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夏の呪いとラムネ色の海  作者: Hiroko
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3

「あ、あのー……」私は意を決して話しかけることにした。

「は、はい!」

玉城たまき高校の……、先生ですよね、英語の」

先生は、思いもよらぬ私の言葉に口をぽかーーーんと開けて固まってしまった。

お母さんも、いったいこの子はなんの話をしているんだ、と言うように、先生と同じ時間の中で固まってしまった。

「あ、いえ、私、生徒です。玉城高校の」

「えっ!? あ、あぅ……、せ、生徒!」と先生は口を開けたまま器用にしゃべった。

「はい。二年の飯束綾子と言います」なぜ私は自己紹介したんだろう?

「ぼ、ぼくは、桜田です。桜田裕二です」なぜこの人は自己紹介したんだろう?

そしてその後しばらく、それはそれは気まずい雰囲気になってしまった。

「そ、そんな……、ぼ、ぼくは、自分の学校の生徒を……」と言って、先生はショックが二倍になったような顔をしてうなだれた。

やっぱり言わなきゃよかったかな……、と後悔した。


七月最後の金曜日、ちょうど事故から一週間たった昼過ぎのことだった。

来週から始まる夏期講習に早くもうんざりした気持ちをしながら、私はテレビを見ながら素麺を食べていた。

お母さんは仕事に出かけていていなかった。

「ご飯くらい自分で作るよ!」なんて仕事に出かけるお母さんの背中に言いながら、私にできる料理は麺を茹でることくらいだった。

パスタ、うどん、そば、素麺。

「どーせまたあんた、素麺しか食べないんでしょ?」バレてた。

「そんなことないよ!」

ちゃんとスイカを入れて食べました。

玄関のチャイムが鳴った時、私は短パンにティーシャツを着て、エアコン十六度設定に扇風機回して団扇を片手に足を広げて「ちょっと寒いな」と思いながらテレビを見ていた。

つまり、まるっきり無防備だった。

「はーーーい」と言って蚊に刺されたほっぺたをかきながら玄関に出て行くと、そこにはこないだの桜田先生がいた。

「あ、どうも、こんにちは!」と言って顔を出す先生に、「はぁう!」と私は驚きのあまり変な声を出して出迎えた。

「せ、先生!」

「ああ、いや、その呼び方は、どうも……」そう言って先生は苦笑いをした。「今日は、お母さんは?」

「あ、いえ、お母さんは仕事に行ってます」

「そうか……、いや、君の様子が気になってね。あれから大丈夫だったかなと思って」

「ええ、あ、大丈夫です! 痛みも無くなったし」

「そうか、それを聞いて安心したよ。あ、あの、これ……」そう言って先生は何やら菓子折りのようなものを手渡してきた。

「こないだは、あまりに動揺してろくに謝ることもできなかったし、改めて今日、様子を見るついでに顔を出させてもらったんだ」

そんな風に先生に話されると、私はまるで家庭訪問でも受けているような気分になった。

「そ、そんな、気にしないでください」

「そうもいかないよ。まして、大事なうちの生徒だったんだ。怪我までさせて、もうなんと謝ったらいいのやら……」

そう言って俯く先生に、なんだかこっちが申し訳ないような気分になって、「よろしければ、少し上がっていきませんか?」なんてこなれた台詞をはいてしまった。

「いや、まさか。そんなことはできないよ」

「でも、暑いでしょ? お茶くらいしか出せませんが」そこまで言って私は、自分が今どんな格好をしているか思い出した。

て、ティーシャツの下、ブラしてない……。

しかもこの短パン、脚が丸見え……。

まるっきり部屋着じゃないの!

どうしよどうしよどうしよ!

やばいやばいやばい!

無防備にもほどがある!

そんな私の心の叫びを聞いてか聞かずか、先生は「いや、ほんとに今日はこれで帰るよ。もしその……」

「もし?」

「もしその、体調やなんか、具合の悪いところがあったらいつでも言って欲しい」そう言って、先生は自分の名刺を差し出してきた。「あ、でも、そうだった……」と先生は、戸惑った表情をした。

「どうしたんですか?」

「僕はもう、先生やめるんだった」

「えっ? ……どうしてですか?」

「いや、まあ、個人的な理由だよ。僕にはどうも、こういう仕事は向いていないみたいでね」

「そ、そんな……」私はこの先生とはまだ知り合ったばかりだし、授業も受けていないので学校でどんな先生なのか知らないけれど、なんだかそれはとても残念なことのような気がした。

「あ、裏にラインのID書いとくよ。もしなんかあったら、これでラインにつなげて欲しい。遠慮しないで。もちろん電話でもいいし、まあとにかく、お母さんにもよろしく伝えておいて欲しい。治療費のこととかも、ちゃんとお母さんと話さなきゃいけないし」

「は、はい……」

「それじゃあ、今日はこれで」そう言って、先生は帰ってしまった。


その日の夜、お母さんに先生にもらった菓子折りと、電話番号を渡して「よろしくって言ってた」と伝えた。

「へーえ、あの先生、学校辞めちゃうの?」

「うん。みたい……」

「どうしてだろうねー。良さそうな人なのに」

「うん……」

そう。

良さそうな人だった。なんとなーく、あの先生の授業受けたかったな、なんて思ってしまった。

「まあ、まだ若いんだし、他にやりたいことがあるんでしょうねえ」とお母さんは言って、先生にもらった水ようかんを出してくれた。


先生にもらった名刺はお母さんには渡さなかった。

なぜだか……、それは私が持っておきたかった。

なんでだろ?

うーーーん、なんでだろ?

正直に言おう。

ちょっと先生のことが気になったからだ。

好きとか……、うーーーん、まだそんなんじゃない。

けどちょっと、お母さんの言葉を借りると、「良さそうな人」に思えたのだ、個人的に。

夜にベッドの上に寝転がり、先生にもらった名刺をじーっと眺めながら、ラインに連絡してみようかな、どうしようかなと、悶々とした時間を過ごすことになった。

うーーーん……、どうしよ。

うーーーん……、どうしよ。

うーーーん……、どうしよう!!!

となんかい寝返りを打ったことか。



◇あなたなら、どうしますか? ◇


先生にラインで連絡してみる。18

何を話していいかわからないからやめておく。 19

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