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俺はテイムしたデブ鳥『長鳴き神鳥』に乗って、レオナがいた方向に戻る。
レオナは銃を撃ち終わったまま、ぺたりと座り込んでしまっていた。
「ゐーっ!〈おーい! レオナ!〉」
「あ、グレ……っ! な、何がどうして?」
「ゐーっ!〈すまん、倒すつもりが、テイムしちまった。ただ、安心してくれ。欲しかったのって、コレだろ?〉」
「あーっ! 金の鶏!」
俺は金の鶏〈彫像〉をレオナに渡して軽く事情を説明する。
金の鶏〈彫像〉に関してはレオナとあとで話すとして。
まあ、殺る気マンマンでチェックメイトしたら、アイテムとテイムで見逃して欲しいと目で訴えられたので、見逃すことにしたという話だな。
「確か、アーツの名前って【孤高の群れ】でしたよね?」
「ゐー〈ああ、そうだな〉」
「畑でテイムした後はモンスターは生まれてないですよね?」
「ゐー〈まあ、レオナが自動採取できるようにしてくれたからな〉」
「もしかして……そのテイムって孤高であることがテイム条件だったりしませんかね? 」
「ゐー?〈孤高であること?〉」
「つまり、その世界で一匹しかいないレアモンスターです」
「ゐー?〈いや、でも畑にいるやつらは、無常なる高野の山脈に普通にいるだろ?〉」
「ええ、こちらの世界では。
でも、『シティエリア』にはいません。
基本的に、魔法文明世界、現実世界、科学文明世界と三つの世界はそれぞれ別の世界だと考えられているのが、このゲームなんです。
だとすればその世界にただ一匹しかいないユニークモンスターへのテイム。
それが【孤高の群れ】のテイム条件なのかと思ったんです」
「ゐーっ!〈コイツは?〉」
俺は乗っている『長鳴き神鳥』を指さす。
「おそらく、ユニークですね。
長鳴き神鳥は確かに大きいですが、普通はもっとスマートな形のはずなので」
「ゐーっ!〈確かに、肥満って出てたしな〉」
そうか、ユニークモンスターのテイムができるとなると、実は凄い派生アーツなのかもな。
いや、逆に言うとユニークモンスターしかテイムできないって、かなり厳しくないか?
俺の場合、畑があったからこそ一気にたくさんのテイムができたが、普通に考えたらこのデブ鳥キウイ以外に会っていない。
こいつだって、普通に戦えていれば、今頃、倒して終わり。いや、そもそもフジンがいなきゃ、会えてない可能性が高い。
そうか、俺は運が良かったのかもな。
「あ、シシャモくんからチャット来てますね」
とりあえず、レオナと次の橋方向に歩きながら、チャットを確認する。
シシャモ︰レオナさん、大変です! PKに狙われてます。今、応戦しながら次の橋に向かってます!
シシャモ︰相手はシャーク団です。ごめんなさい。
シシャモ︰オオミさんが部位破損しました! 苦しんでます! ポーション掛けたけど、痛みが止まらないみたいで、ど、どうしたら?
俺とレオナは顔を見合わせる。
「ゐーっ?〈もしかして、オオミも感覚設定上げてるのか?〉」
「はい。どうしましょう……まさか、翌日から報復に来るなんて……」
想定外だったか。
まあ、俺たちもバラけてキウイを追ったりしたしな。油断し過ぎていたのは確かだ。
「ゐーっ!〈レオナ、乗れ! とりあえず、シシャモたちを助ける!〉」
「は、はい!」
俺はレオナを自分の前に乗せて、キウイの羽毛を掴んで、レオナの身体を固定する。
「本部に連絡して、応援を呼びます!」
「ゐーっ!〈それじゃ遅い! このフィールドでビーチリゾートできる場所ってどこだ?〉」
「ビ、ビーチリゾート!?」
「ゐーっ!〈そこにシメシメのリージュがいるんだよ! 天然野菜を餌に援護を頼んでくれ! レオナならリージュとチャットできるだろ!〉」
「リージュさん……は、はい!」
俺は慌ててシシャモにチャットを送る。
グレン︰オオミも感覚設定上げてるらしい。NPC売りのポーションがあればそっちを使え!
シシャモ︰グレンさん、まずいです、人数がどんどん増えてて!
グレン︰今、向かってる! レオナが近場のレギオンと交渉中だ。必ず援軍が行く。耐えてくれ! 俺たちも向かってる!
遠く銃声が聞こえてくる。ただの戦闘音というより、戦争でもしているんじゃないかという爆音だ。
「ゐーっ!〈あっちか!〉」
「交渉まとまりました! すぐ向かうとのことです!」
「ゐーっ!〈アイツらにとっちゃ、PKKもお祭りだろうしな〉」
「それから、本部からムックさんたちが向かってくれるそうです!」
「ゐーっ!〈さすがムック、PK相手だと話が早い!〉」
少し走ると昔のシシャモのアバター、青緑の全身タイツに背びれ、サメの頭を模したフルフェイスのメット男たちが横並びで奇声を上げている。
「追い込め! 追い込め!」「思い知らせろ!」「あそこの岩場だ!」
楽しそうにやってんな。集団心理でハイになってる雰囲気がある。
「ゐーっ!〈キウイ、あそこの岩場だ。ついでに一人、二人、引っ掛けてやれ!〉」
「こけーっ!」
キウイが駆ける。
サブマシンガンを二丁拳銃にして、「ひゃはー」とか言ってる『シャーク団員』の頭にキウイが跳び乗った。
「ゐー……〈くだらねえことしてんじゃねーよ……クズ〉」
キウイはそのまま、もう一度、ジャンプ。
『シャーク団員』は「げぺ……」とか言って、ひっくり返った。
岩場に着地。
「グレンさん!」
「ゐーっ!〈待たせたな〉」
キウイは未だに俺と鎖と繋がったままなので、伏せておくように指示。
レオナはハンドガンで応戦を始める。
「すいません、僕のせいで……」
「ゐーっ!〈良かったよ。今度は守ってやれそうだ〉」
「すまんサイ。不覚を取ったサイ」
「ち、違うんです、オオミさんは僕を庇って……」
俺は手を挙げてシシャモの言葉を止める。
「ゐーっ!〈傷は?〉」
「感覚設定を下げたから、大丈夫サイ。
いきなりの痛みで、頭が真っ白になったサイ」
「ゐーっ!〈慣れない内はそんなもんだろ〉」
それでも不意打ちからシシャモを庇って逃げられたんだから、大した物だろう。
俺は『部位破損回復薬』をオオミの腕に振りかける。
「助かるサイ」
「ゐーっ!〈レオナとシシャモも今の内に感覚設定、下げておけよ〉」
「あ、は、はい!」
「私は大丈夫です! 覚悟してますから……」
レオナはハンドガンを、バンバン撃ちながら言う。
「ゐーっ!〈はっ! 上等!〉」
俺も『ベータスター』で応戦を始める。
ただ、微妙に距離を詰めてきているのが気に入らない。
確か、『シャーク団』たちは「追い込め!」とか言っていた。
この奥って次の橋だろ。罠でもあるのか?
「移動しましょう。このままでは囲まれます」
別方向……は無理か。
罠でも下がるしかない。
「ゐーっ!〈仕方ねえな。あっちの岩陰へ〉」
俺たちは場所を移動する。
「ゐーっ!〈嫌がらせしとくか。【夜の帳】【夜の帳】〉」
「自分もやるサイ! 【魔法使いの行進】」
空中に星マークが幾つも浮かんだと思うと、それが虹の尾を引いて『シャーク団』がいそうな辺りに墜ちていく。
光が飛び散る。
『シャーク団員』が空まで跳んだ。
「うわぁ!」「ノックバック強いぞ」「なんだこのダメージ!」
「オオミさん、それ代価、レベルダウンのやつじゃ……」
レオナが心配そうに見ている。
代価、レベルダウンか。オオミってカンスト勢だよな。1レベル上げるのに膨大な経験値が必要なんじゃないのか?
だが、オオミは笑う。
「ファンタジー版メテオストライク、自分の出せる最大級のアーツサイ。
これで、また暫く経験値を無駄にしなくて済むサイ」
ものは考えよう、か。
いいじゃないか。そういうの好きだぜ。
これでまた、少し時間が稼げる。
「ぼ、僕も! 【狩人の嗅覚】……そこ、そこ、そこ!」
シシャモの重機関銃が木の幹を削り、岩場を穿ち、草場に隠れる『シャーク団』を撃った。
なるほど、隠れた敵を見つけるアーツか。
俺たちの横に回って、囲もうとしているのは分かるが、場所が割れてしまうと厳しいよな。
シシャモが倒しきれなかった岩場には、俺のグレネードをくれてやろう。
ガポンッ! ズバンッ!
『シャーク団員』がまた一人、宙を舞った。
「くそ! 数で押せ!」「もっと前出ろ!」「お前ら鮫島さんに出来ませんでしたとか言うつもりか!」
『シャーク団』って何人いるんだ?
今日が日曜だから、集められるだけ集めたって感じだな。
後ろで消極的に撃っていたやつらが、発破をかけられて前に出る。
急に圧力が増したな。
「下がりましょう! 距離を取らないと!」
確かにこのままでは、反撃もできない。
「ゐーっ!〈このまま下がれば橋だ。たぶん、何か仕掛けてくるぞ!〉」
「先に行くサイ! 【雷魔法】」
横に走る雷を放ちながら、オオミが先に出る。
俺たちもそれに続くように適当に撃ちながら下がる。
橋前の広い場所。後ろは砂浜で全体的に周囲が拓けていて選択肢がない。手頃な岩場だ。罠の匂いしかしないが、そこに全員で隠れる。
「ゐー?〈逃げ場がないのが罠なのか? いや、そんなはずは……〉」
「死ねやっ!」
それは俺たちの隠れる岩場の後ろ。海の中から現れた。
「トガリさん、ニシレモンさん、ドチさん!」
三人の『シャーク団員』が現れて、一斉に水中銃を放つ。
「ぐっ……」「あっ……」「ゐっ!」
俺とオオミ、レオナに水中銃の矢が刺さる。
───違法コードです。運営に連絡が、が、が、───
───違法コードです。運営に、れ───
───違法コードで、で、で───
───ラグナロク仕様を適用します───
───現在地を防衛地点として設定します───
「グレンさん、レオナさん、オオミさん!」
シシャモが『シャーク団』の前に立つ。
重機関銃の掃射を放つ。
「ばーか!」「当たらんわ!」「くくく……」
三人は海中へと逃げていった。
「ゐーっ!〈いってーよっ!〉」
俺は矢を抜き捨てる。急いでインベントリからHPポーションを取り出して被ると、レオナの元へ。
「ゐーっ!〈レオナ、少し我慢しろよ!〉」
俺が矢に手をかける。
「つぅっ……あっ……」
「ゐーっ!〈だから、下げろって言ったのに。行くぞ!〉」
レオナに考える間を与えないよう、一気に矢を抜いて、HPポーションをかけた。
次はオオミだ。
オオミも痛みに耐えるように蹲っていた。
「ゐーっ!〈下げたんじゃなかったのかよ!〉」
オオミの矢も抜いて、HPポーションをかける。
「ゐーっ!〈大丈夫か?〉」
「大丈夫ですか?」
「くっ……違法コードを打たれました……ラグナロク仕様になるものです」
「えっ! じゃ、じゃあ……」
「はい、感覚設定︰100%……しかも、死んだら30秒後、ここに復活です……」
なるほど、ラグナロク仕様とかいうのは、感覚設定が100%になるのか。
レオナが80%、オオミがデフォルトのはずなのに大袈裟なリアクションだと思ったが、そういうことか。
でも、待てよ。死んだらここに復活?
それってラッキーじゃねえか!




