おさめる
「身勝手ひとつで、こいつを振り回して来たつもりは無いぜ」
山民 は再び、木へと刀を立て掛けた。
この武器は確かに、奪う力には欠けている。
だがどうであれ、武器であることに変わりはない。
そんな刀を持ったままでは、説得力に欠ける気がした。
「今までも、これから無闇に振り回すつもりも無い。ダメか、それでも」
「ふむ。足りないな」
ありのまま、率直な思いを 山民 は述べている。
師尊はしかし、それでは足りないと言う。
ならばこの上、さらに何が必要なのだろう。
「私には使命があってね」
「使命?」
「おさめよと言われたんだ」
「誰に?」
「天に」
芝居がかってはいない。
淡々としたその口調が、かえって本当を感じさせる。
しかし、それが本当のことだとして、だ。
どう反応したものか、山民 には分かりかねた。
「いや、何て言えばいいんだろうな……」
「君の傷を鎮めたのも、その為だ」
「よく分からねえが、デカい何かをおさめる為に、か?」
「まさか。目の前にいて死にかけていた、ゆえに治癒に手を貸した。ただそれだけの話だよ――もっとも、ここまで時間がかかるとは思わなかったがね」
恩に着せるでもない。
ただ事実として、そうであるとの言い方。
それがかえって、山民 の興味を引く。
「……何日かかった?」
「知ってどうする」
「知りてえ、てだけじゃダメか」
「ふむ――」
軽く、師尊は顎に手を当てた。
もったいぶる様子ではない。
何かしら、数字を数えるような顔だ。
「ざっと5日だ。町に出れば分かることだろう」
「日にちを疑っちゃいねえ。ただ、理由が分からねえだけだ」
その理屈と自分は、おそらく相容れない。
けれどもその理屈が、自分を救ったのも事実だ。
「先程も言った。損得の問題ではない、助けられると思ったから助けた。だが、私の手も千ある訳ではない。目の前で、おさめる対象を増やされるのは困るんだ。これじゃ悪いか、若いの」
「 山民 だ。悪かねえよ、師尊さま」
「ふむ。言うじゃないか」
「飼い犬でも歯向かうことはあるからな」
「おかしな事を。君は人だろう――もっとも、化生の類ならその限りではないが」
恐らくは冗談なのだろう。
それ位のことは、いまの 山民 にも察せた。
「人でも、時と場合によっちゃ噛み付くことはあるぜ」
「君はそんな者ではない。むろん、私もそうさせる気はない」
「やけに自信があるじゃないか」
「自信ではない、理の必然だよ」
「理屈の理か? それとも」
「道理の理、だ」
分かるようで、やはり分からない。
「 山民。君は、そうだな、もっと強くなれば、分かってくれるかも知れない」
「強さのことで、俺に教えられるとでも?」
「ふむ。心得を述べた所で、納得はできまいな。ならばこの時代で、私に言えることがあるとすれば――強くなるには、鍛錬する事だな」
「……当たり前だろ」
むしろ、当たり前に過ぎた。
技を研ぎ、さらに心を研ぐ。
それが道理、武術の道理ではないのか。
「君の言う鍛錬と私の言う鍛錬、かなり違うはずだが」
「答え合わせか。いいぜ、まずは俺が」
「いや、私が先に言おう」
「合ってるかどうか、俺が嘘を言うかも知れないぜ」
「その心配はしていない。むしろ君は、私が言いくるめはしないか、その心配をした方がいい」