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火曜日。あっさりと終業。
契約したから、鮫島社長との仕事は土日に行われるであろうレギオンイベントまで停止だと思ったが、息子がやってるゲームについて多少、レクチャーすることになった。
静乃に相談しよう。
それから、部長にレギオンイベント中は休日出勤にならないか訪ねたところ、一部始終を撮影して持ってこいと言われた。
それ、必要なのかね?
まあ、それで認められるなら、撮るか。
これも後で静乃に相談だな。
ささっと準備を済ませて、ログインするか。
いつもの『大部屋』。
いきなり『プライベート空間』にログインする設定にもできるそうだが、この『大部屋』のざわついた感じも嫌いじゃない。
見上げれば、大画面に木曜日に『作戦行動』がある旨が表示されている。
木曜になったか。
次はどんな怪人が出るか、少し楽しみではある。
『装備部』からのお知らせには、また新型の作戦行動専用武器『ショックアロー』が登場するとある。
ついに作戦行動に遠距離武器が登場するのか。
だが、狙われやすそうで、あまり使いたいとは思えないな。
ただでさえ、有名になってきて、狙われるだろうと従妹からも言われている。
金のある頃なら、使い捨ての防具でもつけてやろうかと思うが、今の俺は借金だらけの身。
立ち回りでなんとかしないとな。
画面を立ち上げて、畑の収穫を始める。
一度、『プライベート空間』に行って植樹した精霊樹や魔力胡桃の調子なんかを確かめておくか。
俺は『プライベート空間』へと入る。
アッチ、コッチ! キャロー! コマッツナー!
小鳥の囀りは聞こえないが、野菜たちの奇声は聞こえる……。
『郊外』なら小鳥の囀りなんかも聞けるんだが……。
用水路を流れる水音が癒しだ。
こぽぽ……チョロチョロ……タマー! こけっゴホッゴホッ……。
だから、鳴けないのに無理すんなよ。
精霊樹を見に行く。
テイムした野菜たちやキウイが集まって来た。
一日でデカくなったな……。
みんなで精霊樹を見上げる。
「きうー」
フジンもびっくりしているようだ。
【自在尻尾】で適当に実を落としてやる。
「ゐーっ!〈食っていいぞ〉」
みんな、思い思いに精霊樹の実を食べ始める。
フジンも久々に俺の肩から降りて、精霊樹の実に夢中だ。
ひとつ拾い上げて、じぇと子へと向ける。
まだ起きない。
うーむ……どんだけ無茶したんだろうか?
なんとなく、じぇと子が死んでないのは分かるだけに、もどかしい。
新しく栽培を始めた原種トマト、レッドマン、魔女柑橘類、キノコニアを見に行く。
原種トマトは普通だ。
もしかして、こいつらは『シティエリア』で栽培してもいいのでは? と思う。
レッドマン。魔法文明版苺は、一粒がデカい。俺の拳くらいある。しかも、全部人型をしている。ちょっとずつ動きがついている。
走る姿だったり、バンザイしていたり、組体操みたいなレッドマンが育っている。
「ゐー……〈どれ……〉」
体育座りしているレッドマンを取ろうとすると、誰かに後ろから羽交い締めにされた。
「ゐーっ!〈だ、誰だ!〉」
ここは俺の『プライベート空間』だ。
誰かの『プライベート空間』と連結した覚えもないし、誰もいないはずだ。
「れっどー!」
見て驚愕する……待て待て待て……お化け野菜たちは『シティエリア』に一匹しかいないから、ユニークモンスター化したんだよな?
まさか、基地内も別世界って扱いなのか?
くらっとして、一瞬、倒れ込みそうになるもののレッドマンが俺を羽交い締めにしているから倒れない。
さらには向こうから、レッドマンが俺を抑えるのを待っていたかのように、キノコニア〈しめじ〉〈まいたけ〉〈エリンギ〉が歩いて来る。
大丈夫だ、まだ焦る段階じゃない。
一律MP30点なら、耐えられる!
俺のMPは130。四匹までは許容範囲だ。
キノコニア〈しめじ〉に触れられ、〈まいたけ〉に触れられ、〈エリンギ〉に触れられる。
くっ……頭は少しズキズキするが耐えられた。
だが、レッドマンは未だ俺を離さない。
いい加減、離せよ、と思ったら足元に違和感がある。
見ると、キノコニアたちの縮小版。
手のひらサイズしかないキノコニアが俺の足のつま先に、よっこらしょと乗ってくる。
▽キノコニア〈マツタケ・国産〉
はっ? いや、待て待て……知らねぇぞコイツ。
〈マツタケ〉? なんでだ? もしかして、知らぬ間に踏み潰したりして、キノコニア胞子とか手に入れてたのか!?
それとも、レア中のレア?
ぐらっ……と頭痛の激しいのが襲って来て、俺はその場にアイテムをばら蒔いた。
───死亡───
いつもの『大部屋』だ。
思わぬ伏兵によって、俺はテイム死した。
いや、確かに流れ作業で畑のことはやっているし、基本的に全てドローン任せだ。
昨日は疲れていたのもあって、最後は結構、適当にやっていた。
延々と畑いじりだったしな。
だからか……だから、知らぬ間にインベントリに入っていたキノコニア〈マツタケ・国産〉を作っていたのか!
そもそも基地内まで別世界という扱いだなんて知らなかったしな。
これ、レオナも知らないんじゃないか。
チャットで教えておくことにする。
急いで戻って、俺はキノコニア〈マツタケ・国産〉と契約、他にいないよな、と辺りを見回す。
大丈夫そうだ。
ホッと息を吐く。
気を取り直して、『郊外』の様子でも見て見るか。
『郊外』の畑ではビニルハウスが作られ、そこでバナナの木が育成されている。
ドローンはこんなことまで、やってくれるらしい。
画面で確認しながら俺は感心して唸る。
収穫後だから、めぼしい野菜は残っていないが、一時間後くらいには収穫されなかった残りが成長、ドローンは適宜、収穫が見込めなくなった苗なんかを丸ごと抜いて、新しい種にしていく。
抜かれた苗や雑草はドローン小屋にある機械で肥料に加工され、再利用される。
ドローンたちのこまめな農作業を目で追っていくだけでも、ずっと見ていられるが、さすがにそれは勿体ないので、ほどほどにしないとな。
と、レオナから返信が来た。
『プライベート空間』の前で待っているらしいので、俺は自分の空間を出る。
いつもながらの白衣姿、今日の眼鏡は銀縁か。研究者っぽさが増してるな。
頬を上気させて、急いで来たように見える。
「ゐーっ!〈ようレオナ!〉」
「こんにちは、グレンさん。プライベート空間でユニークモンスターが生まれたとか?」
とりあえず、レオナを俺の空間に招待する。
「ゐーっ!〈おーい、お前ら集まってくれ!〉」
俺の掛け声にテイム野菜たちとキウイが集まって来る。
「レッドマンにキノコニア……この子たちってシティエリアには植えてないですよね?」
「ゐーっ!〈ああ、初植えがここだ〉」
「……はざまの世界」
「ゐー?〈はざまの世界?〉」
「確か、初めて大首領様にお会いした時、仮想空間のことをそう表現してました。
表でも裏でもない、はざまの世界で遊ぶ者たちよ。私が表の世界を統べる手足となれ……それが最初の言葉でした。
その後は、まあ、世界観はオープニングに説明されて、知っているだろうから、後は省く! って言われましたけど……」
最初からメタいことを言う大首領だったんだな。
「もしかしたら、この基地内空間は、はざまの世界ということなのかもしれないですね……」
まあ、ログインしたらこの基地内だ。
ここから、『シティエリア』へはポータル、フィールドエリアには幕間の扉の扉を使って移動することになる。
地続きではないという意味なのかもしれない。
そう考えれば、この基地内は別世界というのも納得……できる、か?
まあ、いい。ここでもユニークモンスターが生まれる可能性があると分かっていれば充分か。
それより、レオナがいるならちょうどいい。
「ゐーっ!〈なあ、レオナ。他にも少し相談があるんだがいいか〉」
「ええ、大丈夫ですよ」
俺はトマト原種の交配について相談した。
「ああ、それぐらいでしたら、簡単ですよ。
あ、ただ、今のドローンを全部持っていく訳にいかないですから、できればその……グレンさんのプライベート空間へのゲスト入場ではなく、いつでも出入りできる設定にしていただけると、今のドローンたちの仕事を邪魔せずに改造できるんですが……」
「ゐーっ!〈ああ、そうか。それもそうだな。すまない、気づかなかった〉」
俺は『プライベート空間』への入場制限をレオナに解放する。
ついでだ、フレンドには解放しておくか。
グレン︰今、フレンドへの俺のプライベート空間への入場制限を解放した。各自個人で楽しむ分くらいなら好きに食材を採っていい。少々テイムモンスターたちがうるさいが、休憩場所としての設備も整えるつもりだ。好きに使ってくれ。
ムック︰ピロ!
煮込み︰わーお、太っ腹ミザ!
サクヤ︰ありがとうございますー! 新居祝いが必要ですねー!
シシャモ︰ありがとうございます。ぜひ、寄らせてもらいます!
coin︰感謝します!
ナナミ︰プライベート空間ですか、それは楽しみです。
ムサシ︰すげー、プライベート空間とかグレンはマジカ持ちなんだな。
この前、フレンドになったオオミはログインしていないようだ。
「あ……皆さんに解放されるんですね……」
「ゐーっ!〈ああ、何か不味かったか?〉」
「い、いいえ。装備部の商店街も似たようなことしてますから……」
レオナが物憂げな表情を見せる。
まあ、休憩場所としての施設は何も設置してないからな。
だが、俺にはまだ5万マジカある。
画面を開いて、『プライベート空間』のリフォームを始める。
グランピング施設が1万マジカ。簡易テーブルセットが千マジカ、ハンモックひとつ百マジカ、簡易テーブルセットとハンモックは散らして幾つか置いておこう。
グランピング施設は、ドローン小屋の脇に置いて、用水路のため池を近くしてマイナスイオン効果を得よう。
アレコレといじり始めると、楽しくなって止まらなくなりそうだ。
はた、と気づけば、サラッと二万5千マジカが飛んでいく。
しかも、レオナを無視したままだ。
「ゐーっ!〈すまん、最低ラインで休憩所の体裁だけと思ったんだが、つい止まらなくなっちまった〉」
「ああ、いえ、いいんですよ」
どうやらレオナはキウイと遊んでいたようだ。
「ゐーっ!〈キウイ、良かったな〉」
「こけっ!」
キウイが立ち上がる。
「あら?」
レオナが言うので、レオナの視線を追う。
見れば、キウイの足元にラグビーボールみたいな卵が一個。
真っ白でガチョウの卵のように分厚い殻ではなく鶏の卵をそのままグレードアップさせたような卵だ。
「こ、ここ、こけっ!」
キウイは足で器用に卵を転がして、レオナの方へ。
「ゐーっ!〈お前、メスなのか?〉」
「こけっ」
キウイは胸を張って頷いた。
「もしかして、これは……」
「ゐーっ!〈キウイからのプレゼントみたいだな。よければもらってやってくれ。扱いを見る限りは、食い物としてみたいだけどな〉」
「こけっ!」
またもやキウイが頷く。
やはり、そうなのだろう。
「グレンさん、食べました?」
「ゐーっ!〈いや、そもそも卵を産むと思ってなかったしな〉」
「いいんでしょうか?」
「ゐーっ!〈キウイの遊んでもらった礼だろ。レオナが貰うべきだな〉」
「じゃあ、これで何か作ってきますから、よければ一緒に食べましょう」
「ゐーっ!〈おお、それは嬉しいな〉」
「では、後ほど」
そう言ってレオナは出て行こうとする。
「あ、少しフルーツ類を頂いてもいいですか?」
「ああ、好きに持っていってくれ。バナナもあるぞ」
レオナがあれこれと物色して幾つかのフルーツを持っていった。
甘い物か? 甘い物だろう。楽しみだな。
そう思いながら、俺は『プライベート空間』をまたいじり始めるのだった。




