無作為
「つまりだ、山民。君の修行に、作為のなさを組み込めばいい」
「組み込むってことは、つまるところ作為じゃねえのか。そんなこと、出来るのか?」
「無論、出来るとも」
師尊は 肯 き、続ける。
「より正確に言うなら、作為ではなく複雑さの問題だ。訓練に一定以上、複雑さを取り入れればいい。そうしたなら、複雑なその訓練で即時の対応を問われることになる。決して単純ではない、機に応じた対応を」
「理屈の上では、そうかもな」
「理屈だけではない、実践できる形だよ」
おそらく、存在してはいるのだろう。
しかしまだ納得は出来ない。
あるように見せる、あるいはんな話芸かも知れないのだ。
「なら聞くぜ、あるならな」
「ふむ。たとえば、滝から小枝を流す」
「滝の下で待って、そいつを斬れとでも?」
「簡単過ぎるか」
「きちんと目を開けてればな」
「では、30本を同時に流せば」
「斬れはするが、危うくはなるかもな」
「さらにだ、流す間隔と何個流すかを、事前に知らせなければ」
「……」
山民は想像する。
想像した上で、認めざるを得ない。
「出来るだろうな……複雑な訓練、て奴が」
「――あるいは、素人を相手にする手もある。武芸の心得がない、文字通りの素人を」
「それは……それこそ簡単に過ぎる。俺の相手にならないだろ」
「無論、結果はそうだろう。だが、過程の方はどうだ」
真っ直ぐにこちらを見ながら、師尊。
こうも真正面からでは、どうにもやりにくい。
「君は強いのだろう。しかしその強さは一目瞭然ではない。その強さを見抜けない者が相手なら、どうだ」
「その程度の技量なら、俺の敵じゃねえな」
「その程度の技量。確かにそうだ――そして技量がないだけに、かえって何をやるか分からない。中には、なまじ武を習うと外れるであろう発想も含まれる。すなわち、不測の事態を想定するに最適という事だ」
「……ずいぶんと、煽るな」
「そういう手段もある、と言うだけだ。薦めはしない――あまり多勢を相手にして、良いことは無いだろうな」
「……そこについては、気が合いそうだ」
「納得してもらえて何よりだ。ふむ。君の怪我も無事なようだしな――では」
「お、おい、どこへ行く気だ?」
「村だ」
師尊はそのまま荷を取り、野道を歩んでいく。
あわてて、山民は刀を手に取り、後を追った。
「置いてくなよ、まだ恩を返せてねえ」
「恩を売るために助けた訳ではない。あくまでも、おさめよとの天の声に従ったまでのこと」
「なら言い方を変えるぜ。俺に手を助けさせてくれ。でないと、どうにも俺の気持ちがおさまらないんだ」
「――ふむ」
不意に、師尊は立ち止まった。
何かしら、考える余地があるとでも言うように。
「私の負けだ。ついて来るといい」
「勝ち負けの問題じゃねえんだがな……ところで、だ。ひとつ言っていいか」
「何なりと」
「そっちには廃村しかねえ。行くなら、こっちの分かれ道だ」
虚を突かれた。
一瞬、そんな表情が見えた気がした。
ほんのわずかで、見間違いとも思えるのだが。
「――ふむ」
どこか気の抜けた相槌。
誤魔化す為の仕草と、さすがの山民にも察せた。