「ツキ」の運びネコ
ネコの仕事を知ってますか?
そこら辺でクテ~ンとしてたり、得意気にしっぽを伸ばして歩くのも立派な仕事ですが、
意外と知られていない、それはそれは大事な仕事があるんです。
それは「ツキの配達」です。
「ツイてるなあ」とか「ツイてないなあ」とかいうあの「ツキ」です。
ネコたちは、お空のお月さまから、「ツキ」を受け取って、それをみんなに配る仕事もしているのです。
夜になるとネコたちは、お月さまの光をいっぱい受け取ります。
目や、耳や、背中や、しっぽの先で。
それをあっちこっちに配るのです。いろんなところに「すりすり」と。
あるところにネコがおりました。
ピカピカの新人(?)ネコです。
こねこ時代、お母さんから教わったように、屋根に上ってお月さまを探します。
少し緊張の面持ちで、しきりに耳をピクピク動かしています。
新人ネコには、ある試験があるんです。
試験内容はわかりません。
いつ、どのように始まるのか? なんてこともわかりません。
「そんなのどうやって受けるの?」
巣離れの時、お母さんに聞いてみました。
でも。お母さんは目を細めて、「ふに~」っと楽しそうに笑っただけだったのです。
なので、結構おっかなびっくりのネコでした。
「今夜……のような気がするんだけどニャー」
夜空にはキレイに星が瞬いています。
涼しい夜風がおひげを少し揺らします。
そして、ジッと夜空を見上げます。
見上げます。
見上げています……。
「?」
ネコは首を傾げました。
いくら待っても。
いくら探しても。
お月さまが出てこないのです。
それなのに。
お月さまの香りはするのです。
夜空にフンフンと鼻を鳴らします。
やっぱり香りはするのです。
「?」
ネコはもう一度首を傾げます。
どういうことだか、さっぱりわかりません。
もう一度、ゆっくりと東の端から西の果てまで、目で撫でるように探してみました。
雲に隠れて見えないのかと思ったその時。
――どうぞ、お受け取りくださいな
声が聞こえました。
びっくりして体を縮こまらせます。
なんだにゃ?!
なんだにゃ!?
キョロキョロ。
キョロキョロ。
でも、声はそれっきり。
後は星の瞬きと、夜風がゆるりとそよぐだけ。
おそるおそる首を伸ばして、体を伸ばして。
目も、耳も、鼻も、ひげも、全身の毛先にも意識を巡らせ、そっとそっと、さっきの声の気配を探ります。
すぐ近くから、ちょっと遠く、もうちょっと遠く、もうちょっと……。
そのうちネコは、夜空に変な場所があるのを見つけました。
なんだか夜空のそこだけ黒い穴が空いてるみたいに、星が見えなくなってる丸いところがあるのです。
「!」
目を凝らし、神経を凝らします。
そこから香りがします。気配があります。
よくよく思い出せば、さっきの声はいつも聞いてたお月さまの声だったはずです。
どうやってるのかわかりませんが、お月さまは夜空に隠れていたようです。
「そりゃ、ないニャ~」
ネコはぽかりと口を開けて、肩を落としました。
まさか、いつも光ってるお月さまが、光らないとは思いませんでした。
いつも痩せたり太ったりしてるのは知ってましたが、光らないなんて。
……。
「あれ?」
そこでネコは重大なことに気がつきました。
お月さまが光ってなければ、「ツキ」を集められないのでは?
運ぶものが無ければ配りようもありません。
「え~!」
困った、困った。困りました。
ネコは頭をかかえます。
なんとな~く、「隠れてるお月さまを見つける」というのが試験だったような気はするのですが、でも「ツキ」を配ってこそのお仕事です。
配れませんでした、なんて「ツイてない」結果が通るのでしょうか?
「う~ん、こうなりゃヤケだニャ!」
ネコは腹を決めました。
光はなくても香りはあります。
なのでとにかく、飛んだり跳ねたり踊ったり。一生懸命吸い込んだりして、ツキの気配を集めます。
しっぽを振ったり、いっぱい顔を洗ったりで体中に月の香りを撫でつけます。
そうして一晩中頑張りました。
やがて、空が白み始めました。
お日さまの光が、す~っと空を覆っていくと、黒く影になっていたお月さまは、透き通るような丸みを見せていきました。
ネコは、ハアハアと息も荒く透明な月を見上げます。
その時不意に、お月さまがニッコリ笑いかけてきたような気がしました。
――どうぞ、よろしくお願いしますね。
どこからか、そんな声が聞こえました。
――まずはあなたに「ツキ」と祝福を贈ります。
そういうとお月さま、ゆっくりと西の空へ消えていきました。
最後までジッとお月さまを見ていたネコは、疲れの中にも満足そうに、「ニャオン!」と一声鳴きました。
世界は、また一匹。優秀な「ツキの運び手」を得ることができたのでした。