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夏の呪いとラムネ色の海  作者: Hiroko
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「まあ、秋谷がそこまで言うなら……」と言って私はあきらめた。

けれどやっぱり、胸の中のもやもやは晴れなかった。

私が思い出せない記憶って、いったいなんなのだろう。

「思い出さなきゃよかった」って思う記憶って、いったいなんなのだろう。

秋谷はそこからうまく話題を逸らそうとしているようだったけれど、秋谷が違う話に持って行こうとすればするほど、私は忘れてしまった記憶が気になり、秋谷との話に集中できなくなっていった。

秋谷もそれを察してか、「はあ……」とため息をつき、「やっぱ今日は帰るわ」と言って二限のチャイムが鳴ると同時に教室を出て行ってしまった。

花火、どうするんだろ……。

私は独りにされて急に寂しさを感じながら、立ちあがって雅美のいる教室に向かった。


授業が終わり、帰りの電車に乗る頃には、なんだかいろんなことがどうでもいいことのように思えてきた。

時々あるのだ。突発的なうつ状態。

心が沈んで、どうにも浮き上がってこない。

何も考える気になれない。

私は電車の窓からただぼーっと夏の日の当たる街の景色を眺めた。

「なあ綾子、もう授業終わったんだろ?」とスマホの画面に秋谷からのラインのメッセージが届いたのは、電車を降りてすぐのことだった。

私は返事をするのを躊躇ったけれど、結局「うん、終わったよ」と一言返した。

「今から会えねえか?」とすぐに返信が来た。

「なに? 花火? なんかそんな気分じゃない」

「花火じゃなくていいから。ちょっと出て来いよ。近くまで行くから」

私は駅から自分の家に歩きながら、その答えに迷った。

はっきり言って、もうどこかに出かけたいなんて気分じゃない。

けれどなんだか、独りでいるのも辛い気がした。

「わかった」

「三十分後に行くよ。駅前な」

私は家に帰って着替え、再び駅に向かった。


「どうして会おうなんて言うの?」

「理由なんて必要なのか?」

「彼氏みたいなこと言わないでよ」

「そうだけどさ、綾子見てるとなんだかほっとけないんだよ」

「それって心配されてるってこと?」

「まあ、そうなるかな」

そんな会話をしながら、二人で駅から海岸に抜ける大通りを歩いた。

通りには、まだ太陽は高い位置にあると言うのに、早くも花火大会に行くのだと思われる人々が何人も見られた。そんな人たちを横目に、私たちは行く当てもなく、誰もいない中央公園にぶらぶらと入りベンチに座った。

「秋谷はどうして私に優しくするの?」

「綾子のことが気になるからだよ」

「まるで私のこと好きって言ってるみたい」

秋谷は何も言わなかった。

違うよね。なに言ってんだろ、私。それにもし「好きだ」って言われたら、私はいったいどう返すつもりだったのだろう。

ねえ、私。どう返すつもりだったの?

「少しだけなら教えてやるよ」

「何を?」

「今日の昼、話せないって言ったこと」

「もういいよ……」

「どうして?」

「だって、思い出さない方がいいことなんでしょ?」

「うん。まあな」

秋谷は教えてやるって言ったけど、なんとなく雰囲気で、聞いて欲しいのは秋谷の方なんじゃないかと言う気がした。

「公園、人少ないね。いつも少しはいるのにな。子供連れのお母さんとか」

「みんな花火見に行くんだろ」

「そっか」

やっぱり秋谷は、花火大会行きたかったのかな。それなら今からでも行ってもいいかななんて思いながら秋谷を見ると、少し落ち込んでいるように見えた。

「ねえ、どうして急に、話してくれようとしたの?」

「なにを?」

「忘れた振りして……。今日の昼に話せないって言ったこと」

「ああ……」と言って秋谷は少し黙り込み、そして言った。「俺の気持ちを伝えるのに、必要だと思ったからだよ」

「秋谷の気持ち?」

「ああ」

「どんな気持ち?」

「お前人の話聞いてる?」

「え、なんだっけ?」

「それを言うために、昼間に話せなかったことを言おうと思ったんだろ」

「ああ、そうだったね、ごめん」

「翔也のことだよ」

「うん。その名前は覚えた」

「綾子の元カレだ」

「それも何となく、話の流れから察しはついたよ」

「俺も、それから雅美も、翔也とは友達だった」

「仲良かったの?」

「ああ。特に俺は、同じクラスだったからな」

「そうなんだね」

「死んだんだよ、あいつ……」

「うん……、きっとそうなんだろうなと思った。秋谷の怒る姿見て」

「怒った? 俺が?」

「怒ってたじゃない。私が翔也のこと忘れた振りしてるって」

「怒ってなんかいないよ」

「怒ってよ。怒らなきゃいけないとこだったんでしょ?」

「うん、まあな……」

「それで、翔也はどうして死んだの?」

「バイクで事故ったって聞いた」

「バイクで?」

「ああ。詳しくは知らない。免許取るかも、って話は聞いたけど、いつからあいつがバイク乗ってたのかなんてことも。ただ、急だったよ」

「急に、私の目の前から消えちゃったんだ」泣いているつもりはなかったけど、目の片隅から小さな涙がこぼれた。

「ああ、急だったな。あたり前のように目の前にあったもんが、急に跡形もなく消えちまった」

「私、幸せそうだった? その、翔也って人と一緒にいて」

「ああ、幸せそうだった。どのカップルより、幸せそうだったよ」

「その幸せが、あたり前のようにあった幸せが、跡形もなく消えちゃったんだね」

「悲しいこと言うなよ」

「うん。でも、そうなんでしょ?」

「ああ。その通りだった」

日は傾いて、一組の老夫婦が目の前を通り過ぎ、隣のベンチに座った。

外の大通りでは、ますます人が増えて海岸に向かっている。

私たちのいる公園は、まるで別世界のように空気が落ち着いていた。

「で、秋谷の気持ちってなんなのよ」

「綾子のこと、好きだったんだよ」

私はその言葉を聞いても、なぜだか驚かなかった。

「いつから?」

「ずっと」

「ずっとって、私が翔也と付き合っている時から?」

「ああ、そうだ」

「辛かった?」

秋谷は少し考えてから言った。「わかんねえよ」

「わからない?」

「ああ。翔也は俺の一番の友達だった。綾子はその彼女だった。綾子のこと好きだったけど、その綾子が一番幸せそうにしてるのは翔也といる時だ。俺はそんな二人を見ているのが好きだったし……、そんなの複雑すぎてわかんねえだろ」

「悲しいね」

「今の方が悲しいよ」

「優しいんだね、秋谷」

「そんなんじゃないよ。むしろ俺は腹が立つ」

「どうして?」

「綾子に辛い思いをさせたから。俺はずっと綾子の幸せそうな顔を見ていたかったんだ。たとえその隣にいるのが翔也であっても」

「やっぱ秋谷は優しいよ」

「俺は卑怯だよ」

「どうして?」

「どこか安心してたんだ」

「安心って?」

「翔也は、ずっと綾子の隣にいるもんだと思ってたんだ」

「うん。きっとその時の私も、そう思ってたんだね」

「だから、俺は何もしなくても、綾子は幸せでいてくれると思ってた」

「けど、そうじゃなかった……」

「ああ。あいつは一番の裏切りもんだ」

「そうなのかもね……」

私はなんだか体の中にわだかまった空気を吐き出したくて立ち上がった。

「秋谷は、私のこと幸せにしてくれるの?」

「するよ」

「翔也よりも?」

「いつかはな」

「どこにも行かない?」

「行かないよ」

「消えたりしない?」

「あたり前だろ」

「そんなの約束できないじゃない」

「そんなこと……」

「ごめん、今のは私の八つ当たり」

「いいよ、別に……」

辛いんだよね、秋谷だって……。

ベンチに座って下を向く秋谷の姿を見てそう思った。

「ねえ、話の続き、後にしない?」

「後に?」

「うん。花火行こう!」

「花火? 綾子行かないって言ってたんじゃ……」

「気が変わった。行きたい。ね、花火行こ!」

「ったく、仕方ねえなあ」

「うんうん、仕方ない子だよ。こんな子でも幸せにできるの?」

「できるよ。てか、俺しかいねえだろ」

「あ、自信家だね。男は他にいくらでもいるよ?」

「女だって他にいくらでもいるよ」

「じゃあ他の人でいいんじゃない?」

「他の子は他の奴にまかせるよ。俺は綾子って決めたんだ」

「何よそれ……。後で泣かせてやるから」泣いてるのは私なんだけどね。

「好きにしろよ」

「あーーー、投げやりになってる! 腹立つから機嫌直すためにとりあえずかき氷おごって!」

「はあ? こっどもだなあ、綾子!」

「そうだよ! 高校生はまだ子供だもん!」

「わかったよ。腹壊すまでおごってやるよ」

「なによそれ!」私は笑って秋谷の手を取り、ベンチから立たせた。「ほら早く、花火花火!」

「わーった、わーったよ」

そう言って手を繋ぎ、通りの人の流れに飛び込んだ。

秋谷の手のひらは、夏の暑さの中で、なぜかとても温かかった。



fin

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