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ログアウト後、いつものレポートを書いて送ろうとしたら、従妹から今日は返信できない旨の連絡が来ていた。
ちょっと友達の相談にのるとかなんとか。
まあ、今日は静乃的にもそこまで食い付きのいい話ではないだろうから、ちょうどいい。
ただ、鮫島社長へのレクチャーの仕方へのアドバイスが欲しいことと、休日出勤扱いにするための動画の撮り方については返信が欲しいところだったな。
レポートには載せてあるから、明日は自分でなんとかするか。
資料を軽くまとめて、俺は就寝するのだった。
朝、起きると静乃から返信が来ていた。
社長へのレクチャーに最適であろう、個人ブログや配信者などの紹介。
俺の動画に関しては、幾つかのパターンを教わった。
ひとつは『りばりば』の大画面に映される映像をもらうことで、これはレギオンとの交渉が必要になる。
おそらくレギオンとして映して欲しくないものと『リアじゅー』的に映して欲しくないものは加工される。
もうひとつは、『リアじゅー』で公式配信者として登録して神の目視点での映像を撮る、これは『リアじゅー』的に映して欲しくないものは加工される。
レギオンは通さないので、もしレギオン的にまずいものが映っていても加工はされない。
最後は『リアじゅー』内のカメラを使っての撮影。よくサクヤがやっているやつだな。
これも『リアじゅー』的に映して欲しくないものは加工される。
どれを選んでも『リアじゅー』的に映して欲しくないものは加工されるらしい。
現実と変わらないレベルの映像なので、映してはいけないものはある訳だ。
ただ違法コードでそれをすり抜けられるものというのは存在するらしい。
基本的には部長に見せるもので、俺が今回のゲームを仕事としてやっているかどうかの確認用になるはずなので、俺が中心の画角で撮れていなければ意味がない。
『りばりば』の大画面映像の持ち出しは、残念ながら常に俺を映している訳ではないので、使えない。
『リアじゅー』的にもレギオン的にも一番、問題のないものなんだが、仕方がない。
そうなると配信者になるか、カメラ映像を撮るかになるのだが、配信者登録した場合、カメラが必要なくなる。
平面画像で撮りたければ、そう設定すれば平面画像になるし、VRで見たければ、配信者の周辺を自分で好きに見て回れたりする訳だ。
まあ、VR映像の場合、編集がかなり難しい上に、情報量が物凄いことになってしまうらしい。
カメラ映像が一番簡単だが、俺を中心に撮るなら、撮影者を頼むか、ドローンで追わせるなりしなければならない。
ただカメラが壊れる可能性もあるので、あまりオススメしないとは従妹の弁だ。
結果、配信者登録して撮るのが一番と言えば、一番のようだ。
俺は従妹に礼を返信して、仕事に出るのだった。
どうにか終業。
鮫島社長は自分でもある程度勉強を始めたらしく、静乃のオススメを教えたら、それを観てみると満足されたようだ。
俺は家に帰ってから、配信者登録というのをする。
たった一度のためだけの配信者登録だ。
しかも、配信はしないしな。
それが終わったら、準備を整えてログインする。
「あ、グレンミザ!」
いつもの『大部屋』にログインと同時に、目の前に煮込みがいた。
「ゐーっ?〈おう、煮込みも今からか?〉」
「そうミザ」
集合までまだ少し時間がある。
煮込みと連れ立って『ロッカールーム』でアイテム整理をして、俺は『大部屋』に向かいつつ、画面から畑をいじる。
「そういえばグレンは第六フィールドには行ったことあるミザ?」
「ゐーっ!〈いや、ないな。そもそも名前すら知らない〉」
「名前は『寒冷なる氷雪の都』ミザ。
その名の通り、雪と氷に閉ざされた幻想的な都が舞台ミザ。
あれ? それじゃあ防寒装備とか持ってないミザ?」
「ゐー?〈防寒装備?〉」
「それはまずいミザ。ちょっと装備部に寄るミザ」
俺は煮込みに連れられ『装備部』で買い物をする。
「ゐーっ?〈なあ、この防寒コートとブーツ高くねえか?〉」
「防寒具はしっかりしておかないと環境から状態異常を受けるミザ。
高くても、ある程度、枚数を揃えておかないと、酷い目に会うミザ」
しかも、消耗品らしい。
状態異常なら俺の【全属性耐性】で防げるよな。
俺は自分の懐具合と相談しつつ考える。
ついでにNPCに相談してみるか。
三階のプレイヤーメイドの防寒コートは一枚千マジカ。
防御力にダメージの肩代わり、『耐性・寒冷』『耐性・氷』がついている。
さらにデザイン性にも優れていて、かっこいいと言えるものだ。
「ゐーっ!〈よう、アカマル。ちょっといいか〉」
───あ、グレンさん、こんにちは! 大丈夫ですよ───
球体関節人形のようなNPCアカマルだ。
肩に赤い丸がついているから、アカマル。
アカマルとはしょっちゅう買い物をする関係ですっかり顔なじみになっている。
俺のHPが上がらないからNPC売りのポーションで充分。さらにNPC売りポーションなら痛み止めがしっかり入っているからな。
アカマルに『寒冷なる氷雪の都』に行くことになったことを相談する。
NPCは俺の戦闘員語を理解してくれるのがありがたい。プレイヤー相手だと通じない時とかあるからな。
アカマルは顔に文字が浮かぶことで俺と会話する。
───ああ、あそこは氷に包まれてしまった悲しい都市です。行くなら身体を暖める手段が必要ですね───
「ほら、やっぱり防寒装備を買うしかないミザ」
煮込みは俺に諦めて千マジカで防寒装備を買うことを勧めてくる。
───行くなら枯れ木をなるべくたくさん。それから一時的ですがお酒もあるといいですね。後は風が強い時などにビバークできるような物があるといいですね───
枯れ木が売っている。焚き火一回分で2マジカ。
俺の場合、酒は効かないからな。
ビバーク、テントだろうか。ああ、登山セットとかあれば便利だな。
「ゐー?〈アカマルは防寒具とか扱ってないのか?〉」
───あるにはありますけど、皆さんのお作りになるものの方が、断然効果的ですよ───
「ゐーっ!〈おお、あるなら見せてくれ〉」
───いいですけど、笑わないで下さいね……───
アカマルが出して来たのは、昔、江戸時代の人が雨具として使っていた『蓑』だ。
それから、皮のマント。
値段は二マジカと十マジカ。
───僕たちは昔からこれなんです。下に皮マントを羽織れば、雨でも雪でも、より確実に身を守れますから。あ、それと皆さんの方が詳しいとは思いますが、これを中にたくさん貼ると暑いくらいになりますよ───
見せてくれたのは携帯用の貼る使い捨てカイロだ。
───最近、シティエリアから取り寄せられるようになったんですけど、コレ、凄い便利ですね───
携帯用貼る使い捨てカイロ、五十枚入りで、一マジカ。
───マントの下に何枚か貼っておくと、汗が出るくらい暖かいです!───
全部組み合わせても十三マジカ。
登山セット、枯れ木など、ちょっと持ち過ぎなくらい買って二百マジカしない。
見た目さえ気にしなければ、後は防御力の問題だけだ。
まあ、俺は後衛だから、あまり防御力も必要ないし、ここは予備を含めて、ドーンと三百五十マジカくらい買うか。
そのことを話すと、『蓑』は補修が簡単らしく、補修用の資材が十回分で一マジカ。
補修のやり方も、ダメになった部分を捨てて、補修用の編み込んだカヤを新たに結ぶだけなのだそうだ。
結果、三百マジカで全て揃えられた。
「ホントにいいミザ? 後悔しても知らないミザよ」
「ゐーっ!〈アカマルが暖かいと言っていたから、大丈夫だろ?〉」
酒は効かないので、食堂部でカレーを買って、ポットに詰めてもらう。
このカレー屋は、NPCキーサンの弟子でナミキ。黄色い波マークがついているNPCだ。
キーサンから広まった天然食材の波は、ちゃんとナミキにも伝わっている。
食材を渡せば、その分、安くすると言うので、つい買いすぎてしまった。
サラサラカレーなので、完全に飲める。
向こうで飲むのが楽しみだ。
完全に準備を整えて、『大部屋』へと向かう。
煮込みにねだられてしまったので、カレーを数回分渡したら、煮込みはにこにこだ。
装備を買った時は、冷めた目をしていたのにな。
「おっと!」「うわっ」「なんだよ、ちくちくするなぁ」
ひとつだけ問題があった。
『蓑』は意外と場所をとる。
あと、ガッサガッサ言う。
まあ、隣の煮込みが着ているプレイヤーメイド防寒具も衣擦れの音が大きいから、音はもうそういうものだと思うしかない。
防寒装備で身体の幅が広くなった戦闘員が五人で集まる。
coin、ムサシ、サクヤ、煮込み、俺だ。
四人はお揃いで色違いの防寒コート。
俺は『蓑』。
「ぶふっ!」
サクヤが身体を抱えて蹲る。
「ゐーっ?〈どうしたサクヤ、寒いのか?〉」
「こ、この前の浦島ルックの復讐ですか……?」
「ゐーっ!〈いや、至って真面目に費用対効果を検討した結果だ〉」
「ぶふぉっ! くそ、そんな真面目に答えんなよ! こういう時、一人くらいネタ装備で来るやつがいるから、それかと思ってたのによぅ……」
「いや、お二人とも、さすがに他人の装備を笑うのは失礼ですよ」
coinは根が真面目なのか、サクヤとムサシを諌めている。
真面目で堅物だが、いいやつだな。
「じゃあ、揃ったことですし、行きましょう」
今回は小麦らしき物を見たというcoinがリーダーだ。
俺たちはcoinに従って『幕間の扉』を開いた。




