96〈はじめてのリフォーム〉
俺が『プライベート空間』のリフォーム機能で遊び始めて二十分ほど。
煮込みとサクヤ、シシャモがやって来た。
「グレン、遊びに来たミザー!」
「グレンさーん、いらっしゃいますかー!」
「グレンさん、こんにちは〜!」
「ゐーっ!〈おう、ここだ!〉」
「あ、いたミザ!」
三人が寄ってくる。
「すごい広さですねー!」
「あれ、この前とちょっと変えました?」
「ゐーっ!〈ああ、今、変えているところだ〉」
「あ、テントがあるミザ!」
煮込みが興味深げにグランピング施設を覗き込む。
「シシャモくんから、グレンさんが畑用の土地をプライベート空間で買ったとは聞きましたが、随分と広大な土地を買いましたねー。
正直、高かったんじゃないですかー?」
「ゐーっ!〈ああ、今後のことも考えて、レオナに無理を言ったからな。おかげで借金が400万マジカくらいある〉」
「はぁ〜、それは大変そうですね〜という訳で、これは新築祝い? 新空間祝い? なんと言うのが正しいか分かりませんが、これは私と煮込みんとシシャモンからの、お祝いです〜」
サクヤから『プライベート空間リフォーム券』というものを貰った。
「ゐー?〈これは?〉」
「レギオンレベルアップに伴って、基地内で販売されるようになったリフォーム券ですね〜五万マジカ分のリフォーム料をただにしてくれるんですよー」
「ゐーっ!〈まてまて、そんな高いものはさすがにもらえん!〉」
「と、思うじゃないですか。これ、さっき買ってきたんですが、初回セールで贈答用に限り三万マジカという、破格のチケットなんですよー」
「なんだか、『プライベート空間』が持てるようになったので、少しでも販売促進しようってことで、安くしているってNPCが言ってました」
「プライベート空間を買って、マジカ不足で好きにいじれないと面白みが半減しちゃうだろうから、それの補填と、贈答用に限ることでフレンド間の仲を深めつつ、他の人のプライベート空間を見て、自分もやってみたいと思わせるためみたいミザ。
まあ、これを見たら確かに自分でもやってみたくなるミザ」
確かに現状ではプライベート空間をいじりたくても自分の所持金と相談してもどかしい思いをせざるを得ないという部分が多々ある。
正直、遊び始めると、丸太のロッジがあってもいいな、とか、小さな滝に川を流して、とか色々とやりたくなる。
際限なく遊べるなら、200m四方の海辺をつけて、そこに魚を放流したり、大きめの牧場を作って、なんてことも考えたくなる。
まあ、それは頑張って金を貯めるとして、今、貰えるこの『プライベート空間リフォーム券〈5万マジカ〉』は確かに嬉しい。
小さな滝と川を水田と畑の間に流して、橋をつけるくらいできるからな。
「ゐー……〈今回はありがたくいただいておく。ありがとう……〉」
「はいーどうぞー。いやぁ、さすがグレンさん! 採れたて野菜食べ放題に比べたら、かなり安くて、逆に申し訳ないですー」
「ここのハンモックとか、疲れた時にゆらゆらしたら最高ですね!」
シシャモは魔力胡桃の間のハンモックで空を見上げている。
「いいミザ! この丸太テーブルと切株の椅子とか、素朴な感じが可愛いミザ〜」
煮込みはテーブルに突っ伏して木の香りをクンカクンカしている。変だぞ……。
まあ、楽しんでくれているならいいんだが。
さっそく小さな滝と川、川の部分、部分に橋を掛けていく。
「おーい、グレン、居るかー!」
次にムサシがやって来た。ムサシとは意気投合した時にフレンド登録していた。
背は低めだが筋肉質な身体付き、今日は顔出しのようだ。
眉毛が濃くて、荒々しい印象の顔立ちをしているが、意外と若いな。
二十代前半ってところか。もう少し年上なのかと思っていた。
「おおう……広いな……畑? かなり田舎の自然な風景の再現って感じか?」
「ゐーっ!〈おう、ムサシ、よく来たな〉」
「ああ、さっそく寄らせてもらったぜ!
これ、祝い代わりだ。使ってくれ。
煮込みちゃんから聞いたんだが、天然野菜を食わせてくれるって?」
「ゐーっ!〈ああ、個人で楽しむ分には適当に食ってくれ。感覚設定はリアルでな。そうじゃないと味が分からんからな〉」
ムサシからトレードされた物を見る。
一瞬、ドラム式洗濯機かと思ったが、違うらしい。
こりゃなんだ? と悩んでいると、サクヤが答えをくれた。
「設定式の多人数インベントリですね」
「ゐー?〈そんなのがあるのか?〉」
「ここを押すと、グレンさんのフレンド情報と連動して、みんなが好きに使えるインベントリになりますよ。
食材やら調味料やら、好きに使っていいものを入れておくと、出しっぱなしにしてごちゃつくのを防げますし、食材の鮮度も落ちないんで、便利ですよー」
「ゐーっ!〈おお、それは便利だな。ムサシ、ありがとう!〉」
「おう、いいってことよ! 中には使いそうな調味料が入れてある。色々取り揃えてきたからよ、簡単な料理くらいできるだろ」
気が利くのは、やはり普段から新人研修で右も左も分からないようなやつらを相手にしているからだろうか。
「ふんふん、ムサシにしては気が利くミザ」
さっそく中身を物色し始める煮込み。
「こうなると、調理器具セットが欲しくなるミザ」
俺はリフォーム機能を確かめるが、さすがにそこまで細かいものはなかった。
「今度、シティエリアに行った時にかわいい食器なんかと合わせて買ってきてもいいですねー」
「ああ、それいいミザ! 今度、一緒に行くミザ」
そんな話しでサクヤと煮込みは盛り上がっている。
「ゐーっ!〈とりあえず、キャンプセットはドローン小屋のインベントリにあるから、それを使うか〉」
これだけ人数が集まってしまったら、多少なりとも何か振る舞わない訳にはいかない。
グランピング施設の中の囲炉裏を使ってもいいが、レオナも戻ってくるだろうし、キャンプセットで何か作ろう。
今、ここの環境は農場に設定してあるが、それを自然〈山裾〉に変える。
環境設定はタダなので、気分で変えられるのもいいな。
農場のままだと、大きめの石などがないので歩きやすいが、キャンプには少し殺風景だからな。
「焚き火の用意するミザ。ほら、シシャモ、ムサシ、手伝うミザ」
煮込みが男手を使って石を集めさせて竈を作らせたりしていく。
ムック︰グレンは今、プライベート空間にいるピロ?
ムックからチャットが飛んでくる。
グレン︰ああ、他にも煮込み、サクヤ、シシャモ、ムサシも居るぞ。レオナも来る予定だ。
ムック︰分かったピロ。coinとナナミと向かうピロ。
「ゐーっ!〈PKK部隊も来るみたいだ〉」
「んじゃ、もうひとつくらい竈があった方がいいか」
ムサシとシシャモが石を積み上げ、土で固めて竈を作っている様は童心に返った男たちという感じで微笑ましくもある。
「お待たせピロ!」
「失礼します!」
「こんにちは!」
おお、ムックたちも来てくれたか。
「ぬおっ! モンスター!?」
「問題ないピロ。これはグレンのテイム野菜ピロ」
驚くcoinをムックが抑えて説明している。
「そうなんですか……では、あれは?」
coinはキウイを指さした。
「こけっ?」
指さされたことに何か感じることでもあったのか、キウイがのっしのっしと近づいていく。
「あら、かわいいですね」
ナナミがにこやかに笑うが、coinは首を捻る。
「そうか? 長鳴き神鳥……いや、やけにデブだな……」
「ごげ?」
いきなりキウイがスピードを上げた。
「え?」
ぼふん! とキウイの体当たりを食らったcoinが羽毛に包まれてぶっ倒れた。
体当たりというより飛び乗りって感じだったが。
「ゐーっ!〈こら、キウイ、俺の客人だ。いつまでも、乗っかってるんじゃない〉」
「こけ〜……」
キウイがどくとcoinの頭上には『恍惚』という状態異常が出ている。
『麻痺』に近い効果らしい。
「ほわあ〜……」
coinの口から聞いたことのない声が出ている。
だが、所詮は第二フィールドのモンスター。
ほんの数秒でcoinは状態異常から回復する。
「もう、coinさんが酷いこと言うからですよ!」
「ゐーっ!〈すまんな、coin。ウチのキウイが迷惑かけた〉」
俺は近寄ってcoinを立たせるべく、手を伸ばす。
coinは俯きながらその手を掴んだ。
まずいな。怒らせたか。
「グレンはテイムモンスターが迷惑掛けてすまないって謝ってるピロ」
「あ、いえ、こちらこそとんだ醜態を……すいません。
まさかあんなちゃんとしたA.I.を積んでると思ってなくて、酷いこと言いました。
ごめんなさい……」
見ればcoinの顔は羞恥に赤く染まっている。
なるほど、『恍惚』の効果は成人男性の精神に大ダメージらしい。
「ぶひゃひゃひゃっ! coinのほわあ〜とか初めて聞いたミザ!」
「あらあら、coinさんも目覚めてしまいますかね? 大変ですよー」
煮込みとサクヤが茶化している。
coinにさらにダメージが入っている。
ナナミはキウイを慰めるように撫でていて、coinを睨むと言った。
「こんなかわいい子にデブなんて、言うからですよ!
チャームポイントじゃないですか! ねえ」
「その長鳴き神鳥はキウイって名前らしいピロ」
「へぇ、キウイちゃんですか! よしよし……」
「こけ〜!」
キウイはナナミに撫でられてご満悦のようだ。
「グレン、招待ありがとうピロ」
「ゐーっ!〈ああ、いや、これだけ広い空間を一人きりで使うのももったいなくてな。どうせならフレンドに解放した方が有意義だろ〉」
俺とムックは歩きながら皆の寛いでいるキャンプセットへと向かう。
「確かにここを休憩場所にできるのは、ありがたいピロ。あ、そうだ、これ僕らからのお祝いピロ」
ムックが出したのはドラム式洗濯機のような……設定式の多人数インベントリだった。
ムサシがくれたのは白で、ムックがくれたのはピンクの同じ型番の色違いだ。
「「あ……〈ピロ〉」」
ムサシとムックが同時に声を上げた。
「ゐーっ!〈やあ、ムックたちまですまんな。ありがとう〉」
俺はありがたくもらうことにする、
「まさか、被るとは思わなかったピロ」
「ゐーっ!〈用途別に分ければ分かりやすくていいな!〉」
「もしかして、中身は……調味料だったり?」
ムサシが恐る恐る聞く。
「それは誰か持ってくると思ったから、中身は別物ピロ」
「ほっ……良かったぜ」
なんだ、ムックたちのも中身が入っているのか。
俺は礼を言いつつ、中身を確認させてもらう。
「ゐーっ!〈肉だ!〉」
「第四フィールド『荒涼なる風塵の罅割れ』ってところに棲息する天牛と黄金牛、風操鶏のドロップといつもの第五フィールド『無常なる高野の山脈』の猪豚肉ピロ。
ここ数日、みんなで篭もって、いつかグレンさんにって集めてたピロ」
「ゐーっ!〈マジか! こりゃありがてえ!〉」
現状、肉を手に入れるには、フィールドで狩るしかない。
それが物凄い数、入っている。
「今まで肉ドロップは焼かなきゃ食べられない、売っても安い、装備に使えないで、基本的にクズドロップだと思われてたピロ。
なんならその場に捨て置く人も多かったピロ。
その常識を変えてくれたのは、グレンさんの好奇心ピロ。
僕の仲間たちも、それで精神的に余裕が持てるようになったりして、助けてもらったピロ。
だから、せめてもの恩返しピロ」
「ゐーっ!〈そうか……なあ、今度ムックの他の仲間たちもよければぜひ紹介してくれよな〉」
「それは喜ぶと思うピロ。皆にも伝えておくピロ」
「もしかしてグレンさんもPK殲滅部隊の仲間入りですかねー?」
「ゐーっ!〈まあ、一回くらいならやってもいいかもな〉」
「まあ、普通に遊ぶだけでも構わないピロ」
さすがに、熱心にPKKウマーとか言えないからな。
何やら精神的に来るものもあるみたいだし、低レベル狩りをするようなやつは見つけ次第、殲滅でいいとは思うが、積極的に狩りに行こうと思えるのは、俺の場合『嘘つき・ネスティ』くらいしかいないからな。
もちろん、アイツはまだ許してない。
人のガチャ魂を盗むやつだからな。
まあ、それはそれとして、俺たちは持ってきてくれた肉と野菜、それに米がまともに食えるくらいの収穫になって来たので飯盒炊爨をして楽しむことにする。
「あ、グレンさん。実は第五フィールドの魚もかなりの数があるんですが、そこの川に放流とかしてもいいですかね?」
ナナミがそんなことを言う。
「ゐーっ!〈ああ、普通の川と同じ扱いで循環しているだけらしいから、大丈夫じゃないか〉」
「たぶん、OKですね。coinさん、ちょっと川行きましょう。インベントリから放流です」
「あ、ああ、分かった」
今、食べる分だけ多人数インベントリに入れて、後は放流することになった。
せっかくなので、全員で見守ることにする。
「じゃあ、いきまーす!」
ナナミは画面を可視化させて、coinは不可視のままインベントリからアイテムを捨てていく。
これが放流……。
何もないはずの空間から、ボトボトと川魚たちが川に落ちていく。
サクヤは動画を回すといって、カメラを構えて、俺たちはそのなんとも不思議な光景に魅入ってしまう。
落ちた魚が、川から跳ねたりすると、誰ともなく「おおっ!」と歓声が上がる。
魚の量が多いのもあるが、運動会で玉入れの玉を数えるような、息を飲む瞬間に俺たちは興奮していた。
「何してるんです? わ……」
レオナが来て、びっくりしている。
「ゐーっ!〈放流だ〉」
「なんだか久しぶりにゲームっぽさを見た気がします……」
確かに、そういう側面もあるか。
VRのリアリティが高すぎて、第二の現実みたいな感じがしているが、この光景は確かにゲームっぽい。
自分で操作していると味わえない感覚だな。
お、ナナミが勝った。
みんな、いつのまにかこれを勝負と捉えていたようで、おめでとう、惜しかったな、また頑張れよ、などの言葉が飛び交っている。
「私の方が二十匹は多かったですね!」
「ふん、大物は俺の方が多かったけどな……」
「まあ、どっちも頑張ったピロ」
「うんうん、面白かったミザ!」
「いやあ、いいものを見逃さずに済んで良かったです。
と、いうことで皆さん、あちらのテーブルをご覧下さい!」
レオナの言葉に、全員の視線が誘導される。
テーブルの上には、スポンジ三段の巨大ケーキ。
それと周囲には色とりどりのショートケーキやマフィン、スポンジケーキが所狭しと置いてある。
三段ケーキは真っ白なクリームの上で、拳大のレッドマン苺たちがコマ送りで踊っている。
他はバナナ、ミカン、レモンクリームや普通の苺ショート、魔力胡桃のスポンジケーキもある。
女たちから黄色い悲鳴が、男たちから野太い歓声が上がる。
全員が、わっとケーキに群がる。
「キウイさんから、こんな大きな卵をいただいたので、スポンジにはそれを、クリームには天然フルーツを混ぜ込んでみました」
「おお! これはミカンだけど、こっちは大粒なポンカン!」
「あ、こちらはキャロットケーキですねー」
「この緑のは? ほうれん草ケーキ? んん……イケるな、これ!」
「胡桃の、ケーキが、美味い、ピロ!」
「負け犬ダンスケーキミザ! この苺、どうなってるミザ?」
みんな、凄い騒ぎになっている。
「本当はどこかに天然小麦とかあればいいんですけど、今、このゲーム内で最高に贅沢なケーキですよ!」
「最っ高に美味いぜ!」
「あれ? 小麦っぽいのこの前解放された第六フィールドにありませんでしたかね?」
ポソッとcoinが放ったひと言に全員の動きが止まる。
「ま、ままま、マジミザ!?」
「そうなんですかー。それは行かない訳にはいかないですねー」
小麦か。夢が広がるな。
「ゐー……〈こうなると第四フィールドでトウモロコシを狙うのと、第六フィールドで小麦を狙うのと、どちらを先にするか迷うな……〉」
「トウモロコシですか……あ、もしかして黄色い粒を飛ばしてくるモンスターですかね?
猫みたいな……」
ナナミが必死に思い返そうとしていると、レオナが首を傾げつつ言う。
「テペグラジャガーですかね?」
「ああ、確かそんな名前だったと思います」
「こりゃ、あれだな。明日、動けるやつで別れて両方取ってくりゃいいんじゃねえの?」
ムサシの鶴の一声でそういうことになった。
俺、coin、煮込み、サクヤ、ムサシで第六フィールドで小麦探し。
レオナ、シシャモ、ムック、ナナミでトウモロコシ探しに行くことになる。
結果、全員参加だった。
ありがたいことだ。
今日はリフォームをいじっていたら終わってしまった。
まあ、たまにはいいか。




