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夏の呪いとラムネ色の海  作者: Hiroko
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広く青い空から巨大な入道雲が地上を見下ろしていた。

夏休み!

十七歳、高校二年の私、飯束綾子は、新しく買った白いワンピースとそれに合わせて買ったブルーのリボンのついた麦わら帽子をかぶり、これもまた新しく買ったちょっとヒールの高いサンダルを履いて、ふらふらと海へと向かう広い道を歩いていた……、のが悪かった。

さっきまで人っ子一人、車一台走っていなかったのだ。

だから私は油断して……、そう、油断していたのだ、青い空を仰ぎながら目を閉じてあまりの解放感にくるくるとダンスを踊るように歩道を歩いていたのだけれど、ちょっとバランスを崩してヨタヨタと車道の方に飛び出してしまった。

そしてそこに走ってきた一台のバイク。

その音に気付いて振り向いた時にはもう遅かった。

そのバイクは私を跳ね飛ばし、自分もアスファルトをこすりながらガラガラと音を立ててすべるように転がって行った。

そこから先の記憶はない。

流行りの小説ならそこから異世界にでも転生するのだろうけれど、私の運ばれた先は、地元に昔からある誰やら昔のえらいお医者様の名前のついた記念病院だった。

「ただの脳震盪です。一応、これから検査はしておきますが、大丈夫でしょう。ああ、あと、いくつかかすり傷も……」若いお医者様は、涙ぐむ私の母親にそう告げた。

私にとっては、脳震盪を起こすほどぶつけた頭より、そのいくつかのかすり傷の方がよほど痛かった。

けれどその日の夕方には、そのいくつかのかすり傷より、脳震盪を起こすほどにぶつけた頭にできたたんこぶが痛み出した。

うぅぅぅ……、っと寝込む私に、お母さんはお水と鎮痛剤を持ってきてくれた。

「災難だったねえ。けど何ともないって言ってくれたからよかったよ。もうお母さん……」そこで泣きそうになるお母さんを、痛む頭を抱えながら私は慰めなければならなかった。けれどまあ、それは仕方ない。今まで怪我らしい怪我もなく、平穏無事に生きてこられたのも、このお母さんのおかげなのだから。ちなみに私にはお父さんはいない。小さな頃に私たち母子を置いて出て行ったらしいのだ。

記憶にないので寂しいとも思わないが、たまに写真くらい見てみたいと思う時もある。

けれどお母さんは「そんなものない」と言う。

頑なに「そんなものない」と言う。

「一枚くらいあるでしょ」と私が言うと、「最後の一枚まで燃やしてしまった」とお母さんは言う。そこで私は悟る。よほど嫌なことがあったのだろう。だって、「捨てた」んじゃなくて、「燃やした」のだから。何やらそこには怨念のようなものさえ感じる。

まあそんなことはさておき、その日はちょいちょい隙を見て泣きそうになるお母さんをなんとか寝かしつけて、私もたんこぶのできた右の頭を上にして、なんとか眠ろうとしたのだけれど、なぜかなかなか眠ることができなかった。生まれて初めて事故に遭い、ちょっと気持ちが昂っているのかとも考えたのだけれど、そんな時いつもやるように暗いキッチンの椅子に独り座りながら、時折外を通る車の音をBGMにして大量の砂糖を入れたミルクに食器棚の奥に飾りのように放置されているウィスキーをスプーンに一杯垂らしてちびちび飲んでみたのだけれど、なぜか今日はまーーーったく眠気が訪れないのでした。

なぜだろう……。

いや、眠れないことを言っているのではない。

なぜだか、何か大切なことを忘れている気がするのだ。

眠れないのはきっとそのせいなのだ。

そもそも私は、なぜあんなところを独りで歩いていたのだろう。

それには何か理由があったような気がする。

なんだっただろう。

記憶がない?

頭打ったから、記憶がない?

そんな馬鹿な! と私は笑ってしまった。

まあいいや、もう寝よう……。

そう思ってミルクを飲み欲し、喉が渇いてお茶を飲み、自分の部屋に帰って机の上に置いてあった紙パックの紅茶を飲み欲しベッドに横たわると、何とか眠れそうな気がした。

眠れる……。

うん、眠れる……。

ほーーーら、眠くなってきた。

そして一時間ほどしてやっと眠気が訪れた時、なぜだか私はバイクに引かれた瞬間のことを思い出していたのだ。

思い出したいのはそこじゃないのに、なんでそんなことを思い出すのだろう。

ほぼ九割眠りに落ちた状態で、私は夢を見るようにその瞬間のことを思い出していた。

バイクに引かれ、空を舞った。

脇腹に衝撃を感じ、風景が風のように流れて行くのを見た。

海は素晴らしく青かった。

防波堤の隅では、三人の子供たちが釣りをしていた。

「私は死んでしまうんだ」そう悟った瞬間、私はなぜか、とても幸せな気分になれた。

「もう終わりなんだ」そう思うと心が割れた水風船のようにはじけて気持ちが楽になった。

幸せだった……。

なぜだろう……。

そこなんだ、私が思い出したいのは。

なぜだろう……。

「死んでしまう」と思った瞬間、幸せだったのだ。


「も、申し訳ございませんでした!」

次の日の朝っぱら、まだ食べ終わった朝ご飯の片付けも終わらないうち、昨日バイクで私をひいた男の人が尋ねてきたのだった。男の人は、お母さんが玄関の扉を開けるなり、目の前で土下座をしてきた。

「本当に、本当に申し訳ございませんでした!」

そりゃあもう、近所の人が何事かと様子を見に来るのではないかとひやひやするほど大きな声で、まるで地球を頭突きで割ってしまいそうな勢いで土下座をするこの男の人に、私もお母さんもかける言葉もなく、ましてや怒る余裕もなく、ただただ「もう大丈夫ですから」とどちらが被害者かわからないような態度で頭を上げさせたのだ。

そして私は驚いた。

男の人は、土下座をした時に頭を地面にぶつけ、大量に血を流していた……、なんてのは冗談で、そこにいた男の人は、私の通う高校の英語の先生だったのだ。

幸い、なのかどうかはわからないけれど、私はこの先生の授業は受けていないし、うーん、どうやらこの先生も、私が自分の学校の生徒だということに気づいていない。

はっきり言って、名前も知らない。

けれど一部の女の子の間では、なかなかイケメンの優しい先生だと言う噂が立っていたのは知っている。

イケメンかなあ……。

私はまじまじとその人の顔を見た。

じーーーぃっと見つめた。

うーーーん、私の趣味ではない。

いくぶん唇が細くて冷たそうだし、日に焼けて眼光が鋭く、体育会系のちょっとどちらかと言うと苦手なタイプだ。

と、おっといけない、顔を上げた先生と、思わず目が合いそうになった。

慌てて目を逸らす。

私は迷った。

このまま知らない振りをしておこうか。

それとも、同じ学校に通う先生と生徒だと知らせてあげようか。



◇あなたなら、どうしますか? ◇


知らない振りをしておく。  2へ

同じ学校の生徒だと打ち明ける。   3へ


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