は?」

「序列は百位まで。私は入ってすらいません。正直目で見なければ、リショウの実力は分かりません」


 成程な、と祝融はリショウに意識を戻した。


「此方の無礼をお詫びする。この者は礼儀を身に付けている訳では無い。此方の教育が足りないばかりに手を出してしまった事を、謝罪する。慣れない場所で、気が立っていただけだ。どうか、許してやっては貰えないだろうか」


 温厚で誠実。礼儀も弁え、立場を理解している発言だった。


「……リショウ、この者は私の腕を掴み侮辱を口にした。罰は受けてもらわねばならん」

「分かっております。ですが、慣れない土地で隔離された状態では、心身共に疲弊します。何より、その男は身なりだけでは貴公の身分も分からなかった」


 蒼公は暫し考える素振りを見せるも、あっさりと答えを出していた。

 

「筋は通っておるな。良いだろう、お前に免じて今回ばかりは許そう。だが、他の者にも伝えろ。立場を弁えろとな」


 飄々とした男は消え、金の瞳が鋭く光る。

 あくまで、此方が上なのだと、蒼公は知らしめる必要があった。この男は丁度良い機会を蒼公に与えたに過ぎなかった。


「蒼将軍、離してやれ」

「承知しました」


 夏珀が手を離すと男は痛む腕を庇い、よろけながら立ち上がる。怯える様を見せ、早々にその場を立ち去った。

 これで、その場で騒ぎを見ていた船人達は、青い髪を持つ者や異国の衣服を纏う者達を高位の者と認識せざるを得なかっただろう。

 自分達が、本当に異国に来てしまったのだと。


――


「あの男には感謝せねばならんな」


 軍事関係の者の為に用意された天幕の中、長椅子に座りながら蒼公は大いに笑っていた。


「リショウが止めなければ、どうしていた」


 祝融は悠李と共に向かいに座り、呆れた顔をしていた。


「それならば、あの男が鞭打ちになっていただけだ」


 蒼公にはどちらでも良かった。一人で良いから、見せしめが必要だっただけで、誰でもよかったのだ。


「立場を分からせねば、付け上がり、混乱を抑えられなくなる」

「今とて、完全に抑えられたわけでは無いだろう」


 彼らは今の所、目立って事を起こしてはいない。一時的に抑えたとは言え、実力を隠したまま、いつ事を起こすかも分からない。


「あちらは、実力はまだ知られていないと考えているだろう。このまま、解放されるまで強かに過ごすか、姜校尉を見て、行動を起こすか……」


 蒼公は悠李を見た。


「餌をぶら下げてみるか……」


 義理とは言え、格式ある姜家の息女。悠李は気にも留めないが、祝融は、その言い方は失礼だと蒼公を睨んだ。


「人の義娘を餌呼ばわりか」

「実際にそうだろう。この地を探し回らねばならんと考えているから、大人しくしているに過ぎん。容易に手に入ると分かれば、餌に喰い付く」

「だろうな。問題はそれだと、此方に来た手段が聴けないと言う事だ」

「それだが、リショウに聞いたところ、ただ船で来たとしか答えなかった」

「それを信じるのか」


 蒼公は腕を組み天井を見上げた。四海竜王に神子がいれば簡単だったろう。

 何故、これらを通したのか。

 蒼公は、真正面に座る悠李を再度見た。彼女も異邦人だ。彼女の場合は不死身だから、なし得た事で有り、白神に導かれたから、この地に居る。


「……姜校尉はどう考える?」


 突然話を振られ、悠李はきょとんとした表情をした。


「別に手段を考えるとかでは無い。あれらの考え方を知っているのは姜校尉だけだ」


 でしたら、と悠李は口を開いた。


「体勢は整っているのに手を出さないのであれば、リショウが思慮深いか、穏便に事を運ぼうと考えているかです。先程の蒼公の行動で、異国である事は理解したでしょう」

「彼らは武器らしい物は何一つとして持っていない。そもそも、どう戦う」

「魔術は異能のようなものと思って頂ければ。段違いに弱いですが、使い方によっては殺傷能力が有ります」


 これには、流石の蒼公も顔を曇らせた。


「どれ程だ」

「個人差が有るので……」

「では、校尉ならどうだ」


 悠李は祝融を見た。流石に判断が出来ない。此処まで来れば、自身の力が異能で無いと言っているも同然だが、判断を下すのは祝融だ。


「構わん。あれらが来た時点で、どの道隠す意味は無い」

「……以前、私の能力を知らない相手二人にその能力を使いました。どちらも手練。その時は足止めが目的でしたので身体の一部を凍らせる程度に留めましたが、殺す事も可能でした」


 祝融は、それが初めて会った時だと、当時の事を思い起こした。二人とも鈍っていたとは言え、熟練者だった。


「一人は獣人族、一人は龍人族。手強かったのは確かです」

「校尉……それが本当なら脅威でしか無い」


 蒼公は鋭い眼差しを悠李に向けた。悠李の強さは知っている。甥である、夏珀が御前試合とは言え、彼女に負けた事はその目で見届けた。


「いいえ、知っていれば何ら問題は無いでしょう」


 悠李は掌を出して、蒼公に見せた。掌の上には赤い陣が浮かび上がり、炎が燃え上がった。


「なっ……」


 驚いたのは、蒼公だけでは無かった。蒼公の背後にいた者、天幕の中で様子を伺っていた者、偶々横を通り過ぎた者。驚くのも無理は無い。

 この国で火の能力を扱うのは、只一人と言われていたからだ。


「あくまで、幻が具現化したものとお考え下さい。今、私の手にある陣が設計図、魔素は材料と言ったところです。創ろうと思えば何でも創ることが出来るが、知識が伴わねば、幻のまま。そして、当たらなければ、意味など無い」


 蒼公は悠李の掌の上で燃え上がる其れを見続けた。本物と、何ら遜色は無いそれは、先日見た祝融の炎に酷似していた。

 悠李が火を見せた事には意味があった。

 この国で、火の異能は悠李の主でもある、祝融だけが持つ力だ。それは神々しく、畏敬の念を浮かべる者すらいる。

 それを、相手が使えば動揺してしまうだろう。悠李は魔術の全てを教える事は出来なくとも、これが幻であり、決して神の力では無いと伝える事は出来る。


「妖魔に軽々勝てる者であれば、まず負ける事は無いかと」

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