89〈はじめての鮫島物流〉
ログアウトして、レポートを書く。
送信。
───うひょーレオナさん、やるねえ!───
従妹から来た第一声がこれか。楽しそうで何よりだ。
───そうか? 全員垢BANでも良かった気はするが……───
───ノン、ノン! 正直、それよりキツい罰だよ───
───でも、ゲームは続けられる訳だろ?───
───身ぐるみ剥がされて、レギオンレベルをゼロにされたら、私ならプライド、ボロボロ。下手したら自分からゲーム辞めるね───
───そんなもんかね?───
───低レベル狩りをするような人たちって、要するに俺TUEEEE! がしたい訳でしょ。そんな人たちがレギオンLv0になったらどうなると思う?───
───なんか困るのか?───
───武器の更新ができない。ポーション類が最低ラインのものしか入手できない。基地の設備が減る───
───それは、困るな……───
───さらに、八億六千六百万マジカ、または相当品ってたぶんほぼ全資産だよね。
しかも、レギオンで保管してるガチャ魂とかコンパク石とか含めた全部。
これがなくなると、メンバーに渡す報酬がなくなって、基地でクエストが出せなくなるの。
初期メンバーは昔に戻るだけって考えられればいいけど、ようやく回るようになったレギオンが元に戻るのって、相当ストレスだよね。
それに、今のレギオンになってから入ってきた人たちは耐えられないかもね───
聞いてみると、かなり厳しいな。
───でも、負けたらウチが同じ目に合うんだろ?───
───そんなワケないじゃん。
『りばりば』なら八億マジカとか、なんなら全額マジカで払えるし、レギオンレベル1なんて、今回グレちゃんが拾ったアイテム一個分だよ。
その程度、『りばりば』にとっては捨てても何も問題にならないよ───
───そんなに『りばりば』って金あんのか?───
───まあ、情報はほぼ出て来ないけど、現体制側が『シティエリア』で商売できるなら、反体制側だってできる訳で、確実にやってると思うよ───
そうか。『りばりば』基地なんて、もうほぼひとつの街みたいなもんだし、それくらいあっても不思議じゃないのか?
───いや、でも百万マジカ、用意できないって言われたぞ───
───実際は用意しようと思えば用意できたと思うよ。でも、それじゃあゲームとしてつまらない。色々とグレちゃんに選択肢を用意するための方便だよ。
それに入ったばかりの戦闘員にポンと百万マジカ出しちゃったら、面白味がないでしょ。
後はレオナさんの権限で、ぱっと用意できるのがそれくらいだったって可能性もあるけどね───
そういうものか? 最後に静乃が言った、幹部としての権限という話が一番近そうではあるが、まあ、始めた瞬間に大金持ちになって、アイテム買い放題とか、確かに飽きるのも早いってやつは居そうだな。
俺は今でこそゲーム内では金を余らせているが、『プライベートルーム』ひとつ買ったら飛ぶ程度。
金持ちには程遠いのかもな。
───あ〜、それよりさ。グレちゃんって死に慣れた?───
───いや、慣れはしないな。痛いものは痛いし……ただ、ちょっとな……───
───ちょっと?───
───うーん……心がすり減っていく気がしてな……このまま続けていいのか、迷っている……───
───ああ。なるほど。グレちゃんってさ、赤ん坊はなんで泣くと思う?───
───唐突だな。そりゃ泣くのが仕事だからだろ───
───あー、そっち行っちゃうかぁ。えーと、赤ん坊が泣くのって、誰かに何かを伝えたい時だと思うのね。
つまり、他に誰かが居るから泣く。遺伝子レベルの話なんかは知らないんだけど、刷り込みの要素があると思わない?───
───刷り込み?───
───赤ん坊が泣く。お母さんが心配して来てくれる。あらあら、おしめでちゅかー? なんて、おしめを換えてくれる。それを覚えるから、おしめを換えて欲しい時に泣く。
ここまでOK?───
───刷り込みか……まあ、そういう部分もあるかもな───
───じゃあ、おしめを換えて欲しい時ってどんな時かって言うと、おしめの中がムズムズする時だよね───
───ああ、そういうことか。漏らした後の話な───
───もう、汚いなあ……こっちが濁してるんだから、はっきり言わないでよ───
───すまん───
───えっと、続けるね。身体に異常が出たら泣く。そうするとお母さんが助けてくれる。そういうことを結果的に赤ん坊は覚えるでしょ───
───ああ、確かにな───
───そういうこと!───
───いや、分かんねえよ!───
───グレちゃん、読解力ないなあ。
つまり、死ぬ時は助けてもらえない。
もう、手遅れだから───
───なんなら母親の方が先だしなぁ……───
───違う、違う。母親じゃなくて、誰も助けてくれないの。死は終わりだから。
泣き叫びながら死ぬのは、ある意味幸運なのよ。希望を見ながら死ねるから───
───なんだその厨二病的発想!───
───茶化さないで。
グレちゃんは散々、ゲーム内でリアルっぽい死を体験してるでしょ。
でも、リアルっぽいだけで、本当の死じゃない。
だって、ゲームだから、死んでも次がある───
───そうだな。今日も復活確定で喜んだくらいだしな───
───次がある。
だから、ゲーム内の死は慣れるものなの。
身体の痛みは確かに大事だけど、それってこのままじゃ活動に支障があるって信号でしょ。
死ぬ前提なら身体の痛みは怖くない。
たぶん、怖いとしたら、自分の為すべき事ができないから怖くなるのよ───
───哲学なのか?───
───どっちかと言えば、脳科学か心理学?───
───殉教者みたいなもんか?───
───うん、近いかも。本当に来世なり復活なりがあるなら、今、信じるもののために死ぬのは怖くないって感情は分かるよね───
───痛みは信号だから無視できるって?───
考えてみれば、リージュたちが援軍に来て、勝ちが確定してから、俺は無理をしようと思えなくなっている。
それまではレオナやオオミに辛い思いをさせたくなくて頑張っていたとも言える。
───そう、だから信号を無視すれば物理的に動けるなら動けるし、復活するから死に恐怖がなくなる。
これを続ければ、当然、慣れるでしょ───
───つまり、俺はゲーム内の死に慣れてきている?───
───デフォルトでやってる人たちは、痛みがない分、もっと早く慣れるよ───
───なるほど……だが感覚設定︰リアルをやめるって踏ん切りがつかなくてな……───
実際のところ、飯を食う時だけリアルでもいいはずだよな?
このまま心が削れるのなら、リアルを辞めるべきかとも思うが、どうもモヤモヤする。
───それはね。グレちゃんがドMだからってのは半分冗談だけど……たぶん、何かがあるんだと思うよ。
それこそ、痛いのが好きとか、臨場感が欲しいとかね───
確かに臨場感は大事だ。だが、それだけじゃない気がする。
没入感や五感の鮮明さ、色々あるのは分かるんだが、それを上手くまとめる言葉が出てこない。
───ダメだ、頭が痛くなってきた───
───知恵熱? 子供かっ!───
───うるせー。すまん、今日はもう寝る───
───はいはーい。おやすみ───
モヤモヤを抱えたまま、俺は寝た。
翌日、営業先。
「神馬さんさぁ、この見積もりじゃ無理だって、この前も言ったじゃん」
最近、俺を悩ませてくれるこの社長令息が言った通りのオプションをサービスとして載せて出した見積もりが突き返される。
「先日言われたオプションはサービスさせていただいたんですが?」
「いや、そりゃ載ってるけどさ、全部中古じゃん」
「まあ、ここだけの話ですが、御社での事業でお使い頂ける機能としては新型の柔らかホールドよりも、型は古いですが旧型のかっちりホールドの方が良いと思いますよ。
中古と言っても、ウチで新品同様に洗浄、機能テストさせていただきますんで、新品と遜色ないですし、他に使ってる方にお聞きしたんですが、実際の使用感は完全新品だと硬すぎるとかで、中古の方が評判いいんですよ」
「いやいや、普通サービスで中古つける?
つけないよ。あんた、ウチの会社バカにしてるから、こういうことすんでしょ?」
「いえ、決してそのようなことはありません。むしろ、上からも失礼のないようご満足頂けるものをと、言われておりますから、一番御社の業務形態に即したものをと考えてのご提案なんですが」
「ない、ない、ないない。つけるなら新品、新型一択っしょ。
イヤならアンタんとことの取り引きは無理だって……」
ウチの会社は業務用専用車両の販売を行っていて、俺はそこの営業だ。
取引先の鮫島物流さんはウチの会社と長い付き合いになる。
今までは社長さんが窓口だったが、業務を覚えさせたいとかで窓口が社長令息に変わった。
今回はコンテナを運ぶロボトラックの新車購入の話で、コンテナ車を固定するアームをサービスしろと言われている。
新型の柔らかホールドは動物にストレスをかけないクッション性を大事にした新製品。
かっちりホールドはコンテナ車を運ぶのに特化したアームでオススメはどう考えてもかっちりホールドだ。
「もしかして、鮫島さん、動物の輸送とか新業務として考えてらっしゃいますか?」
「ああん? なんでそんなリスキーなもん運ぶんだよ。めんどくさい……」
「それでしたら、やはり、かっちりホールドがいいかと存じますが?」
「神馬さん。かーんばさん、かんばさん、神馬ー! なんでそうやっていちいち逆らう訳? アンタがどうしてもって頼み込むから、ウチとしてはいらないグレードアップ車にしてやってんのにさぁ、そのくらいのサービスもないとか、ほんと、勘弁して欲しいわ……なあ、やっぱ、舐めてんだろ?」
コイツ、何言ってんだ?
鮫島物流は長距離輸送が多いにも関わらず、値段が安いからという理由で中距離用ロボトラックにしようとしたのを、俺が土下座してグレードアップさせた。
正直、長距離用と中距離用ではパワー、エネルギータンク容量、居住性などにかなりの違いがある。
社長はワンマンながら社員に慕われていて、それはひとえに社員のことを考えた上での経営をする人だからだ。
今、この会社は右肩上がりで羽振りが悪いはずはない。
わざわざブラック企業になろうとしているとしか思えない。
「いえいえ、舐めてないです。全ては御社のためを思っての提案なんですが……そうですね……かっちりホールドの新品でしたら、全てサービスとは行かなくなってしまうので、十台中、三台サービスさせていただくというのはどうでしょうか?」
「はぁ? 金取るのかよ? しかも俺が言ったこと聞いてる? 新・型・新・品をつけてくれって言ってんだけど?」
「……それですと、さすがにご予算がですね。
じゃあ、一度、一台をリースでご利用していただいて、使用感を社員さんから吸い上げてみるというのは、いかがでしょうか?」
「ああ、話にならねえ……アンタ頑固すぎるよ。アンタんとこ、ウチの親父に借りがあんだろ?
そこんとこもちっと勉強して来いや!
ああ、クソ! 『リアじゅー』でバカの相手してよ! こっちでもバカの相手かよ! たまんねーな!」
鮫島さんは乱暴に立ち上がると、近くにいた職員の頭を引っぱたく。
あまりに大声で喚き立てるものだから、他の部署のやつが様子を見に来た。
「何、見てんだよ! 仕事しろ!」
怒られて他の部署のやつが退散していく。
「勘弁して下さいよ……鮫島さん……こっちは言われた通りやったんですよ〜なのに変な怪物は現れるわ、水着女どもに邪魔されるわで、逃げるのにいっぱいだったんすから〜」
「うっせー! お前らが失敗したに決まってんだろ! 焦りやがって……ちゃんと確かめねーから、そうなるんだよ!」
ん? 『リアじゅー』やってんのか?
「あの〜もしかして、鮫島さん。
REEARTH_JUDGEMENT_VRMMORPGとかやってらっしゃるんですか?」
「ああ? まだ居たのか? 何?」
「いえ、『リアじゅー』と聞こえたもので、もしかして、と思いまして」
「ん? おお、やってる。やってる。何? 神馬ちゃんもその歳でやってんの?」
「ええ、まあ、最近になってなんですけどね」
「へえ。俺は悪いけど古参だからよ。ちょっと詳しいぜ! ちなみにヒーロー? 怪人?」
鮫島さんがまた席に着く。
今日のところは、『リアじゅー』話で仲を深めて退散するとしよう。
「ああ、古参なんですか。自分は怪人側ですね」
「ああ。一緒じゃん。ま、一緒とは言っても、俺は自慢じゃないけど、レベルはカンスト目前で、レギオンの最高幹部やってんだよな」
「え、カンスト目前……しかも、レギオンの最高幹部って、ご自分で立ち上げたんですか?」
「まあな。ほら、そこのアイツ。アイツもニシレモンって名前でやってんだぜ、ウチの幹部」
確か西門さんだったか。
何やらゲーム内でミスって頭を叩かれていたようだが……正直、鮫島さんのネットマナーは最悪だ。
他人のプレイヤーネームとかバラすなよ、と思う。
「ああ、会社ぐるみでやってらっしゃったり?」
「いやいや、他はまあ、ゲーム内で気の合う仲間集めてな」
「へえ。そういえばカンスト目前って話でしたけど、レベル上げのコツとかあるんですかね?」
「コツ? まあ、あるっちゃあるけどな……」
鮫島さんが、ニヤニヤと笑う。
「やっぱり古参の方はそういうのも知ってるんですね!」
「ああ、長くやってるとアイテム集めのコツなんかも分かってくるんだぜ!」
「へえ……アイテム集めですか?」
「神馬ちゃんはガチャ魂とか何個くらい持ってんの?」
「ええと、十一個でしたね」
「十一個かあ、まだまだだな。
俺はよ、百二十三個ある。しかもユニークも持ってるんだ」
「百二十三個……そりゃ頑張りましたね!」
「いやいや、簡単なんだよ。神馬ちゃんは島行ったことあるか?」
「ええ、先日ようやく……」
「そっかー、じゃあ、気をつけた方が良いな」
「え? どういう意味ですか?」
「俺らの狩場なんだよ、あそこ。
まあ、これも縁だからよ、忠告しといてやるけどよ。
島と島を繋ぐ橋のとこな。あそこ結構、コンパク石落ちるんだよ。
でもな、あそこでコンパク石集めはやめといた方がいい」
「はぁ……?」
「ウチのレギオン、PK専門だからよ。あそこで狩りしてんだわ。そしたらコンパク石やらドロップアイテムやら集め放題。しかも弱っちいのが群れてるから、狩り放題なんだわ」
PKレギオンかよ。
「はぁ……モンスター狩りはしないんですか」
「モンスター? ああ、まあ遊びで狩ったりはするけど、PKならモンスタードロップも集める手間が省けんだよ。頭良いだろ」
「ええと、デスペナが20%とかでしたっけ?」
「うん? そんなもんだったかな? それよりさ。神馬ちゃんはもうレギオン入ってんの?」
「ええ、まあ……」
「どこ?」
いや、聞くなよ。まあ、その程度ならいいか。
「いちおう、『リヴァース・リバース』ですね」
「はあ? んだよ『りばりば』かよ……んじゃ敵じゃねえか!」
敵? いや、ウチの敵と言ったら……いや、決めつけは良くないな。
「まあ、神馬ちゃんには悪いけど、今度始まるレギオンイベントはウチがもらうからよ。
規模じゃ負けてるけど、人員はウチのが上だからな」
「え、じゃあ、もしかして、『シャーク団』……ですか?」
危ない。つい敬語を忘れそうになった。
「おう。ああ、そうだ! 神馬ちゃんが『りばりば』ならちょうどいい。
俺らと賭けしようぜ!」
「あ、いえ、すいませんが賭け事は……」
「なーに、簡単だよ。レギオンイベントってのは人数じゃねえ。人員の質で勝負が決まるんだ。
公平だろ?
そこで、『シャーク団』が勝ったら、神馬ちゃんはウチが買うロボトラック全部に、新型新品のアームをサービス。
『りばりば』が勝ったら、そうだな……さっきの見積もり、アレで通してやるよ」
コイツ頭おかしいのか?
ゲームを賭けにして、会社の命運を決めるって……ダメだ、部長には悪いがこれ以上は俺が無理だ。
俺は立ち上がる。
「すいません。ちょっと頭、冷やしてきます」
「何? びびってんの? せっかくのチャンスじゃん。受けた方が良いよ〜?」
鮫島さんはヘラヘラ笑って俺を見送る。
部署を出て、扉を閉めて、俺はひと息吐く。
「神馬くん」
いきなり声を掛けられて、俺は肩を震わせる。
「社長……」
鮫島社長だった。社長はそっと人差し指を立てて、俺に静かにするよう伝えるとついて来るように伝える。
連れて行かれたのは社長室だ。
「神馬くん、すまない」
社長は頭を下げて来た。
「ああ、いえ、頭を上げて下さいよ、社長」
「ウチのバカ息子が本当にすまない。
周りから噂は聞こえて来ていたんだが、神馬くんならウチのバカも目を開くんじゃないかと、つい甘えてしまっていた。
神馬くんがウチの会社のために土下座までしてアイツの意識を変えようとしてくれて、アイツが折れて、ようやく少しは成長したかと思っていたんだが……」
「あ、いえ、俺の頭は安いですから……土下座くらいどうってことないですよ」
「今、アイツが怒鳴り散らすのが聞こえて、思わず駆けつけてみたら、あのバカ……よりにもよって、会社で使う道具をゲームの賭けの対象にするとは……」
ああ、外で聞いてたのか。
「ははは……さすがにアレは勝てるとしても受ける気はありません。
ご安心下さい」
ようやく社長が頭を上げる。
「勝てる……のかね?」
「ああ、失礼しました。言葉のあやというやつです」
「そのゲームは詳しくはないんだが……神馬くんのチームなら勝てると?」
「ああ……まあ、自分が入ってるチームは言わば業界最大手企業で、息子さんが作ったチームはその……零細企業と言いましょうか……」
「はぁ……あのバカはそういうことも分からんのか……なあ、神馬くん。
負けたら私が責任を持つ。あのバカにもっと吹っ掛けて、その勝負、受けてくれんか?」
「え? いや、まあ……社長が仰るならやってもいいですけど……息子さん、自信があるだけに負けたら相当、辛い思いをされるんじゃ……」
「いいや。それくらいせんと分からんのだ、あのバカは……」
こうして、俺と社長は一本のシナリオを練り上げたのだった。
神馬 灰斗=グレン
神馬 灰斗が現実世界でのグレンのかりそめの身体ということになります。かりそめ?
違うわ。現実世界の名前となります。
唐突に、誰? と思った方。これで補填下さいm(_ _)m




