83〈はじめての静寂に漂う小島〉
いつもの『大部屋』だ。
まずは『食堂部』でも行ってキーサンの肉じゃがでも食うか、と俺は歩き始める。
少しずつ野菜の卸しも始めたしな。
……見られている。
話し掛けてこそ来ないものの、めちゃくちゃ見られている。
「きうー♪」
フジンが愛嬌を振りまく。
一部の女性戦闘員はフジンに小さく手を振ったりしている。
小さく電子音。メッセージだ。
開いてみる。
レオナ︰今、シシャモ君と『静寂に佇む小島』で遊んでいるんですが、よろしければグレンさんもどうですか?
おお、シシャモと遊んでいるのか。
しかも、都合良く第二フィールドで。
グレン︰分かった、俺もその島に用がある。合流する。
レオナ︰では、『幕間の扉』で。
グレン︰ああ、アイテム整理だけしたら、すぐ行く。
レオナ︰はい。ゆっくりで大丈夫ですよ。
俺は行先を自分のロッカーに変更して、アイテム整理を行う。
最近だと俺が良く買うせいで『部位破損回復薬』を『装備部』で定期的に卸してくれるので、ありがたい。
アイテム整理をして、ついでに野菜のドローン収穫も指示して、俺は『幕間の扉』を開けた。
照りつける太陽。遠く聞こえる波の音、微かに潮の香りがする。
ここは集落の中か。
丸太の柵があって、家が、ポツポツと建っている。
他のレギオンの戦闘員なんかが家の中を覗いていたり、一ヶ所に集まって点呼を取っていたりする。
本来なら第三陣組は普通に育てていれば、この『静寂に漂う小島』辺りが適正レベルか。
俺が出てきた『幕間の扉』は村の倉庫の扉に設定されているらしい。
少し生臭いのはそのためか。
ここはたぶん、魚を保管していたのかもな。
現実では陸地の近くの海は汚染されていて、魚は遠洋漁業じゃないと手に入らない。
まあ、天然食材としては比較的手に入りやすい部類だが、人工合成食料が普及したことで魚も創ればいいと言う考え方が大多数だ。
魚を捌くのは難しいとか、食べるのに小骨が邪魔だとか、そういった煩わしさが魚食を遠ざける原因らしい。
ちょっといい飲み屋なんかに行くと、出てくる食材。それが天然魚の位置付けだ。
人の手が入りにくい小島なんかだと魚を釣ったり、海水浴ができるらしいが、それは今や金持ちの特権になりつつある。
まあ、庶民はプールに行けってことだ。
古き良き昔の海水浴風プールブームは去年だか一昨年にあったな。
『幕間の扉』が開く。
俺は少しズレて他の人を通してやる。
肌色だ。肌色がいっぱい通る。
色とりどりの少ない布地を着た肌色がいっぱいだ。
俺の目線は釘付けだ。
水着の女たちがたくさん出てくる。
なるほど、ゲーム内リゾートを楽しもうってことか。
いいね!
「さあ、今日は楽しむわよ〜ん!」
俺は、サッと視線を逸らした。
腰布、パレオだったか。それとブラジャータイプの水着に肩に浮き輪を掛けて、派手なサングラス、短髪、胸毛……リージュだ。
最近、よく会うな。
目の保養を台無しにされた気分だ。
「あら、グレンちゃん? 偶然〜! 良く会うわね、運命かしら?」
くっ……声を掛けられてしまった。
「ゐーっ!〈お、おう、なかなか際どい格好してるな。リゾートか〉」
「いや〜ん、えっち〜! まあ、昨日の慰安を兼ねてねっ!」
「ゐー〈そうか。昨日はありがとうな。シメシメ団の助力、助かったよ〉」
「うふふ、ウチの子たちも経験値いっぱいもらったしね! あ・り・が・とっ!」
投げキッスはよせ。とりあえず避けておく。
「まあ、いけず〜。因みにここに来て戦闘員姿なんて、ナンセンスよ。はい、これあげる」
何故かリージュから水着をもらった。
少し長めの短パンタイプの水着だ。
一瞬、ブーメランパンツとか渡されたらどうしようかと思ったが、できるオカマだな。
「ゐー〈ああ、機会があれば使わせてもらう〉」
「うう〜んっ! そういうクールなとこ、ちょっとシビれるわぁ」
「姉さん、その人、グレンさん?」「え、うそ、今、話題の人じゃん」「負け犬ダンス見た〜い!」
「はいはい、群れるんじゃないわよバカ女どもが。仲良くなりたきゃもっと美人になってらっしゃい!」
「え〜!」「姉さんばっかりずるい」「結構、イケてると思うけど……」
「アンタたちには、この人は二十年早いわ!
中身がブスなんだから、アバターの問題じゃないのよ!」
「ぶー、ぶー」「まあ、姉さんには敵わないしね」「じゃーまたね、グレンさん!」
肌色たちが去っていく。ああ……。
「んじゃ、またね、グレンちゃん!」
「ゐーっ!〈おう、またな!〉」
リージュたちが去っていった。
何故か水着をもらってしまったが、まあいいか。
「グレンさーん!」
『りばりば』戦闘員たちが近づいてくる。
レオナたちか。
俺は手を挙げて応える。
「ゐーっ!〈おお、シシャモ、その戦闘員姿は!〉」
少し小柄な戦闘員の頭上には『シシャモ』と名前が出ている。
「はい、おかげさまで、リヴァース・リバースに入れてもらいました」
シシャモは黒の全身タイツに顔出し、青いパーカーという格好だ。
あとはレオナともう一人、スラリとしたモデル体型の男がいる。
レオナはいつも通りの顔出し、黒の全身タイツに白衣姿。残念ながら肌色分は少ない。
モデル体型の男は俺と同じ、黒の全身タイツに黒の目出し帽、『RE』と書かれた大きな銀のバックルはこうして見ると、意外と全体を締める役割があるんだな。
「はじめまして、オオミと言いますサイ」
「ゐーっ!〈グレンだ。よろしくな!〉」
これでお互いの頭上に名前が出る。
「オオミさんは古参のウチの戦闘員で、たまにしかログインしないんですけど、幹部なんですよ」
レオナが補足を入れてくれる。
「オオミさん、凄いですよ! レベルも高くてこんな大きな重機関銃を軽々振り回すんです!」
シシャモが腕をめいいっぱい広げて説明する。
「ゐーっ!〈それで戦闘員語が分かるのか〉」
オオミがこくりと頷いた。
レオナがこれからのことを説明してくれる。
「今日は三人でダンジョンボス狩りをしてたんです。それでダンジョンボス素材は集まったんで、少しフィールドの方でも狩りをしようってことになりまして。
たまたまグレンさんのログインを見つけたので、一緒にどうかとお誘いしました」
「ゐーっ!〈ああ、それはいいな〉」
「僕、もうレベル47まで来ましたよ!」
「ゐーっ!〈それは凄いな。ボス狩りの成果か。それで、その……シシャモはどうだったんだ?〉」
おっと、つい通じてる気分で話してしまったが、シシャモにはチャットしないとな。
俺がチャットを開こうとすると、シシャモが話し出す。
「シャーク団は無事に抜けられました。ここにいるレオナさんとオオミさん、それからジョーさんという方に助けて貰って……」
「ゐー?〈ん、もしかして言葉分かるのか?〉」
「あ、はい。ポイント入れたんで聞き取りまでは大丈夫です」
「ゐーっ!〈そうか。昨日は作戦行動だったからな。助けると言いながら、助けてやれなくて済まなかったな〉」
「い、いいえ! その前にレオナさんから連絡もらっていて、作戦行動中で動けないというのは知ってましたし、代わりにレオナさんたちが助けて下さったので、大丈夫です」
「ゐーっ!〈それで、例の腹のやつは?〉」
「これサイ」
オオミがペットボトル大の透明な容器を見せてくれる。
中は対流していて、一錠のカプセルが踊っていた。
「ゐーっ!〈これが、そうなのか〉」
「しばらくは、これで釣れるかどうか試しているサイ」
なるほど、報復待ちしてるのか。
「まあ、ちゃんと話はしたので大丈夫だとは思いますけど、念の為にって感じですね」
つまり、今、シシャモの周りを幹部で固めているのは、護衛も兼ねているということなのだろう。
「ご迷惑かけてばっかりで申し訳ないです」
「いえいえ、新人研修って楽しいんですよ。忘れかけてた新鮮さを思い出させてくれたり、思わぬ発見があったりして、友達も増えますしね!」
「そうサイ。シシャモの楽しむ姿を見て、ようやく自分もレベルリセットの踏ん切りがついたサイ。
レベルがカンストして、でも幹部だから、低レベルからやり直す決心がつかなくて、少しこのゲームから離れてみていたけれど、初心に返って、やり直したくなったサイ」
オオミはカンストしているのか。
確かに一からやり直す決心をするってのは大変なのかもな。
俺だって、せっかく上げた特殊の能力値が初期値の5になると考えると、少し迷う。
ただ、長く続けるなら、いつかはレベルリセットの選択がある訳だ。
まあ、作り直すなら次は、ああしてみたい、こうしてみたいと考えるのも楽しそうではあるがな。
「あ、そうだ! あの、今ここでガチャ回してもいいですかね?」
「ゐーっ!〈ああ、ここって安全なのか?〉」
俺は集落を見回して言う。
「大丈夫ですよ。イベントの時以外であの丸太の柵が壊れたことはないですから」
「ゐーっ?〈イベント?〉」
前にここの柵が壊れて、それを直すまでモンスターの侵入を排除するというミニイベントがあったらしい。
つまり、イベントでもないと柵は壊れないということか。
「実はこの無料ガチャコンパク石、一昨日、グレンさんたちと沼で拾ったヤツで、昨日、散々PKされたのに、最後までインベントリに残ってたものなんです」
「ゐーっ!〈PKされた? おい、大丈夫なのか?〉」
シシャモはレオナと顔を見合わせて、お互いに訳知り顔で頷き合う。
なんだ? 仲良いな。
「大丈夫です。ドロップとか武器とかほとんど失っちゃいましたけど、今日のボス狩りでお釣りがくるくらい稼がせてもらいましたから!
それより、このコンパク石だけが残ったのが何か運命みたいな気がするんですよ。
それで、どうせならグレンさんに見守っていてもらいたいなと思ったんです」
「ゐーっ!〈お、おう。ただあんまりハードル上げられても、俺はガチャ運がないからな……俺のせいにすんなよ〉」
シシャモが笑う。
「ふふふ……レオナさんの言う通りですね。グレンさんはガチャ運ないから、見守ってて欲しいなんて言うと、確実に挙動不審になると思いますよって……」
「ゐー……〈おい、レオナ……〉」
「えへっ!」
くそう……そんな変化球みたいなイジりしてくんのかよ。
「でも、大丈夫ですよ。根拠はないですけどね!」
そう言って、シシャモは可視化した状態でガチャ画面を表示する。
「じゃあ、行きます!」
他人事ながら緊張する。
せめて☆3以上、出てくれ、と願う。
またイジられそうだからな。
シシャモは祈るように無料コンパク石を画面に投げ入れる。
画面が渦巻いて、黒い渦がぐるぐる巻いて黒い玉になって浮かび上がる。
さらにその玉が、くるんくるんと右や左に回り始める。
「お、演出入ったサイ」
演出ってなんだ? 見たことないぞ。
そのままひびが入って光が漏れるんじゃないのか?
画面から星が飛び出して、いくつもの星が黒い玉に吸い込まれていく。
「うわっ、激アツ演出来た!」
「☆3以上確定ですよ」
シシャモもレオナも当たり前みたいに言っているが、それ常識なのか?
黒い玉にひびが入って、中から光が漏れる。
一瞬、虹が漏れた。
「やった!」
ぱきんっ! と音がして、黒い玉が弾けたと思うと、一瞬で時が逆再生するかのように螺旋が広がっていき……。
中から透明なガチャ魂が現れる。
シシャモがそのガチャ魂に触れると説明が表示された。
・ヨルムンガンド〈☆☆☆☆☆〉
トール+5 ヴィーザル+5 ヘルモーズ-5
【装備重量無視】
神話に謳われる雷神と相討つ大蛇。因縁の対決に一度は勝ち、一度は敗れる、最後の時に全てを賭けるもの。
ユニークスキルはいつしか大きな変貌を遂げるだろう。
「……出た」
「サ、サイィイイイッ!?」
「ゆ、ユニークですよ……」
「ゐーっ!〈よし! これで俺のガチャ運ない説も終わりだ!〉」
レオナから、チラ見された。冷たい目だ。
俺は黙る。
「これ、装備重量無視って、なんでも持てるんですかね?」
「持ってみるといいサイ」
オオミはインベントリから自身の重機関銃を出す。
装備重量55もあるらしい。
普通は地面に置いて使うような武器だ。
シシャモはそれを両手で受け取る。
暫く、重さを確かめるように手を上下させていたが、片手持ちにして撃つような格好をした。腰だめで映画にありそうな格好だ。
さらに片手で腕を伸ばして、ハンドガンみたいに重機関銃を持つ。
「も、持てちゃいますね。なんか重さを感じない訳じゃないんですけど、全然辛くないというか、適度で持ちやすいくらいですね」
「これ、防具にも重量制限ないとしたら、とんでもないですよ……」
レオナが焦ったような顔をしている。
「ゐーっ?〈どうしたんだ、焦ってるみたいだが?〉」
「いえ、前に設計段階の話ですけど、重量制限のせいでお蔵入りにした装備品とか、かなりあるんですけど、その設計図をどこにしまったかと思いまして……」
「ゐーっ!〈もしかして今どき、ペーパーだったりするのか〉」
「ああ、いえ、もちろんアイデア段階だとペーパーに殴り書きしたりもしますけど、基地のコンピュータって魔法文明と科学文明の混合品なので、ファイル検索が難しいんですよね。
たぶん、装備設計の能力値判定が入ってると思うんですけど……」
なるほど、そういう所はゲーム的なのか。
つまり装備重量の問題をクリア出来れば、強い装備品が作れるという物が結構ある訳だ。
これは夢が膨らむ。
「それは基地に戻ってから検証するとして、今は狩りに行くサイ」
そうして俺たちは動き出した。
おまけ。
主人公以外、大抵の人が持っているスキル【言語】について。
スキル【言語】が取れるガチャ魂は次の三つがある。
・アースパンピー☆
・リョースパンピー☆
・デックパンピー☆
【言語】Lv1〜
あなたは一般共通語で話すことができる。
おはよう!こんにちは!こんばんは!あなたは今、文化の始まりにいる。
【読み書き】
あなたは戦闘員語の読み書きができる。
これが本です。まずは書き取りから。え、全部同じに見える? 異星人ですか、アナタは!
【聞き取り】
あなたは戦闘員語の聞き取りができる。
フィーリングです。同じに聞こえる? 考えてはダメです。感じるんです。
【戦闘員語】
あなたは戦闘員語で会話ができる。
ほら、感じ取れるなら、もう使えますよ。




