天が降る(後)
もし仮に。
夜空に輝くあの星が、石で出来ているならば。
「……石ころが、落ちてくる」
「正解だ。むろん、滅多にあることではないがね」
天にあるはずの、星が降ること。
確かに、滅多にはあるまい。
あってもらっては困る。
「流れ星なら聞いたことはあるだろう」
「あ、ああ」
「流れ星を見たことは」
「ある」
「ふむ。ではその目で、落ちたあとの流れ星を見たことは」
わずかに考え込む。
考えたところで、答えはひとつ。
「……ない」
「――その正体が、これだ」
言って、師尊は懐に手をやった。
そのまま、こちらへ手を差し出す。
やがて緩やかに、握りこぶしが開かれていく。
その手のひらに乗るは、果たして。
「こいつが?」
「そう、君が言うところの“石ころ”だ」
指ひとつにも満たない。
大きさだけ見るなら、どうという事のない石だ。
しかし色が違う。
表面は茶色がかった黒、光沢はない。
焼け焦げてでもいるのだろうか。
割れた内側は茶色で、こちらは白が目立つ。
はっきり、見たことがない色の組み合わせだ。
「こいつが、俺の背中に……ぞっとしねえな」
問題は形だった。
小さく割れたその石は、刃の先に似ている。
もし仮に。
この石が、天から落ちて来てたなら。
そしてその石が、己の背に当たったなら。
「――いま言っても仕方ないだろうが、あまり気に病むな。繰り返す、こんな事は滅多にない」
「確かに、あっちゃ困るな」
「君が70万回生きたとしよう、星に当たるのはせいぜい、その内の1回と言ったところだ」
「その1回が今、いや数日前か」
納得はし切れない。
しかし納得せざるを得なかった。
あまりにも、道理が通っているのだから。
「文字通り、天に降られたって訳だ」」
誰かに斬られた訳ではない。
と言って、己に見逃しがあった訳でも。
何より、と山民は思う。
ただ天から落ちてきただけの石ころ。
何かの意志など、そこにあるはずもない。
意志がないものを、察することは出来ない。
「道理で、分からなかったはずだ」
「もう気にするな」
重ねて、師尊は言う。
その意ならば、決して分からなくもない。
天は降った。
今の山民にとって、それは確たる事実なのだから。
「雷で死ぬより、はるかに珍しいはずだ」
「いや、もういいさ。今は、重ねて礼を言わせてくれ。師尊……さま」
偶然を察すことなど出来ない。
しかし、山民と(サンミン)は思う。
己が救われた事は確かだ。
そこに意はある。
天のか、それとも相手の気まぐれか。
そこまではまだ分からないが。
「礼儀はよせ、山民」
「気がすまねえんだ。礼ってやつを、まずは払わせてくれ……師尊さま」
「ふむ。それなら、だ。まず、”さま”づけは止して欲しい」
「そいつは、命令かい?」
命令とあれば聞く。
言外に、そんな意味を込めた。
「――いや。これはただの、私からの頼みだ」